ifルート(異世界バトル編)~本編第8話の後に続くお話となります

第1話 陰キャの俺、最後の戦いに挑む



 すべての復讐を終え、俺は自室で久しぶりにリラックスした時を迎えていた。


 ソファに腰掛けアニメ雑誌を読みながら、テーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばそうとしたまさにその瞬間、部屋中が一気に暗闇へと包まれる。


 まるで部屋の温度が急速に低下したかのような寒さに俺は激しくこの身を震わせる。


 凍てついた冷気に包まれた部屋の床には、中心にふたつの星が重ねられた大きな円形の魔法陣が徐々にその禍々しい姿を完成させた。


 凍える俺の両手の甲に浮かび上がったルーンから放たれた強烈な光があっと言う間にその場を満たす。


 何かこの世の理では推し量れない激しい力によって、俺の体が魔法陣の中心へと勢い良く吸い込まれて行った。



 ☆☆☆☆☆☆



「ゴホッゴホッ……」


 四つん這いで激しくむせ返る俺の頭上から、聞き覚えのある声が響く。


「よく来たねぇ、ミチル」


 俺が頭を振りながら顔を上げるとそこには見慣れた女神エリステアの姿があった。


「い、いったい俺に何の用だ!」


 俺の悲鳴を無視したエリステアがゆったりとした動作で手に持ったカマを振り上げる。


 横たわる俺の身に死の宣告とでもいうべき妖しい輝きを放つそのカマが振り下ろされようととしたその瞬間。



――――パリィィンッ――――という乾いた音が俺の頭の中で鳴り響く。


 ♦♦♦♦エントロピー・オーガナイズド


 密閉自己術式……δεζηθλμξπσφψω……解除


 マインドロック・フルオープン


 セーフコントロール発動開始


 ――――オールリセット・ダイナマイツ♦♦♦♦



 これまでの出来事の数々と自身の中に封じ込まれた“正しい”記憶が頭の中に染み渡って行く。


「ほう、まさか擬態だったなんてね……それにしても“なぜ”気付いたんさね?」


 エステリアが軋むようなうなり声を上げながら問いかける。


「最初におかしいと気付いたのは、アヤネの家を訪れたときさ……、あまりにもアヤネたち一家の様子がおかしかったからな」


 俺は自分の言葉を頭の中でゆっくりと吟味しながら話を続ける。


「それにその後の展開にしたって不自然すぎたしな」


「……とするとあの一家をわざと遠ざけたのもあんたの仕業かい?」


 エリステアがその目を疑わしそうに細める。


「ああ、あれ以上俺の近くにいては危険だと思ったからな」


 俺は静かに答えると目の前に立つ老婆に真正面から鋭い視線をぶつける。


「もういいだろう。いい加減その正体を現したらどうなんだ時の魔女よ」


 ほの暗い闇の中に俺の声がこだまする。



――――眼前の老婆の姿が瞬く間に変貌して行く。


 いつしか俺の目の前には、上質なシルクのように艶めいた黒髪、白皙の如く美しい白い肌、紅玉のように輝く深い瞳で蠱惑的な笑みを浮かべる絶世の美女が静かに佇んでいた。


「いかにもわらわこそが魔王軍筆頭にして、時の魔女の異名を持ちし侯爵エステリアである」


 エステリアは鈴の音を鳴らすような美しい声で歌うように告げるとその身に纏う漆黒のドレスの裾をつまみ、両脚を折り曲げながら演技めいた調子で軽く頭を下げる。


「それにしてもわらわの目だけでなく“監視者”の目も欺くとはの」


 エステリアは感嘆の表情を浮かべ、自らに何かを納得させるようにひとり頷いている。


「どうだそなた、いっそわらわの眷属にならぬか」


 なにやらエスエリアは楽しげな様子だ。


「お断りだ!」


 俺の鋭い怒声がエステリアの支配する禍々しい空間を引き裂く。


「俺の行く道は、俺が決める!たとえそれがどんなイバラの道であろうともな。それに……、俺は決して操り人形であるお前の思い通りになどならない」


「貴様!わらわが意志を持たぬただの道具であるとそう申すか」


 俺の言葉にエステリアが激しく激高する。


「増長するな小僧!しょせんただの供物にしかすぎぬ存在めが」


 怒りに満ちたエステリアの鋭いカマが激しく牙を剥き、まるで自ら意思を持つ獣のような速さで俺へと襲い掛かる。


 明確な攻撃手段をもたない俺は身体能力だけでなんとかその攻撃をかわし続けるが、徐々に劣勢を強いられて行く。


「ハァッ…ハァッ……ハァッ……」


 徐々に俺の額には玉のような汗が噴き出して行く。 


 激しい連続攻撃の前になすすべもない俺に向かって、決定的な一撃を加えようとついにエステリアがぐいとその一歩を踏み出す。



――――刹那、突然目の前の空間に大きな裂け目が生ずる。


 そして――――そこからは……


「ひさしぶりだね……みーくん」


 特徴のあるよく通る声とともに俺の幼なじみが目の前の亀裂の間から現れる。


 彼女は先程別れた時と比べるとずいぶんと大人びた外見をしているように見える。


 その頭上ではボロボロになった紙のカブトが誇らしげにその存在を主張している。


 相変わらずキレイに剃り上げられている頭部は、失われた何かに対しての祈りかそれとも強い覚悟の表れか。


 その烈しくも強靭なる意志に漲った立ち姿は、さながら大賢者の風格を思わせるものであった。


 俺はここに至るまでの彼女の長く険しい道のりに対して静かに思いを馳せる。


 さらに新たな人影がアヤネの後へと続きその姿を現す。


「勇者ヨシニールここに推参つかまつる!」


 其れは――――筋骨隆々にして精悍な顔つきの壮年の戦士。


「お待たせいたしましたわ」


 其れは――――花のように柔らかく微笑む神官ナンシー。


 そこには成長したかつてのクラスメイトたちの姿があった。


 かくして今ここに魔術師である俺を加えた四名が集結し、魔女エステリアと真正面から対峙することと相成ったのである。


「この世界をおまえの好き勝手にはさせない。その野望潰えし時は来た。覚悟しろ侯爵エステリアよ!」


 激しく睨み合う両者の間にはおそろしいほどに張り詰めた空気が流れている。


 次元の狭間であるこの異空間において戦いの火ぶたは今まさに切って下ろされようとしていた。

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