第7話 陰キャの俺、復讐を成し遂げる(二階堂ヨシキ覚醒編)



 どれくらいの時が経ったのだろうか……ゆっくりとまぶたを開くと見慣れた天井が視界の中に広がっている。


 どうやらいつもの日常に再び戻って来られたようだ……俺はほっと胸を撫で下ろす。


 素晴らしく気持ちの良い朝だ。外からは小鳥たちの可愛いさえずりが聞こえてくる。


 俺は両手でピシャリと頬を叩き勢い良くベッドから立ち上がる。



――――いよいよ決戦開始だ!


 俺は両手のこぶし強く握りしめ、一気に精神状態を臨戦態勢へと移行させる。


 マグマのような復讐心と怜悧冷徹な遂行能力。


 成功のためのピースは全てそろっている。


 最早俺の行く手をさえぎるものは何ひとつない。


 修行の合間の時間をフルに使い、俺は幾万通りにも渡るプランを策定した。


 その間俺は幾度となしに女神の粉を吸引し、広大な精神世界の中で自分の持ちうる想像力のすべてを軽やかに飛翔させた。


 その結果二階堂ヨシキにはシンプルかつおそらく本人にとって一番与えるダメージの大きいプランであろうコードNO.ZA0002を適用。


 そしてアヤネには比較的マイルドで品の良いプランであるコードNO.KR8804をチョイスすることにした。



――――今日という日は俺にとっては新たな旅立ちの日となるはずだ。


 そして奴らにとっては自らの人生における大きなターニングポイントを迎える決定的な一日となることだろう。


 階下へと降りた俺はフランスパンとカリカリに焼いたベーコンというなかなかにハードボイルドな朝食をゆっくりと味わうことにする。


 物理的にはこの三日間ほど眠り続けていたはずだが、両親ともに普段と何も変わらない様子で特段俺のことを気にする様子もない。


 おそらくだがエリステアがなんらかの精神処理もしくは事象改変をほどこしてくれているのだろう。


「エリスのヤツめ……」


 俺は女神のさりげない心遣いに感謝した。


 朝食を食べ終えた俺は食事の後片付けをしている母に今日の夕食のおかずとして煮込みハンバーグを作ってくれるようリクエストする。


 久しぶりに元気そうにしている俺を見る母親は心なしか少し嬉しそうだ。


 そんな母親の姿に俺はなんだか自分の肩がちょっとだけ軽くなるのを感じた。


 母はきっと暗い表情で毎日を過ごす俺を見てその心を痛めていたに違いない。


 上機嫌の母親とぶっきらぼうな顔でソファに座り新聞を読んでいる父親に挨拶をしてから俺は玄関へと向かった。



 ☆☆☆☆☆☆



 玄関を出たところで出勤のために家を出てきたアヤネ(父)と見送りのアヤネ(母)とバッタリ出くわす。


 とっさの判断で俺はふたりに向けて、簡単な精神干渉の術式を発動する。


 それは時間にしてわずか数秒の出来事だった。


 ……これで仕込みは完了だ。俺は内心でほくそ笑む。


 俺はアヤネの両親に向かって軽く頭を下げるとすぐに学校へと向かった。



 ほどなく学校へと到着した俺は意気揚々とした足取りで教室へと向かう。


 理科室の前に差し掛かるとちょうど二階堂とアヤネが人目も気にせずに堂々と廊下でイチャついているところだった。


 ふたりはすぐに俺の存在に気が付く。


「陰キャくん、おはー」


 二階堂が軽い調子で俺に挨拶の言葉を投げかけてくる。


 アヤネはそんな二階堂にしなだれかかるように身をあずけ、こちらへと冷ややかな視線を向けている。



――――その刹那、


 俺はふたりに向かって精神干渉魔法の秘密術式を発動する。



 ♦♦♦♦エントロピー・オーガナイズド 


 心象改変……ζηθλμξ……術式完了


 行動設定……πσφψωδ……術式完了


 発動日時……ψξθεση……術式完了


 不確定因子排除……オールクリア


 自動修正プログラム発動開始


 ――――ダブルセット・ダイナマイツ♦♦♦♦



 さあ準備は万端、あとは“その時”が来るのを待つばかりだ。



 ☆☆☆☆☆☆



 静かに扉を開け教室に入ると同時に俺に対していつもどおりの好奇や哀れみの視線があちこちから向けられる。


 さらにはトップカーストの連中のこちらをディスる話し声が耳に入ってくるがいずれも俺にとってはそよ風程度のものにしか感じられない。


 当然だろう常時生死の狭間に立たされているかのような地獄を我が身をもって体験してきたのだから。


 普通の高校生の集団などしょせん俺にとっては小うるさい幼稚園児の集まり程度にしか思えないのだ。


 そんなクラスメイトたちを尻目に俺は余裕の表情を浮かべゆっくりと自分の席へとつく。



 ☆☆☆☆☆☆



 ホームルームも終わり、教室は一時間目の始業時間を待つばかりとなっている。


 そして始業時刻を知らせる定刻のチャイムが鳴ったその瞬間――――、


「時は来たれりっ!」


 二階堂ヨシキは突然そう怒鳴り立ち上がると着ている制服をその場で一気に脱ぎ捨てた。


 いきなりTシャツとトランクス一枚の姿となった二階堂に対しクラスの全員が茫然とした表情を浮かべている。


 二階堂は教室後方の自分の席から大股でゆっくりと前方へと移動すると、教卓の前でじっと立ち止まり黒板を背にして仁王立ちとなる。


「……みんな今までかくしてきて本当に済まなかった。実は俺の名はヨシニール。魔王を倒すためにペペロンチーノ王国からきた勇者なんだ」


 ヨシニールは戸惑うクラスメイトに構わず自信に満ち溢れた顔で教室内を見渡して行く。


 そんなヨシニールの凶行に誰もが目を奪われている。



「実は今日の朝、魔王の力が弱まっているとの情報がスパイとして送り込んだダークエルフからもたらされたんだ亅


 ヨシニールはひとりひとりの目を見ながら力強く語り掛ける。


 その姿はさながら無知な民衆を啓蒙する哲学者のようですらあった。


「今こそ討伐の時なり!心ある者は俺にどうか力を貸してくれっ!!」


 そう叫ぶとヨシニールはTシャツとトランクスを脱ぎ捨てついに一糸纏わぬ全裸となる。



 信じられない事が突然目の前で起きると、人間は一時的に脳が麻痺してしまうのだろうかクラス全員の動きが完全に止まってしまっている。


 真夏の朝九時、例年に比べ少しばかり気の早いセミの鳴き声が教室内にジンジンと響いている。


 まるで自分の周りに存在する全てのものがその色を失い、今現実に流れている時間がゆっくりと減速して行くような……そんな不思議な感覚を教室にいる全員が味わっていた。



 そんな凍てついた空間の中、勇者ヨシニールの暴走はさらに勢いを増して行く。


「エンチャント、マジックキャッスルッ!!」


 ヨシニールの絶叫が静寂を突き破る。


 ヨシニールは左手を腰にあてると右手の指二本でおもむろに自らの男性器をはさみこむ。


 その瞬間、世界がピタリと静止する。


 それは未来永劫に渡って決して脱出することの出来ない時の牢獄かとすら思われた。



――――しかし、ヨシニールによって再び世界は輝きを取り戻す。


「プリズムシャワーッッッ!!!!」


 耳をつんざく大絶叫の次の瞬間、


『チョロッ……チョロチョロッッ……シャァ―ッッッッ』


 ヨシニールの股間の先端部分から黄金色の液体が宙へと向かって勢い良くほとばしる。


 そしてヨシニールから放たれた液体はやがて奔流となり教室の最前列にちょこんと座っている小柄な女子(河合サナエ)に対してその凶悪な牙を剥き一気に襲い掛かって行く。


 ビッグウェーブの直撃を受けたサナエは全身ずぶ濡れとなり、机の上に置かれた教科書と可愛らしいキャラクターのシールが貼られたノートはすでにビショビショになっている。


 訪れるは一瞬の静寂。


 聴こえるは薄く開いた窓から吹き抜ける一陣の風の調べか。



――――そして、


「キィヤァァァーッッ!!」


 我に返ったサナエの悲鳴が教室中に轟く。


 悲鳴を上げたサナエはその場にバタリと倒れ込み口から泡を吹いて失神する。


「二階堂ぉーっっ!」


「イヤーッ!へんたーい!!」


「誰かぁーッ、誰か来てぇ―ッ!!」


「おかあさーーん!!!」


 サナエの悲鳴に続くように教室内には男子の怒号、女子たちの助けを求める声が激しく交錯する。


 その場はまさに阿鼻叫喚、悪鬼羅刹の行き交うが如き地獄と言っても過言ではないほどの魔界と化していた。



 イギリスからの留学生であり敬虔なクリスチャンでもあるナンシー・トリニアータ(Jカップ)はその豊かな胸の前で両手を組みひとり静かに神に祈りを捧げている。


 その光景はまるでなにか静謐な儀式であるかのようにも思われた。


 そんなナンシーを尻目に喧騒はいまだ止む気配すら見せない。


 勇者ヨシニールはそんなクラスメイトたちの様子を微動だにせず見つめている。


 その股間の先端部分からは黄色い雫が床へポタリポタリとしたたり落ち続けている。



 憤怒・激情・混乱・動揺……各人の様々な感情が立ち込める異様な雰囲気の中、一時間目の授業の担当である英語教師の長内シゲオミ(ハゲ中年)とALT=アシスタントティーチャーのスミス(趣味はスイーツの食べ歩き)が教室前方の扉を開けて登場する。


 満を持して現れた救世主たちの降臨に生徒たちが色めき立つ。


 荒れ狂う教室の惨状に一瞬呆気に取られた長内とスミスであったが、彼らはすぐにこの異常事態の元凶が全裸で傲然と屹立しているひとりの生徒であることに気が付く。


 救世主たちは彼をなんとか取り押さえるべく力を合わせ、ふたりがかりで立ち向かって行くのであった。


 激しい格闘の末なんとかヨシニールは取り押さえられ教室は束の間の平穏を取り戻す。


「貴様たち……オレを離せっ、オレはたんに付与魔法をかけただけだっ!何の問題もありはせぬっ!今すぐにオレを離せっっ!!さもないと大変な事になるぞ!!!」  


 ヨシニールは納得のいかない様子でいまだ暴れ続けている。


「心ある臣民たちよ刮目せよっ!!今すぐに我を助けるのだっ!!!」


 ヨシニールはそう叫ぶがもちろん助ける者など誰もいない。 


 ヨシニールはふたり掛かりで体を拘束され、床へとその全身を押しつけられている。


「キィエェェーーーイィィィ!!!」


 ヨシニールは奇声を発しながらなんとかして逃れようとするがその体はピクリとも動かない。


「殺せ殺せ、殺せぇぇーーーいっっっっ!!!!」


 ヨシニールは唯一動かすことのできる頭だけをぐいと上に向けて喚き続けている。


 しかしついに観念したのかヨシニールの顔に諦念の表情が浮かぶ。



――――そして、


「たとえこの身果つるとも、我が魂は永遠なり。

いつか立ち上がらん我が意志を受け継ぎし神の子供たちよ!」


 まさにそれがこの異常な場面のフィナーレを飾る勇者ヨシニールの遺言とも言うべき最後のセリフとなったのであった。



 ただならぬ様子を感じ慌てて駆けつけて来る他の教師たち、いったい何事かと廊下からこちらを覗き込もうとする近隣のクラスの生徒たち。


 教室前の廊下は人が溢れちょっとしたパニック状態となっている。


 そしてそんな人混みの中ヨシニールが職員室へゆっくりと連行されて行く。


 球技大会で使用した応援用の垂れ幕でぐるぐる巻きにされ教師四人がかりで押さえつけられ、血走った目をして暴れながら引きずられて行く学校でも有名なイケメンの異常な姿に廊下にいる生徒たちから大きなどよめきが漏れる。


 この件で最大の被害者ともいえる河合サナエはようやく意識を取り戻しその小さな体に白いタオルを掛けられ、養護教師の森ミチエ(漢検2級)に肩を抱かれて保健室へと向かうようだ。


 激しくしゃくりあげながら嗚咽をもらす女生徒の姿に俺は心を痛めていた。


 彼女は心にひどい傷を負ってはいないだろうか?


 今はただそれだけが気掛かりだった。



 ☆☆☆☆☆☆



 ヨシニールの乱から一週間が経過した。


 結論から言うと二階堂ヨシキは無期停学となった。


 二階堂の父親はPTAの会長を努めており、また地元で屈指の素封家でもある二階堂家からは毎年多額の寄付金を受けているという学校側の事情もあり即時退学処分とはならなかったらしい。


 どうやら教師たちにも厳しい箝口令が引かれているようだ。


 また二階堂ヨシキ本人に関してだが、噂では東北地方の山奥にある大きな病院に入院したとのことだ。



 二階堂の彼女であるアヤネは事件のあったその翌日からずっと登校していないそうだ。


 なんでも学校には親から風邪で休むとの連絡があったようである。


 こうしてひとまず俺の復讐劇第一弾は無事その幕を閉じることとなったのである。

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