子供会
ここはイシュタール家の敷地内にある離れの庭園。
今、私の正面にガーデンテーブルを挟んで、一人の少年が座っている。
青みがかった長い銀髪と赤い瞳のイケメン……いや、そんな軽い言葉で表せるレベルじゃない。
超絶美形キャラと言っても差し支えないくらいだ。
彼は蠱惑的な微笑みを浮かべ、頬杖をついて私を見ている……。
……落ち着かない……。
アリスの小さな心臓の鼓動のリズムは速く、頰が赤らむのを感じる。
私が俯いてモジモジしている様を、相手は暖かい眼差しで眺めている。
彼の名は、バーナード。
アリス・イシュタールの婚約者だ。
□
それは、私が数えで十歳になった年の春だった。
「子供会……ですか?」
「そうよ〜。貴族の子供は大体参加するのぉ」
ボイジャ王国貴族の子息令嬢は原則強制参加のイベントが発生した。
「といってもー、特に何かする訳じゃないのよぉ。ただ、この国の王族がー、未来の貴族の顔を見ておきたいだけのなのぉ。子供は無料のお菓子を食べて、適当に他の子とお喋りしてれば、勝手に終わるわぁ〜」
母はいつも通りのんびりした口調で説明する。
書庫の資料によると、ボイジャ王国の全人口に対する貴族の比率は約二割だ。
後で自分で調べた所、子供会に半強制的に招待されるのは、その貴族の内、爵位が子爵以上で、尚且つ所有している領地が王都周辺在住の生まれた順番が三人目までの少年少女らしい。
その条件に当てはまる貴族の家は半数程度だが、当てはまらなくても任意参加可能という事で、十歳になった貴族の子は大体参加するらしい。
上流の家でも王族と直に接する機会は貴重なのだから、下流の家なら上流との縁繋ぎに必死になるのも無理はないのだ。
「ちょっと気が進まないなぁ……」
ゲーム中のうさぎちゃんが本当は何歳なのか不明だが……。
男女十二人からなる攻略対象キャラの内、この国の貴族出身の子は七人。
うさぎちゃんが同年代ならば、彼らと遭遇する可能性は高く……特に王族の王太子で俺様キャラのリオンと王女でメインヒロインのクリスティーンは確実に来るだろう。
「二人とも苦手キャラなんだよなぁ……目立たないようにして関わらんどこ……」
その時の私は問題が起きない事を切に願った……。
□
子供会は恙無く開催された。
ざっと見渡す限り、百人程度のお子様が参加していた。
中にはどう見ても貴族には見えない子供達が、着こなせてない礼服で走り回ったり、不貞腐れている。
直前に聞いた家族の話では、羽振りの良い商人や周辺国の有力者達が地縁を頼って強引にねじ込んでいるとの事。
私の想像以上にガバガバなイベントのようだ。
ただ、それだけに王族に接する事でもなければ、礼儀に気を使う必要はなく、同年代の子供同士が交流する楽しいイベントなのらしい。
私の目立ちたくないという願いは専属スタイリストであるメイの『ここは、勝負服っすよー!』という熱暴走により却下された。
今日の私は、膨らんだ袖の露草色のワンピースの上にレースがついた白いエプロンを纏い、同系色のボーダータイツに身を包んだ、今にも不思議の国に行きそうな可憐な仕上がりだった。
ただ、母が言っていた通り、本当に参加するだけでいいイベントだったのは助かった。
遠くの方では、貴族の令嬢子息が王族に挨拶まわりをしていたり、王太子や王女に顔を覚えてもらおうと必死に群がっている。
周囲のヒソヒソ話を聞く限り、王家と血縁があるか、侯爵以上の爵位を持つ家の子供全員が王族に挨拶する為に並んでいるようだ。
その並んでいる令嬢達は軒並み光沢のある絹生地のドレスに豪華な装飾品で身を固めたキンキラキンで、これなら私の可愛さも地味に埋没しているだろうと、少し安心した。
横目でその人混みを観察すると攻略対象の内、王族である王太子リオン、王女クリスティーンと、辺境伯令嬢のケイトリン、それと、リオンの側近候補、ハリーとジョージは確認できた。
領地が王都から離れている辺境伯令嬢のケイトリンが参加していたのは意外だったが、こういう賑やかなイベントが好きそうなパリピキャラの伯爵令嬢サラがいないのはもっと意外だった。
それと、ギーク男子のニコラスは見かけなかったが、彼の家の爵位が男爵で領地持ちでもないので、この場にいなくても別に不思議ではない。
ともかく、彼らはイシュタール家とは縁どころか、一面識すらない他人だ。
こちらから接触しなければ、何事もなくやり過ごせるだろう。
私はホテルのケーキバイキングよろしく豪華なお菓子が盛られた皿が並んだテーブルで、宮廷のパティシエが作った絶品スイーツにのんびり舌鼓を打っていた。
□
思えば、その時の私は少し気が緩んでいたのかもしれない。
私は手に皿を持って、数々のスイーツを前に目移りしていた。
「可愛いお嬢さん、迷っているなら、この数量限定のフルーツタルトがオススメですよ」
私が高速でキョロキョロしているのを見かねたのか、若いパティシエさんが声を掛けてくれた。
フルーツタルトは小振りながらも、技巧を尽くしたカッティングが施された南国の果物で彩られ、お菓子というより美しい芸術品だった。
「有難うございます。じゃあ、それを二つください!」
私がタルトを受け取ると、周囲の子もつられるように手を伸ばして、あっという間に無くなった。
テーブルに戻り着席して、一口食べてみると、確かに美味しい。
上に載っている数々のフルーツはコンポートやドライフルーツではない南国産の物を生で使っていて、これだけでも宮廷でないと味わえない贅沢な逸品だ。
中に詰まっているアーモンドクリームも絶品の滑らかさで、流石、宮廷料理人がオススメするだけはある。
私の隣に座っていたメガネの女の子も受け取ったタルトをニコニコしながら食べようとしたら……
「いっただきぃーーっ!!」
突然、横からソバカス顔の少年が彼女のタルトを奪い取ってあっという間に食べてしまった。
一瞬の出来事に彼女は目を見開き、少年の顔を見つめ、涙目になった。
最初は得意げだった少年も、彼女が泣きそうになっているのを見て青い顔で慌て出す。
少女は余程楽しみだったのか、次第に嗚咽が込み上げてマジ泣きする五秒前だ。
「あ!あの!!私の、一つあげるよ!!」
私は思わず声を掛けていた。
「えっ……でも……ひっく……いいの?」
「うん!いいよー、良く考えたら、二つは多いかなーって」
私はにっこり笑って、彼女の皿にタルトを置いた。
「それに、こんな素敵なお菓子だもの。みんなで楽しく食べた方が美味しいよね!」
私がそう言うと、二人の顔は真っ赤になった。
「ありがとう……」
「ごめん、俺のせいで……あー、アリー、悪かったな……まさか泣くほどショックを受けるなんて思わなかったんだ……」
「もうバーンってば!こんな時にまで食い意地が張ってるんだからー!」
どうやら二人は顔見知りだったようだ。
少女はこちらに顔を向ける。
「本当にごめんなさい。私はアリーナ。あなたは……?」
「あ、私は……」
メガネの少女アリーナに自分の名を言おうとした、その時――
「おいっ!!お前――っ!!」
突然の大きな怒鳴り声の呼びかけに、びっくりして、その場にいた全員が声の方に向いた。
そこには何故か、王太子リオンが真っ赤な顔でこっちを指差している。
「お、お前だ!お前!!、そこの緑髪!!ちょっとこっちに来い!!」
「そんな言い方じゃダメですよ……殿下……」
王太子の背後に立っていた側近候補のハリーらしき褐色の少年は頭痛を堪えるように頭を抑え呟く。
私は束の間フリーズする。
どうやって、この場を切り抜けようかと、冷静に考えようとした……が……アリスの腹の底から何かが込み上げてくるのを私は感じる。
「ふ……ふぇ……」
アリス・イシュタールは箱入り娘だ。
生まれてこの方、領地どころか自分の屋敷の外すら滅多に出歩かない幼女だ。
周囲の人間に大事に愛され、この世の悪意や世間の荒波とは無縁の十歳の小さな女の子だ。
今まで、誰かに頭ごなしに怒鳴られた経験なんて、
当然――ない。
「ふぇっ……ふぇぇぇぇぇーーん!!!」
「おい!こら!!待て!!!何故逃げる!!!おい――っ!!!」
「だから、怒鳴っちゃダメですって!って、殿下ーー!!」
アリスの身体は完全にパニック状態で制御不能になり、涙をボロボロ流して、その場から走って逃げ出してしまった。
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