プレイヤー降臨

 私が数えで十五歳になり、学園に入学する年を迎えた。


 アリスの外観は完全に“うさぎちゃん”そのものになっている……もっとも、中身は今持って、不思議ちゃんとは程遠い。


 兄チャールズはひたすらに体を鍛えた結果、見るからに屈強な戦士となって、周囲を威圧している。


 バーナードの背は成長期で伸び続け、貴公子ぶりに磨きがかかった。

 街を歩くときは認識阻害のアイテムを身につけていないと、周囲の視線を集めすぎるようになった。


 彼と共に二年間のイシュタール式訓練を共に過ごした結果、私たちの関係は当初の初々しさは消えたが、対等に会話できるくらいに打ち解けた。


 そうした過程で分かったが、出会った当初、彼は私の前では相当猫を被ってたのが判明した。



 ――ある日、ダンジョンの再奥にて……


「ねぇ、バーニィ……」

 私はバーナードに苦言を呈した。

「ダンジョン内で爆発系魔術使うの止めて、って前も言ったよね?!!」

「威力は調整したけど……?」

「落盤の原因になるから止めようね、って言ったよね??」

「ダンジョンはこの程度の魔術じゃ壊れないよ……」

「今はダンジョンだけど、その内天然の洞窟とかも行くかもしれないんだよね?その時ついうっかりで爆発魔術使ったら危ないよ?だから、安易に高出力の魔術に頼るのは、良くないよ!」

「でも、大量のモンスターを一気に倒す手段は他になかったから、仕方ないよ。何より、君が怪我でもしたら、ご両親に申し訳が立たない」

「うぐぅ……!」

 この彼の言葉に一瞬詰まる。

 元はと言えば、私が落とし穴を踏み抜いて、落ちた先が魔物溜まりの部屋だったのが悪いのだが……。

「バーナード」

 ここで、一緒にダンジョンに潜入していた兄チャールズが声をかけた。

 とりあえず、ガツンと言ってやってください、お兄様!

「グッジョブだ」

 兄はバーナードに向けて真顔でサムズアップする。

 ……はぁ?

「いや、待って待って!ダンジョンが壊れちゃったらどうするんですか!!」

 兄とバーナードは握りこぶしを合わせている。

「ダンジョンは自動修復機能があるから問題はないよ」

「そうだ。万が一ダンジョンが全壊したとしても、アリスの安全に比べたら大したことではない。アリスにはダンジョン千個分の価値はあるのだから、一ミリアリス程度失っても、どうということはない」

「だから、謎の単位を制定するの、止めてってばーー!!」


 私の切なる声がダンジョン内に空しく木霊する……。



 しかし、そんな日々すら、私の人生にとっては、安全なバリアに守られた揺籃期に過ぎなかった。


 運命の歯車は、決して逆には回らない……。

 確実に、その日は迫っていた。



「ついに最重要人物が特定された」

 私はイシュタール家の離れの一室で、バーナードと隣り合ってソファに座っている。

「最重要人物?誰のこと?」

「世界の未来を選択して切り開く者にして、物語の主人公……その名は“プレイヤー”」

 その言葉を聞いて私は身を固くする。

「ただの転生者とは違うの?」

「機関の記録によると、明らかにそれ以上の存在だ。彼の行動によって、今後の予言の書のシナリオ進行に大きな影響を与えている。機関の上層部はプレイヤーの自由意志に基づく決断を見守ることを望んでいる」


 ゲーム『スタータイド』の主人公はゲーム開始時にユーザーが名前と性別と外見を自由にカスタム可能な仕様だった。

 一体どうやって特定したのか不思議だが、きっと機関にはノウハウが蓄積しているのだろう。


「よく見つけられたね」

「発見方法は機密事項だが主に統計的手法による判定で、候補者は二桁人数まで絞り込めていた。その中でセレスティアル学園に入学予定者は一名しかいない。彼らプレイヤーが物語の進行を無視した行動をとる事は稀で、ほぼ確定といってもいい」

 ゲームの舞台となる学園というフィールドにいなければ、予言の書の管轄外となるという考えなのだろうか。

「彼の名前はダン・スターマン。平民出身の孤児でオルドリン伯爵推薦の特待生枠で入学してくる」

 ふーん……男なのかー……私の胸の内に少し嫌な予感が広がる……。


「やっぱり、私たちも学園に行かなきゃダメなのかな……」

「恐らくそうなるだろうね。近い内に機関から正式に指令が来ると思う」

 私は溜息を吐いた……憂鬱だ。

「嫌そうだね。まぁ、僕も気が進まないけど」


 このゲームの攻略対象を初めとした登場人物って、ゲームで接する分なら面白いけど、実際現実に顔を合わせて関わったら、相当面倒臭い人達だと思う……嫌だなぁ……。


「関わるどころか、君も一応攻略対象だよ」

「うわあああ……スルーしたいいい――!!」

「それに王太子リオンの件もある……彼は現在も婚約者を決定してない。宮廷内の間者からの情報によると、まだ君に未練があるらしい」

「うっ……すっかり忘れてたよ……」

 もう、いい加減に忘れてほしい。このままだと、過保護な家族の手によって箱入り娘どころか鉄壁娘だよ……。

「正直、僕の内心が修羅場だよ……苦労してやっとの思いで、ここまで手懐けたのに……ここに来て邪魔な存在が増えるとはね」

 バーナードは私の頭を撫でながらボヤいた。

「自分の婚約者を野生動物みたいに言わないで欲しいなー!」

「君ときたら全く、懐かない猫みたいで本当に苦労したよ。虎みたいな怖いお兄さんが、いつも睨んでいるし……」

 彼がドアの横で険しい顔つきで立っている兄チャールズを一瞥する。

淑女レディを小動物に例えるの失礼だよー?」

「猫じゃなくって、“うさぎちゃん”だっけ?」

「あのねぇー!!」

「あははははは――」

 バーナード屈託もなく笑い転げるが、不意に悲しげな顔をする。


「僕は本当に心配なんだよ……君がプレイヤーに心を奪われやしないかって……」

 その言葉に、彼の内面での葛藤を間近に感じ取った。

 所属組織に対する忠誠と、唯一無二の愛との板挟み……。


「まぁ、いざとなったら、学園ごと全部吹き飛ばすけどね」

「目が笑ってない笑顔で言わないでよ……」

 全く冗談には聞こえない。

「俺も加勢するぞ」

「お兄様もいい加減にしてって……」

 バーナードもチャールズもこういう時だけ一致団結して頭が痛い……。


 でも、その懸念は分からなくもない……というより、私自身、不安はある。

 この世界でのシナリオの強制力とは如何程の物かは、リーブラ機関も完全に解き明かしてはいない状態だ。


 しかし……


「その心配は無いよ……多分」


 ゲーム『スタータイド』での、うさぎちゃんは恋愛ゲームの攻略対象としては特異な性質を持っている。


 それは、内部解析に基づくリーク情報によると、“うさぎちゃん”はプレイヤーとの会話シーンで選択肢が出ても、好感度が下がる事はあっても上がる事は、無い、ということだ。


 では、どうやって好感度を上げていくかというと、彼女が発注するサブクエストを達成して、指定のアイテムを手渡していくしかないのだ。

 しかも、そのクエストは無期限ではあるが、非常に難易度が高く、達成するまでに掛かった時間が短ければ短いほど、上がる好感度が高く、達成できずに無駄に時間が掛かると、貰えるポイントはどんどん減っていくのだ。


 なので、熟練のプレイヤーがタイムアタックなどをする場合、あらかじめ山を張って、先にクエストをこなし必要なアイテムを事前に用意しておくのが、攻略の定石となっている。


「どう考えてもおかしいのよ」

「何が?」

「だって、二人っきりで短く無い時間、対話をしてたら、相手のこと好きになるまではいかないけど、余程悪い人でもなければ、いい所だって少しは見えてくると思うし情も湧いてくる筈なのに……ここまで徹底して減点式で相手を見てるなんて、まるで……」

「まるで?」

「まるで、“取引”か……“面接”みたいだなって……」

 少なくとも、“恋愛”ではない……これを恋の駆け引きだというのは、いくらゲームとはいえ、あんまりだ。

 ヤクの売人説が出るのも無理からぬ話だったりする。


「成る程……うさぎちゃんはプレイヤーを恋愛対象とは見做してない、と」

「少なくとも、私はそう思っている」

「興味深い……しかし、プレイヤーの方が君のことをどう思っているかは、別の問題だ」

 頭が痛いなぁ……しかし、悩ましい事はそれ以外にもある。


「いや、まぁ、まだ私が攻略対象と決まった訳じゃ無いしー。それより、どうやって学園に潜入するの?ゲーム中の学園には、アリスもバーナードも存在してないんだよ?」

 セレスティアル学園は全寮制で、限られた時以外は結界によって外界と隔絶された世界だ。

 部外者が気軽に出入りできる環境では無い。

 私たちが内部調査をするには生徒として入学する必要がある。


「現在、プランを考え中だが、どれも不安定で決め手に欠ける。少なくとも、偽名を使う必要はあるだろう」


 やっぱり危ない橋を渡る感じなんだ……。

 願わくば、少しでも穏当な日々を過ごしたいよ。

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