第6話 陰キャの俺、修行する



「じゃあ早速はじめるとするさね」


 エリステアの厳粛な声に俺は思わず自らの居住まいを正す。


「女神エリステアと我が身は一心同体」――――まずはこの言葉つまり“真言”をわたしがいいと言うまで唱え続けな。


 黙然とする俺を諭すようにエリステアは続ける。


「いいかい言葉ってもんには必ず言霊が宿るんもんなんさ。だから言葉のひとつひとつに全身全霊を込めるんさね」



――――迅速果断、俺はただひたすらにエリステアの“真言”を一言一句違えず正確に唱え続ける。


「女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体……」


 徐々に俺からは時間の感覚そして今自分がいる場所の感覚さえも失われて行く。


「女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体……」


 それでも俺は命より大切な“真言”を精一杯の大声でひたすら無心に繰り返す。


 そのうちに声はしわがれ、限界を超えた喉には激痛が伴い始める。


「女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体・女神エリステアと我が身は一心同体……」


 ついに口からは血しぶきが吹き出す。


 それでも俺は同じ文言を一心不乱に唱え続ける。



――――どれくらい唱え続けただろうか。


 ついに俺の両の眼まなこからは随喜の涙が溢れ出し、俺の全身は狂喜に打ち震えていた。


 俺は最早まともな声にすらなっていないような声を喉の奥から必死にしぼり出し、ただひたすらに天に向かって叫び続ける。


「めがみぃエリステェアアとわがみぃはぁぁ、いっしぃぃいんどぉぉおたぁぁあーいぃぃひぃぃぃぃ!!」


 精魂尽き果てた俺は、絶叫とともに血痰の混じったよだれを撒き散らしバタリとその場に倒れ伏す。


 これをもち最初の修行はめでたく終了の運びと相成ったのであった。



 ☆☆☆☆☆☆



 辛い修行の中、唯一の楽しみはエリステアがときたま吸わせてくれる女神秘伝の白い粉であった。


 その粉の正体は天界最大の霊峰、シャブレータ山脈の山頂に住まう美しい蝶の妖精が空を舞うときに撒き散らす鱗粉であるそうだ。


 どうやらエリステアには独自の入手ルートがあり、純度の高い上物の鱗粉を手に入れることができるらしい。


 疲労がたまったタイミングでエリステアが定期的に吸わせてくれていたが、最近では吸わないとなんだか気分が落ち着かなくなり以前より吸う感覚が短くなってきているように感じられる。


 エリステアも段々と面倒くさくなってきたのか、ここ最近は俺にカットしたストローとマッチを手渡し吸いたいなら自分で勝手に吸いなというような感じにすらなってきている。


 まぁこの白い粉さえあれば元気百倍。


 修行の効率アップは間違いなしだ。



 ☆☆☆☆☆☆



 その後は極めて実戦的な修行が続く。


 エリステアから聖なる加護を与えられ強靭な肉体と精神力を手に入れた俺は懸命に修行に励んだ。


 そして幾多にも及ぶその修行の中身とは口に出すのもはばかられるほどの激烈なものであった。


 ≪修行其の一≫ 極寒の猛吹雪の中、全裸で氷柱に真っ逆さまに吊るされ数か月間に渡り放置される。


 ≪修行其の二≫ 全裸片足立ちのままひたすらに呪文を唱え続け、少しでもバランスを崩そうのものならエリステアに釘の刺さった木片で血まみれになるまで激しく殴打される。


 ≪修行其の三≫ 熱砂の砂漠に全裸で長時間立たされ、火炎魔法で容赦なく灰にされた後すぐに肉体を再生されるというループを何万回もくり返させられる。


 ≪修行其の四≫ 全裸にされ尻の穴に鉄パイプを突き刺され、200万ボルトの電撃魔法を浴びせかけられる。



――――などなどの荒行が毎日ひたすらに繰り返されて行った。


 いかに夢の中とはいえ、もし加護を付与されていなかったら俺の精神はグシャグシャに破壊されてしまっていたことだろう。


 ……しかし俺は決してくじけなかった。


 すべては復讐のため。


 俺は歯をくいしばりひたすらに修行に耐え抜くのだった。



 そうしてついに俺は様々な艱難辛苦をのり越え、ついぞ時間にして800年に渡る修行に耐え抜きエリステア直伝の精神干渉魔法を会得したのであった。



 ☆☆☆☆☆☆



――――エリステアとの別れの朝。


「まぁよく逃げ出さなかったもんさね」


 エリステアの柔和な表情を見ながら、俺はこれまでの修行の日々を静かに思い起こしていた。


 自分で言うのもなんだが男として一皮むけたような気分がする。


「あぁ色々と世話になった。本当に礼の言いようもない」


 俺は眼前の女神に率直に謝意を伝える。


「……まぁ、お礼なら前払いでもうもらっているさね」


 エリステアが小さな声で呟く。


「……なんだって?よく聞き取れなかったんだが……」


「なーに、なんでもないんさ……ほんの独り言だよ。まぁそんな事よりとにかくしっかりやるこっさね」


 結局それが俺たちの別れを締めくくる女神最後のセリフとなった。


「じゃあな、エリス」


 俺は短く別れを告げるとその勢いのままパチリと自らのまぶたを閉じる。



――――俺の意識は急速に虚空の闇へと沈んで行った。

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