第三章 ユア・ピューピィという少年と青空

第一話 尋問と自白と

「テメェら、このボマー・ゼーさまにここまで無礼を働いておいて、ただですむと思ってんのか……!」

「まあまあ、怨嗟えんさの言葉は数あるだろうが、ここはひとつ、話し合いをしようじゃあないか」


 メテオール公爵家において最も厳重なセキュリティが施された独房の中で。

 イミュータブル鉱石製の拘束具によって、手足の自由を封じられた小太りな男――ボマー・ゼーが、唾を飛ばしてわめき立ててくる。

 飛んでくる唾を避けようともせず、俺たちの雇い主であるジルヴァ・ヴァン・メテオールは、機嫌の良さそうな笑みを男へと向けた。


「自慢の唾も爆破できなければただ臭うだけ……無力を痛感したかね?」

「ぐ、この」

「単刀直入に聞きたいのだが。これまでボマーくんは単独行動を貫いてきたね? そのくせ、わたしの情報網から逃げおおせた。これは偉業だが……その仕掛けを、教えてはくれないかな?」

「なんでおれさまが、テメェみてぇなガキに答えなきゃならねぇんだ、ああ?」

「わたしは立派な成人淑女なのだがね……そうかい。穏便に済ませたかったが、致し方ない――エウセスカくん」


 笑みのしつを冷たいものに変えながら、ジルが指を弾く。

 すると背後に控えていた吸血鬼、クリュゥード・メ・エウセスカが、ペンチを取りだして小男の横へと立った。


「おい、なにするつもりだ、テメェ、おい!?」


 エウセスカは無言でボマーの親指、その爪をペンチで挟む。

 それから、酷く低い声で、


「何枚までこの男が耐えられるか、賭けをするというのはどうだ、ジルヴァ?」


 と、雇い主にうかがいを立てた。


「いいとも。わたしは七枚まで耐えるにアフタヌーンティーを賭けよう」

「む、ならば私は三枚で音を上げるとしておくか」

「きみが勝ったら朝食用の血液を増やしてあげようか」

「悪くない対価だ」

「て、テメェら! そんなあからさまに拷問の相談をしても、無駄だ! ネタは挙がってんだぞ!?」


 うわずった声で、ボマーが叫ぶ。

 集中する視線の中で、禿げ上がった頭の小男は、卑屈な笑みを浮かべて見せた。


「テメェが拷問吏ごうもんりの役目でおれさまを脅かす。それで不安にさせたところをそっちの眼鏡ガキが取りなして、情報をすっぱ抜く! そういう算段だろうがよぉ!」

「なに? わたしが取りなし役だって?」


 驚いたように目を大きくみはったジルは、エウセスカのほうを見遣り。

 二人同時に、凶悪な笑みを浮かべた。


「残念だったな。私は貴様の爪を剥ぐ怖い拷問吏」

「そしてわたしは、口を割らなかった場合にさらなる拷問を追加する悪い権力者だ」

「な、なああああ……!」


 絶望に顔を青ざめさせ――それはそうだ、いまのボマーはトランスすら使えない――悲鳴をあげそうになる小男。

 俺はやれやれとため息を吐き、


「そのへんにしておけって」


 制止の声をかけた。


「ふたりとも、彼だって生きているんだ。あんまり悲しいことをするべきじゃない」

「しかしレイジ。わたしにもプランというものが」

「いいからジル、席を替われよ」


 不承不承といった様子で椅子から腰を上げたジルと入れ替わりで、俺はボマーと面談する。

 こちらの顔を見るなり、青ざめていた小男の顔に朱が射した。


「天使サマ……」

「掃除屋だっての。それはともかく、ボマー・ゼー。これまでジルの追跡を振り切ってきたあんたの実力は本物だ。ウェイルロー記念病院を見事に吹き飛ばしたの、アレはあんたの仕事かい?」

「あ、ああ! そうだぜ、難しい仕事だった……! なにせ、犠牲者をできるだけ出さずに、405号室だけを爆破しろなんて、四騎士もいらねぇ注文をつけやがって。あ、といってもおれまさまは実際に四騎士と顔を合わせたことはなくてよ、連絡係がいたんだが――」


 元々お喋りなのか、ペラペラと回り始めたボマーの言葉に相槌あいづちを打ちつつ、俺はジルへと目配せをする。

 彼女は気づかれないぐらい小さく首肯を返してきた。

 記念病院の405号室は、間違いなくユアがいた病室だ。


「これまであんたはこの国の各地で爆破を行ってきた。ときにはまったく同じ時間、別の場所で姿を見られたこともある。ひょっとして、爆発物を作る応用で、自分の分身を生み出すことも可能なんじゃないか? だとしたら、それは滅茶苦茶凄いことだ」

「できねぇとは言わないぜ。ただ、それには自分の身体と同じだけの体液が必要で面倒なんだ。だから、いつもはもっと便利なトランスをもった野郎を――はっ!?」


 言いかけて、彼は口をつぐんだ。

 だが、時既に遅し。

 こちらが欲しい情報は、出そろっていた。


「ありがとう。余生を大事に過ごしてくれ」

「――――」


 俺は立ち上がり、パチリとウインクを決める。

 刹那、魂が抜けたように陶然となるボマー。

 背後で、クラリと倒れそうになったジルを、相棒が抱きかかえていた。


「一言、先に言い給え! きみのそれは、過労のわたしにはこたえる……!」

「不意打ちじゃないと、意味がないだろ?」


 俺の顔が武器になると言ったのは、ジル達のほうじゃないか。


「それよりも、だ」

「ああ……外で話そう」


 三人揃って独房から出て。

 周囲に聞き耳を立てているものがいないことを確かめてから、ようやくジルは重たい口を開いた。


「ピューピィくんが、ウェイルロー記念病院に来る以前、どこで治療を受けていたか、判明したよ」


 治療というと、彼は病気だったのか?


「そこまでは解らない。しかし、あちこちから彼の現状についてわたしから説明するよう圧力がかけられているのは事実だ」


 圧力?

 誰が?


「中央病院のお歴々や、市民議会の長老達。それから製薬会社大手のイスタビリー、ミルカナ、エドネ……」

「どれもニュートラルの権力者たちか」


 相棒が珍しく苦み走った表情を浮かべる。

 彼らは市民の代表であり、同時にエウセスカの属するクリュゥード族へいまだ根深い弾圧を行っている一派でもあった。


「具体的な質問の内容は?」

「ピューピィくんの健康状態、それから記憶喪失の真偽、はては未知のウイルスを抱え込んでいる危険性について」


 滅茶苦茶だな。


「ああ、とはいえ彼のトランスの性質上、完全に否定することも出来ない。いまはわたしの権限でうやむやにしているが、そのうち正しく語らねばならないだろうね」

「……苦労をかけるな」

「わたしは、わたしの責務を全うしているだけだとも」


 なんてことはないと笑みを深くするジルは。

 その背丈が変わらなくとも、立派な淑女レディーであることを、俺に突きつけてきた。

 いつまでも、子ども扱いするのは、きっと正しくないのだろうと、俺はひとり頷く。


「話を戻すが、ユアが元いた場所ってのは?」

「所在地を知れば、君たちのことだ。ある程度の厄ネタだとは一発で想像が付くだろう。わたしも指先たちが情報を入手したときは面食らった」


 ジルは。

 俺の雇い主は、決してもったいつけることなく。

 記憶喪失の少年が、災禍に巻き込まれる前暮らしていた場所の名前を、口にした。


「ジブリスタス孤児療養所。〝穴〟と転換炉塔のほど近くに位置する、すでに廃棄されたトランス研究施設なのだよ」

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