一之五 闇寝
アサルが酒に当たり眠ってしまった事もあり、屋敷に戻ったのは、ずいぶん夜も更けてからになった。
軋む門扉を開け、室内に入って油に火を灯す。奴隷はすぐ、この屋敷を覆う荒れた気に気づいたようだ。なんとも言えない顔で、あたりを見回している。
「
「いない」
「奉公人は」
「おらん」
「
「もういいだろう。俺は疲れた。飯にする」
「……わかった」
座敷にふたり並んで座り、
いずれにしろ船出までに、この女の性根を知らねばならない。それによって船でどう使うか考えないと。あるいはこの女を源内の弟子にでも預け解き放ち、他に手当てしなくてはならないかも。いずれにしろ好きなように語らせたほうが、話が早い。
切れ間なく続くアサルの問わず語りを聞いているうちに、
「ずっと奴隷小屋暮らしで、気が悪かったであろう。土間で湯を沸かし、
「あ、ああ」
驚いたように女が答える。奴隷を追い出し粗末な布団を引っ張り出すと、暗い
しかし眠りたくはない。また夜だから。
夜を遠ざけるためにも、海渡りを万にひとつの
込み入った袋小路を歩いて行くような算段を回しているうちに、それなりに刻が経ったようだ。とんとんと廊下を歩く音が聞こえたかと思うと、
「陽高、起きているのか」
「……起きている」
寝所に入ってきて、俺の頭の脇で
「湯浴みをしてきた」
「そうか」
しばらく押し黙っている。俺が横たわって天井を見たまま動かないのを見届けると、続けた。
「陽高、私は伽をしなくてもいいのか」
「なんだ、
「いや、したくはない。……しかし私は、お前に買われた身だ」
「したくないなら、しないでもいい」
女は深い溜息を漏らした。
「なにか気懸かりがあるのか。体は
「戻って寝ろ」
「わかった。陽高が言うなら、そうする」
そっと襖を閉じ、静かな足音が遠ざかっていく。
また、恐ろしい夜が来る。夢での解放感も、暗闇の
俺は、闇へと引きずり込まれていった。
■注
★雑談:
陽高がアサルと出会ったこの日が、設定上は天保十年(西暦1839年)三月九日。幕末が始まる十五年ほど前、天保の大飢饉から日本が立ち直りつつある時代です。もちろん「もうひとつの江戸時代」ファンタジーなので、世相はガチ史実通りではないです。なんせ日本なのに宦官がいる世界線だし。
★次話から新章。平賀源内登場!
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