3話 カルナック城(1)
松明の赤々とした光が、雪上で動く影と巨石の動かない影を照らしている。
カルナック城の使用人たちが掲げる松明の明かりで、戦場全体を見渡すことができた。
馬と狼と人間に踏み荒らされ、土と雪と血が混じってぬかるみと化した地面に、内臓を抜かれた狼が八〜十匹ほど横たわっている。二、三匹はまだ唸りを上げていて、夜慣れした目に松明の光は痛いのか、頭を上げて逃れようとしている。
戦場の真ん中で、ブリタニーは剣を手にしたまま突っ立っていた。
凶暴な敵から本当に救い出されるかどうか、まだ確信が持てなかったのだ。
フードもマントも脱げ落ち、頬から血を流し、タバードの裂け目からいくつも生傷が見えた。
右側では、白馬に乗った青年が、鉄の弓を手にして微笑みながらこの光景を見ていた。このような戦いに慣れているのか、余裕があった。
左側では、赤髪の若きヘラクレスが、巨石のひとつに寄りかかって黒犬の頭を無造作に撫でている。もう一匹はこの愛撫をうらやましがって、膝に体を擦り付けて主人の気を引こうとしていた。
ブリタニーは、この二人のうち「白馬に乗った青年」の方が重要人物であると見抜き、彼の方へ進み出た。
「閣下の名を教えてください。命の恩人を決して忘れないために」
青年は優雅に一礼して「私の名はオリヴィエ・ド・カルナックです」と名乗った。
「礼には及びません。見たところ、あなたはリッシュモン大元帥の旗下に属する騎士のようだ。あなたを助ける縁を得られたことに感謝します」
オリヴィエの言葉遣いはとても柔らかく、今しがた、目に焼きついたばかりの騎士の勇気と技能に似合わない声質だったため、ブリタニーは「話している相手は本当に女ではなく男なのか」とまじまじと彼を見つめてしまった。
オリヴィエの中性的な顔つきを見て、優しい声を聞くと、心の中で「この優男が、キメラに乗ったペルセウスのように馬上から弓で狼を退治したのか!」とさらに感嘆し、やっと納得した。
「もしオリヴィエ様がカルナック伯爵閣下ご本人ならば、私はあなたの城へ行くところでした。主人からカルナック伯爵宛ての手紙を預かっています。申し遅れましたが、私の名前はブリタニー、リッシュモン大元帥に仕える名誉を授かっています。カルナック伯がいなければ、私はこの務めを果たせないまま死んでしまうところでした。何度お礼を言っても言い足りません……!」
「もうこの話はやめましょう。私はあなたに恩を売るために助けたのではないのですから。ところで、あなたはリッシュモン大元帥の手紙をお持ちになったのですか……」
ブリタニーは手紙を探そうとしたが、若い伯爵は身振りでそれを止めた。
「手紙はまた後ほど。城に戻って食事を済ませてからいただきましょう」
オリヴィエは地面に転がっている狼の死体を指差しながら、「危険な肉体労働をしたばかりですからね」と言って傷の手当てと休憩を提案し、さらに「美味しい晩餐をご馳走しますよ」と笑顔で付け加えた。
ブリタニーは青年に一礼すると、もう一人の恩人に近づいた。
「次はあなたへ。助けてくれたことに感謝し、あなたの素晴らしい力を称えさせてください。あなたが狼を絞め殺すのを見たとき、まるでヘラクレスがネメアの獅子を押しつぶしたみたいだと感動しました!」
「それはどうも。しかし、あなたがおっしゃるとおり、お世辞として受け止めますよ」
オリヴィエとは対照的に、従者らしきこの男はぶっきらぼうだった。
「俺はヘラクレスには遠く及ばないし、この狼もネメアの獅子とは比べ物にならない。あなたが感謝すべき相手は、俺よりも俺の犬たちでしょうよ。何もしないキリスト教徒は称賛に値しませんから」
「そんなことを言わず、どうかあなたの名前を教えてください。私は称賛と同じく誠実な心で、感謝の気持ちを表したいのです。これ以上望むことはありません」
「俺に名前はありません。ただのトリスタン・ル・ルー(赤髪のトリスタン)です。貴族でもなければ伯爵でも男爵でもない。だから、あなたが俺を忘れても構わないし、そのことで恨んだりしませんよ」
自分の名前と皮肉めいた謙遜を言いながら、青年は苦い視線をオリヴィエに投げかけていた。
ブリタニーは、感謝の言葉をそっけなく受け止めた若者を観察した。
その顔には屈折した性格が刻印されていた。
「ああ、トリスタン、ああ、狼の退治屋よ!」
もし彼が、今話したいくつかの言葉から推測できるような人物だとしたら、トリスタンが不機嫌な理由はおそらく——。
「伯爵や男爵でなければ、トリスタンは王だ。平原の王、ヒースの王、岩山の王、鷲のごとき王、獅子のごとき王。獅子が伯爵なら、鷲は男爵でしょうか。さあ、ともにカルナック城へ行って敬意を表しましょう」
ブリタニーが大袈裟にトリスタンを称えている間に、使用人たちは一足先にカルナック城へ戻った。
ブリタニーは城へ行く前に、松明を一本受け取るとブルゴの元へ向かった。
身体中を引き裂かれて血まみれになった哀れな軍馬は、主人に最後の別れを告げるために頭を上げ、文句のような「いななき」を上げて絶命した。
「ごめんよ、ブルゴ。かわいそうなことをしたね」
ブリタニーは感傷的な気持ちで「今朝、この晩にお別れするとは思いもしなかった」とつぶやきながら、馬をいたわるように撫でた。
オリヴィエとトリスタンは、ブリタニーの愛馬への哀悼を察して待っていた。
オリヴィエは地面に落ちている矢を拾い、曲がりをしごいてからベルトに差し、トリスタンは少し離れた所で犬の相手をしている。二匹の犬は首根っこを掴まれて宙へ放り投げる遊びを楽しみ、主人のもとに戻って撫でてもらった。
ブリタニーはブルゴの死を見届けると涙を拭いて、オリヴィエとトリスタンのもとへ戻ってきた。
【追記】
本作を電子書籍/ペーパーバック化するにあたり、規約の都合上、非公開にしました。見本代わりに、本編冒頭〜主人公が登場するまで(このページ)、各章1話目と登場人物紹介を残しています。
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