第七章〈オルレアン包囲戦〉編
26話 最初の復讐(1)
ジャンヌたちがいる場所は見晴らしが良く、戦場全体を眺めることも、戦いの細部を見ることもできた。
フランス軍がオルレアンを出て行き、閉ざされた門に見張りを立たせ、リッシュモン大元帥と合流し、サン=ルー要塞を包囲して勇敢に襲撃するまで、ジャンヌはすべてを見ていた。
1428年10月12日にオルレアン包囲戦が始まってから約半年、もっとも激しい交戦だった。
戦っている当事者が気づかないことがあった。
それは、フランス軍の兵士を押しつぶす巨大な石がどこから飛んで来るのか、石を投げているのは何者か、ということである。
同じことをするには、超人的な力が必要だろう。
フランス軍の兵士たちは、どこから飛んでくるかわからない投石に翻弄されていた。恐怖が増すにつれて、得体の知れない幻覚を見ているような気がした。
恐怖心は、敵を現実以上に大きく見せる。兵士たちは、自分は幻覚に弄ばれている「おもちゃ」だと感じ、しだいに萎縮していった。
しかし、ジャンヌはこの「無敵の守護者」の正体を見破った。
この戦場で、ほとんど一人で要塞を守っているトリスタンの姿を認識した。
「ああ、彼だ……」
オリヴィエはこの「手強い敵」を見て、自分の従者だと認識した。
エティエンヌもまた、この「恐ろしい包囲者」を見て、タルボットの仲間だと認識した。
「ジャンヌ。今すぐにここを出てあの要塞へ進軍しよう!」
三人の見物人は、この男に対して同じ感情を抱いていた。
オリヴィエはトリスタンの裏切りを目の当たりにして青ざめ、怒りで歯ぎしりした。
「あそこにいるのは、同じ屋根の下で眠り、僕の友人で従者だった男だ。ユダがキリストを売ったように自分の国を売った裏切り者を、僕の手で始末しなければならない!」
エティエンヌは、いつものように飄々と「まあまあ。ここにいる善良な仲間たちと少しは交流しようよ」とオリヴィエをなだめた。
「あいつ、巨人にでもなった気なのかな。石で弄んでやがる。あのイングランドの大悪魔を殺してやりたい。……ふふ、非力なぼくがそんなことを考えているのは、なぜだろうね」
ジャンヌはとても優しいまなざしでエティエンヌを見つめていた。
その理由は、未来を予感しているジャンヌしか知らない。
「もう十分血が流れている」
ジャンヌは言った。
「エティエンヌは馬に鞍を、オリヴィエ様は旗を取ってきて。あと10分もすれば、あたしの助けが必要とされる。フランス軍は退却しながらあたしの名を呼ぶ!」
ジャンヌはエティエンヌとオリヴィエに戦いのしたくを命じ、そして予告した。
「見てて。あたしが間違っているかどうか証明してみせるから」
ジャンヌは真実を語っていた。
イングランドは全軍を一点に集中し、陣地に守られながら、サン=ルー要塞を包囲し攻撃していたフランス軍をほとんど撃退した。
「ここにジャンヌがいたら……!」
どこからともなく、ジャンヌを切望する声が聞こえた。
こうなっては、待望の指導者——ジャンヌの声がなければ逃亡兵を呼び戻すことはできないだろう。
*
一人になったジャンヌは膝をついて神に祈り、まだ眠っているオメットにキスをすると部屋を出て中庭に降りていった。
エティエンヌが馬を、オリヴィエが旗を用意して待っていた。
武器の重さをものともせず、ジャンヌは熟練の騎士のごとく馬に飛び乗ると、二人に向かって叫んだ。
「あたしについてきて!」
ジャンヌはオルレアンの街を疾走し、開くことを禁じられた城門の前にたどり着いた。
「神の名において、この城門を開けてください」
「だめです」
ジャンヌは開門を叫んだが、衛兵は通してくれなかった。
「災いなるかな。あなたたちが城門を開かないならば……」
神がかりのジャンヌは警告した。
「その扉はみずから開き、キリストの墓が開いたときにそれを守っていた者たちを打ち倒したように、あなたたちを打ち倒すだろう」
城門で押し問答している間にも、逃亡兵たちがジャンヌを呼ぶ声が聞こえてくる。
「あの声が聞こえないの? あたしの名が呼ばれている。城門を開けなさい!」
「だめだ、だめだ!」
衛兵たちは繰り返した。
「これはデュノワ伯の命令である!」
「ああ、そう。それなら、勝手に通らせてもらうから!」
ジャンヌはそう叫ぶと、衛兵たちの間をすり抜けて、馬上から「あたしを阻む者は誰であろうと死ね!」と罵声を浴びせた。
そして、小さな斧を手にすると、船が大海原をくり抜くように、金属の塊みたいな城門を叩いた。すると、まるで最後の審判の日に天使が分厚い墓を開けるように、軽くノックしただけで分厚い城門はみずから口を開いた。
一部始終を見ていた衛兵は、この光景に畏怖を感じてがくりと膝をついた。
「こ、これが奇跡か!」
我に返ると、衛兵は立ち上がって武器を手に取り、ジャンヌの後を追った。
「奇跡だ、奇跡だ! 今こそ突撃だーー!!」
フランス軍の逃亡兵は、ジャンヌの姿を見て勇気を取り戻し、流れが変わった急流が上昇するかのように引き返してきた。勝利を確信して追撃してきたイングランド軍に向かって反転し、これまで以上に激しい戦いに戻ってきた。
最前線では、デュノワ伯、ラ・イル、ザントライユ、ガマシュ卿、グラヴィル卿、ブサック元帥などの名将たちが、血と土埃にまみれながらも疲れを感じさせない戦いぶりで、退却を考えるどころか、殺されることを覚悟して戦っていた。
「あたし抜きで戦おうとする邪悪な仲間たちめ!」
そこにやってきたジャンヌが叫んだ。
「神はあなたたちがいなくても勝利する!!」
そう言いながら、眼前に広がるイングランド軍の隊列の真ん中に向かって旗を掲げて突進した。
このとき、突風に吹かれた麦穂のように旗がうねり、大きくはためいた。
勇気を取り戻した兵士たちは、ジャンヌの旗を目指して「収穫期の刈り取り人」のように集まり、急いで麦穂を収穫するように、敵兵の耳をすべて刈り取ってしまったのだ。
【追記】
本作を電子書籍/ペーパーバック化するにあたり、規約の都合上、非公開にしました。見本代わりに、本編冒頭〜主人公が登場するまで、各章1話目と登場人物紹介を残しています。
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