二之三 船頭の契
「
「自ら……」
「建造以来三百余年、
「お前を選んだのだな」
「そうだ。まだ十五の餓鬼だった俺を選んだ。三十八年前の事だ」
アサルに話しながら、俺は、その
四つの春に親が海で死に、俺は、親族をたらい回しにされた。あげくに
扶桑最後の神木船は、
そのとき、「それ」が起こった。
はじめはなにが起こったのか、よくわからなかった。鳥居の先の船に手を合わせ厄払いを願ったその刹那、真っ暗な闇の中に白い
この世ものならぬ美しさの女は微笑んだまま、口も動かさずに話し掛けてきた。
「あれを見ろ、
大勢の参拝客がどよめき始めた。祀られた木花の帆柱先、そして鳥居に緑色の炎が灯り、輝き始めたからだ。
「流藻の火だ……」
流藻の火を見た船人は少ない。しかし船人を守護すると信じられているので、全ての船人は、その火の有様を伝え聞いて知っている。そして生娘の神木船に灯る流藻の火が持つ意味も。
「しかしなぜ今」
「三百年も経ってからか」
「この小僧だ、見ろっ」
「なんと、あんな餓鬼にかっ」
俺のまわりから、人垣がじりじり下がってゆく。たしかに俺の体も緑の炎に包まれている。全然熱くはない。ただ体の奥から力が湧いてきて、魂を満たしていくだけだ。
正直、十五の餓鬼は持ち上げられて舞い上がっていたと思う。これまでの辛い暮らしが全て変わると、ありもしない夢に振り回されていた。ただ、それは恐ろしい勘違いだった。
あくる朝、俺は万事すっかり悔いる羽目になった。目覚めと共に世をはかなんだが、溜息をつく間ももらえなかった。
あちこちの手勢から一挙手一投足を見張られ、どこかの輩に言いくるめられた女が、俺の
●
「それでお前は三十八年もの間、神木船木花と生き死にを共にし、辺境で死地を潜り抜けてきたのだな」
俺の昔語りを聴き終えて、アサルが優しげに語り掛けてくる。俺の手を握ったままだ。
「そうだ。考えてもみよアサル。わずか十五の下働きが、いきなりこのような船の船頭に仕立てられたときのことを。あちこちの手勢の肚づもりで送り込まれた裏のある
アサルは遠い目をした。
「厳しかったであろう。私にもそのような試しがある」
「俺は何度も海に身を投げようと思った」
「しかし耐えた」
「そう、耐えた。しくじり、しくじり、いさおしを示し、またしくじった。一歩一歩、にじり這うようにして気心知れた船人を育て、政をうまくかわせるようになっていった。ただ、政よりずっと大きな厄介事があった……」
「それはなんだ」
「それは……」
ふと我に返った。因縁を語れるほど気を許せる友は、ほとんどいない。聞いてくれる女に、思わず度を過ごしたようだ。考えてみれば、アサルはおそらく十五にもなっていまい。それを奴隷として船に乗せ、酷い
歳を取らなくてはわからない事もある。俺は願った。あの輩と今の俺が外枠同じでも肝心な、黄泉の神前に差し出す魂だけは、全く異なる
「……いや、少し話し過ぎたな。木村の前の城主に、散々っぱら仙宝を求められた話よ。お前にはつまるまい」
アサルの頭を撫でてやった。もう片方の手を握ったままの奴隷は、薄銅色の長い髪を嬉しそうに撫でさせている。木花板に立っていれば、木花が船人の体と心を多少なりと護ってくれる。温かな船に包まれて、若い奴隷とかつて若かった俺は、しばらく
■注
丸亀 香川県中西部の地名
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