第五話 フィッシュアンドチップスの情報屋
「あれまー、レイジの旦那じゃねーですかい!」
威勢のいい声に視線を向ければ、
ロストル・レックス。
年齢不詳で素性も不明、俺とは長いこと付き合いがある男だった。
「ユノ、腹減ってないか?」
「おなか? ……うん、ぼく、すこしペコペコかも」
だったら、ちょうどいい。
俺は、蜥蜴頭の店へと足を向ける。
「やあ、ロストル。今日も元気に商売やってるかい?」
「おかげさまで、ぼちぼちですねぇ」
愛想のいい返事をしながら、彼は作業の手をやめない。
高温の油の中で、きつね色の衣がパチパチと泡を上げていた。
「レイジ、これって?」
「フィッシュアンドチップスさ」
「フィッシュ……? お魚?」
困惑したような少年の眼差しに、こちらこそが当惑する。
なにがそこまで不思議なのだろうかと思っていると、エウセスカが耳元に黒い唇を寄せてきた。
「この街から出ないものは、〝海〟を知らない。レイジ、貴様は経験が多すぎて持たざるものの心がときどき解らないな」
なるほど。
さすがは相棒。俺のようななまくらじゃない。
発想が柔軟だ。
顎に手を当てながら首をひねり――なぜか周囲では女性が倒れ、エウセスカに支えられていた――頭の中で地図を広げながら、南西の方角を指差す。
「ここから二十キロほど南西の方角へ進むと、巨大な水たまりがある。この街と同じくらいにでかく、果てがないように見える水の塊。俺たちはこれを〝海〟と呼んでいる。あるいは、天使の
「天使の泪? レイジ、どこか痛いの?」
違う。
何故俺と天使がイコールで結ばれているのか、これがわからない。
「気遣いドーモ。でも、俺は泣いたりしないよ。えっと……海には魚が泳いでいるんだ。それも、たくさんの種類がね」
「うそ」
「嘘のような本当の事実さ」
断絶されているこの国でも、海はある。
そこは、外界と繋がってこそいないが、豊かな生態系を持っている。
これは嘘じゃない。
……ただ、真実を口にしていないだけだ。
「ともかく、そこで
「おや、そちらのお子さんは旦那らのお連れでしたかい。だったらサービスで、銅貨十二枚にまけておきますよ?」
「定価じゃねーか」
「まさか。恩義のある旦那ら以外なら、ソース代を割り増しで引ったくってます」
商売人の鑑のような文句だった。
などと話している間に、新聞紙に包まれたフィッシュアンドチップスが二人前、こちらへと差し出される。
「ぼくの?」
「ああ、貴様の分だ」
代金を払いながら、エウセスカが包みを少年へと差し出す。
代わりに自分はポケットから血液パックを取りだしてみせた。
ユアが俺を見上げてくるので、「エウセスカはグルメなんだ」と言葉を濁しておく。
店主のロストルもその辺りの繊細な事情は知っているので、ペロペロと舌を出して、素知らぬふりを通してくれた。
ありがたいね。
有り難いついでに、裏の仕事をしてもらおう。
「それで、ロストル。なにか〝新しいメニュー〟が入ってたりするか?」
「なんのことでございやしょう」
「おまえ、本当商売上手だよな」
金貨を数枚、少年からは見えない角度で店主に握らせると、彼は頷いてみせる。
「こいつは風の噂ですが、顔の多い四騎士の使徒が、大きく動いてるって話でしてね」
俺はさらに一枚金貨を彼へと投げ渡した。
飛んできた貨幣をつまみ取ると、ロストルは口元を器用に歪める。
「ボマー・ゼーを捕まえなさったでしょう?」
「耳が早すぎるだろ……その
「いいえ。なんでも、転換炉塔に接触しようとしている、とかでして」
「……この国の中心に触れようとしている?」
「あたしにはわかりやせんが、すでに四騎士そのものが――っと、いま話せるのはここまででさ。さあ、次の魚を揚げちまいますかねぇ!」
などと、調理に戻ってしまう。
情報屋として優秀極まりないこの男だが、秘密主義で
どうしたものかとため息を吐いていると、フィッシュアンドチップスの包みを持ったままの少年が、こちらをぽーと見上げていた。
「あー……それ、熱いうちに食ったほうがいいぞ。揚げたてが一番美味いんだ」
「……うん」
背伸びなのか何なのか、好奇心を剥き出して、俺とロストルを見比べる少年。
それでもジッと見詰めてやると、納得してくれたのか、諦めたのか。ともかく唇を尖らせて頷き、フィッシュアンドチップスへと向き合った。
ためつすがめつ揚げ魚を手の中で転がし、湯気を立てる小麦色の衣に白い歯を立てようとした。
そのときだった。
――殺気。
エウセスカが俺たちの前に立ちはだかり。
ほぼ同時に、俺はユアを抱きかかえて飛び
前方から押し寄せる無数の
建ち並ぶ数十の屋台が、人々が、前方から順番にバラバラに砕けていく。
それはあたかも、無数の刃が等間隔で走り抜けたようで――
「……やれやれ、
立ちこめる
いつの間にかそこに、
着ている服は燕尾服で、あまりの筋肉量にいまにも弾け飛びそうなほど四肢が隆起しているのだ。
顔立ちは印象に残りにくいものの、まるで人工物のように整っているのが見て取れた。
「ボクの名前は〝ノーフェイス〟。四騎士がひとり〝白の城たる
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