うさぎちゃんの正体
バーナードが学園への潜入作戦に頭を悩ませている時、私は親友のアリーナの相談相手をしていた。
彼女も人生の進路について、深く思い悩んでいる。
「私、バーンのことが好きなの……」
子供の頃から幼馴染として仲が良かった二人は思春期の到来と共に恋愛感情を抱くようになった。
二人が思い合っているのは側から見てても良く分かる。
「バーンもアリーのこと好きなんでしょ」
「うん……でも、バーンのお父様が婚約を反対してるの……」
バーンの父親は保守的な人物で、安易に貴族と平民が交わることを良しとしない考えの持ち主だ。
「絶対苦労するから、って……」
大商会の家長としては三男の彼には官僚となって王都中央とのパイプを作ってほしいようだ。
「アリーの家は?ダール子爵はなんと言ってるの?」
「お父様は……バーンの事を気に入っているの。だから、条件付きで婚約を認めても良いと言ってくれたのだけど……」
「条件?どんなの??」
「うちの家と業務提携している帝国のムーントレイス商会に出向して、そこの手伝いをしながら、帝都の学校に通い、三年以内に経営学修士を取得すること、って……」
王国では、下級貴族と平民の婚姻は珍しいことではないが、大抵は平民側の莫大な持参金が必要となる。
そんな風潮を考えると、かなり温情がある条件だ。
達成できたら、双方ともに大きなメリットがある。
子爵がバーンの事を買っているというのは嘘では無いだろう。
「良い条件だと思うけど……」
「ええ……彼も前向きに検討していて、私も頭では理解出来るけど……でも……不安なのっ!!」
彼女の目に涙が溢れ始める。
「三年間も……離れて……しかも……帝都でしょ……王都より華やかで……綺麗な女性が沢山いて……私みたいな田舎臭い地味な子なんて……すぐに忘れられそうで……」
バーンは、いい加減に見えて自分の芯ちゃんとを持っている意志の強い少年だ。
彼に限って、そんな不義理なことはしないと思うが……。
「アリスちゃんには分からないよっっっ!!!」
「――!」
彼女の心の奥底から発した苛立ち混じりの声に私はハッとした。
私はアリスが美少女だということを忘れていた……。
「あっ……」
アリスが青ざめた顔で呆然としているのに気づいたアリーナは俯いた。
「ごめんなさい……私、余裕なさすぎだよね……でも……もう、どうしたらいいのか分からない……」
私は彼女の背に手を置く。
「一緒に帝都に行く事は出来ないの……?」
私の問いかけに彼女は顔を上げる。
「出来ればそうしたいけど……ちょっと家の事情があって……」
「事情?」
アリーナは頷いた。
「ダール家の本家筋にあたるオービット侯爵家から要望が来ているの。事業の手伝いをして欲しいって」
「どんな事業?何とか断れない?」
「それがね……セレスティアル学園の購買部に関する仕事なの」
その言葉に、私は動きを止めた。
「学園の購買部の売り子は在籍している学生が最低一人は関わる決まりなの。でも、平民だと何らかのトラブルや不正に巻き込まれやすいから、大きな派閥に属していない中立派の貴族の子が就くのが長年の習わしで……今、購買部を取り仕切っているのが学園の卒業生でオービット家の人なんだけど、どうしても私に手伝いに来て欲しいって……」
アリーナの言葉を聞きながら、私の頭はフル回転していた。
うさぎちゃん、学園に存在しないアリス、購買部、アリー……。
バラバラに存在していたパズルのピースがあるべき場所にピッタリ収まった。
「あああああ――!!」
「うわっ!、どうしたの?!アリスちゃん??急に大声出して!」
「アリー!」
「はい?!」
「ちょっと、急いでバーニィと相談してくるから!必ず悪いようにはしないから!だから、まだ早まらないで!いいね!?」
アリーナは私の突然の勢いに後ずさり、無言で何度も頷いた。
■
「バーニィ!!」
私は離れにあるバーナードの居室に駆け込んだ。
「わかったよ!うさぎちゃんのこと!うさぎちゃんは購買部のアリィだったんだよ!!もう、完全に盲点だったよー!」
私は興奮気味で手を振りながら熱弁するも、バーナードはキョトンとしている。
「何を言っているか、さっぱり分からない。落ち着いて、最初から、説明して」
私は、先ほどのアリーからの相談の話をする。彼は真剣に聞き入っているが、首を傾げる。
「やっぱり、要領得ないな……アリィという人物は予言の書には登場してないのだが……?」
「あ……!」
私は失念していた。
彼は『予言の書』を通して『スタータイド』の物語は知っているが、ゲームとして触れた事はない、ということを。
◇
アリィとはゲームの舞台となるセレスティアル学園内にある購買部の売り子で、その主な役割は汎用アイテムの販売とダンジョンで採取したアイテムの買取だ。
その外見は茶色の髪を三つ編みにして、ぐるぐるメガネを掛けてる小柄な、絵に描いたような――実際絵なんだけど――地味なモブ少女だ。
アリーナ・ダールとは見かけ上の共通点はあるが、アリィという愛称は、この世界ではありふれたものだし、髪型もメガネも異なっていたので、今日、相談を受けるまで、私は気づけなかった。
プレイヤーはスタートからクリアまで購買部に何度も立ち寄るので、彼女ともその度に顔を合わせる。
まさに親の顔より見る存在だが、彼女自体はストーリーには全く関わらないし、彼女が登場するストーリー性があるイベントもない。
その為、彼女は物語の登場人物というより、機械的な、ゲームシステムの一部といった印象だ。
なので、『スタータイド』のストーリー部分のみを記した予言の書を全て暗記しているバーナードが彼女の存在を知らないのも無理はない。
◇
「なるほど……君がアリーナ・ダールとして、学園に潜入して、必要とあらば、うさぎちゃんとして振る舞う、と……関係者への十分な根回しは必要だが、作戦としては悪く無いな」
「そう!うさぎちゃんを学園内で見かけなかったのも、もっともなの!それに、アリーとバーンの仲も応援できるし、任務のためにもなるし、一石二鳥だよ!」
アリスは得意げに胸を張った。
「僕もバーネット・グレイルとして潜入すれば、想定できる大抵の状況にも対応できる……その線で作戦立案してみるか」
バーナードが徹夜で書き上げた計画書は機関の承認を得て、私たちが学園に潜入する道はこうして開かれた。
■
その後、バーナードは忙しく関係各所を訪れ、何とか根回しを完了した。
彼の説得もあり、ダール家とグレイル家は双方とも円満にアリーとバーンの婚約を認め、二人の帝国行きを了承した。
バーナードはオービット侯爵家とも直接交渉し、帝国の第五皇子としての身分を明かした上で『ある平民の極秘調査』の為だと説明し、協力を取り付けた。
昨今、市井で加熱する民権運動を危険視する貴族勢力は少なくなく、その説明だけで特に疑問を抱かれずに、すんなり快諾――むしろ心なしか歓迎までされ――、少し拍子抜けした。
よく考えると中立派の貴族が秘密裏に帝国に恩を売れる機会は滅多にない。
まぁ、嘘はついていないので問題はないだろう。
私とアリーにはバーナードから対になってる指輪型のマジックアイテムを渡される。
「この指輪を嵌めていると、好きな時にお互いの姿を借りる事ができる」
「ずっと嵌めていないとダメなの?」
「一度使用すると、指輪の魔石に外観が記憶される仕組みだから、常に身につけている必要はない。能力は完全にコピーできないが、今回はそれで問題ないだろう」
「でもコレを、落としたり失くしたりしたら、ちょっと怖いなぁー」
「ねー」
私たちは指輪を嵌めて、お互いの姿を入れ替えてみた。
アリーは手鏡で自分の顔を凝視している。
「うっわー……アリスちゃん、カワユ……」
……私と同じ事言わないで欲しい……確かにアリスは可愛いけどさ……このナルシスト状態を外から眺めるの、ややキツイ。
「アリー……何してんだよ……」
「少し面白い」
心なしか、バーンとバーナードの目線が生暖かい。
元の姿に戻った後に、バーナードが指輪を回収した後に、何か魔術を掛けて、私たちに返した。
「魔石の記憶を固定化しておいた。それと次に指に嵌めたら、解除魔術以外で外せないようにもしておいたから、失くす心配もないよ」
魔法って何でもありだな。もっとも、この指輪の価値は怖くて聞けない……。
きっと、名のある
この後、バーンとバーナードも同様に指輪を装備して、私たちが入れ替わる準備は整った。
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