第8話 陰キャの俺、復讐を成し遂げる(北条アヤネ希望編)



 アヤネが学校に来なくなってから二週間ほどが経過したとある日曜の昼下がり、俺は自宅玄関の前でどこかへ外出しようとしているアヤネ一家と偶然鉢合わせした。


 アヤネは胸にリボンのあしらわれた品の良いピンクのワンピースを着ており、頭には茶色い厚紙で作った大きなカブトを被っていた。


 しばらく見つめているとこちらに気付いたアヤネが快活な様子で話しかけてくる。


「みーくんっ……ひさしぶり。元気してた?」


 アヤネはその可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべている。


 二階堂と付き合う以前と全く変わらないアヤネの態度に俺は少しばかり戸惑う。


「ねぇねぇそんなことより聞いて聞いて!あたしね実は夢を追いかけるために学校を退学することに決めたの」


 そんな俺の態度に業を煮やした様子のアヤネが勢い良くまくし立てる。


「実はあたしね、タイムマシーンの開発をしようと思ってるんだぁ」


 俺はじっとアヤネを凝視する。


 アヤネの瞳は真冬の大気のように澄み渡っている。


 その瞳に一切の迷いはない。


 俺はアヤネのそのどこか超然とした姿に思わずごくりと生唾を飲み込んだ。



「まぁそういうわけだミチルくん、君もせいぜい娘を応援してやってくれたまえよ……わっはっはっ」


 頭に捻りハチマキを巻いたアヤネ(父)が腰に両手を当てほがらかな調子で俺に笑いかける。


 ジム通いによって鍛え上げられたその肉体は四十代後半とは思えないくらいにギリリと引き締まっている。


 そんな夫の隣りでアヤネ(母)が控えめに微笑んでいる。


 なんでも昔は国内線のCAをしていたらしく、いまだ四十代とは思えぬ美しさとスタイルを誇っている。


 性格はめっちゃキツイけど相変わらずキレイな人だなぁ。


 久しぶりに見た幼なじみの母親の変わらぬ美貌に俺はそっとため息をもらした。


「私は娘の夢は全力で支えてやりたい。それが親の役目だと思っているからね」


 アヤネ(父)の声は娘を思う愛情と力強い意志に満ち溢れている。


 キリリとした表情で語る夫の横顔を隣に立つアヤネ(母)が頼もしそうに見つめている。


 俺はふと違和感を感じ目の前に立つアヤネを見つめる。


 カブトに隠れていてはっきりとは見えないが、よく目を凝らして見るとどうやらアヤネの頭はツルツルに剃り上げられているようだ。


 アヤネは俺のけげんそうな視線に気が付くとはにかむように笑ってきれいに剃りあげられた自らの頭にそっと触れる。


「ああこれ?なんかね髪の毛が無い方が脳のパフォーマンスが向上するみたいなの」


 うれしそうにアヤネは語る。


「ネット番組で有名なメンタリストの人が言っていたのよ。それでママに言ったらすぐに試してみなさいって……」


 はしゃぐアヤネを愛おしそうに見つめる長身のアヤネ(母)は凛とした姿勢を崩さす胸の前で腕を組みうんうんと頷いている。



「ねぇ、みーくんは……あたしのこと応援してくれる?」


 アヤネはワンピースの裾をヒラリとひるがえし、まるでミュージカルのようにその場でくるりと一回転する。


「ああ、もちろんさ」


 きっぱりとそう答える俺にためらいはなかった。



 なんでもこれからアヤネはタイムマシン開発の拠点となる施設のある北海道へとひとり向かうところだという。


 アヤネの両親は見送りのために空港まで付き添うそうだ。



「それじゃあ……さよならだね、みーくん」


 アヤネが名残惜しそうな表情を浮かべ小さな声でつぶやく。


「ああ……さよなら、アヤネ」


 俺がそう告げるとアヤネは勢い良くその身をひるがえす。


 俺に背を向けたアヤネたち三人は空港に向かう私鉄の駅の方角へと足早に歩き出す。


 見慣れたアヤネの後ろ姿がだんだんと小さくなって行く。


 そんな光景の中、



――――俺は思わず、


「頑張れよー!」


――――大声を張り上げる。


 俺はアヤネの後ろ姿に向かって喉をからして何度も何度も懸命に叫び続ける。


「フレー!フレー!アヤネ!」


「フレー!フレーッ!アヤネッッ!!」


 俺の幼なじみが振り返りこちらに向かって大きく手を振る。


 脱げ落ちたカブトが地面へと舞い落ちる。


 にこやかに笑う俺の幼なじみの瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちている。


 やがて涙の雫はキラキラと輝きながら吹き抜ける風の中へと散って行った。


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