第二話 爆破事件から、一夜明けて
「かたや
執務室に入るなり、理不尽な皮肉が飛んできた。
百四十ほどの
俺は隣のエウセスカと顔を見合わせ、
「服装はともかく、髪の色は変えられな――」
「笑いかけるのを即刻やめたまえ! ああ、
手を掲げてまでこちらの言葉を
サングラスがずり落ちかけ、その勢いで彼女は執務机へと突っ伏す。
これだけ疲弊しても、ジルの口元には、笑みが張り付いていた。
彼女の武器が、そのそれであるがゆえに。
「レイジ、貴様のせいだ。ジルヴァに謝れ。雇い主の
ノーモーションで飛んでくる黒杭――エウセスカのもつ最大威力の武器だ――を反射のみで
やめろ相棒。
俺にだけ責任を押しつけるな。
「事実だろう。貴様は自分の容姿に
「一言多いんだよ! てか、おまえなんか魅了の魔眼持ってるだろ」
「そんな便利なものはない」
「いいから! まずはわたしの話を聞きたまえ!」
サングラスの位置を
それから大きくため息を吐き、背後の風景――窓の外をゆっくりと示して見せた。
メテオール公爵家は小高い丘の上にあり、ル・モン・ルルの町並みを一望できる。
広がっているのは、一面灰色の世界だった。
もうもうと
その間を縫うようにして地面を這う、無数のパイプ。
けれど、印象的なのは、もっと別のもの。
街――ひいては国の中心に位置する、巨大な〝穴〟。
直径は三キロにもおよび、覗き込んでなお、底を見通すことの適わない〝
そんな奈落の中心から、天を衝くように伸びる十字形の塔があった。
この街に存在するパイプ全ての源流たる塔。
あらゆる資源を循環、再構築し、閉じた国を支える技術の結晶だ。
百四十年前。
この国の全てが破壊し尽くされ、すべてが瓦礫と化したときでも、転換炉塔は無事だった。
だから、今日まで人々は頑張り、国を復興することが出来たのだ。
「というようなことを、ジルは俺たちに想起させたい?」
「……街を守ったという自覚を覚えてもらいたい。それだけのことだ。だから身だしなみにも気を遣い、不用意に人々の心を惑わすことがないようにして欲しいのだがね」
なるほど。
なにも解らないが頷いてみせると、彼女は苦笑し、ため息を吐いた。
「まったく
それはまったく、その通りだ。
実際に
どんなセキュリティーも突破できるし、重量による機動を制限されないからだ。
やつが爆破したル・モン・ルルの重要施設は二十を降らないし、巻き込まれた被害者の数は三百六十九人にもおよぶ。
本当に、昨日捕まえることが出来てよかった。
「私とレイジであればたやすい
「エウセスカ、わたしの牙よ。トランスであっても、誇り高きクリュゥード族の末裔に嘘は通じないだろう。だから、誓ってわたしが真実を口にしていると考えてもらいたいのだが」
そこで、ジルは少しばかり言いよどみ。
「……ボマーは、何カ所かへ同時に現れることが多かった。そしてすぐに姿を消してしまっていて、
奇妙な話をしてみせた。
同じ人物が、別の場所で同時に目撃されるなんて、そんなこと通常では有り得ない。
見間違いか、でなければ〝トランス〟によるものだ。
ボマー・ゼー。
やつのトランスは、体液を爆発物に変えること。
そして、二種類のトランスを
なにか、裏があるのか?
「そこは追い追い、これから調べるとも。問題は――」
「記念病院の爆破か?」
俺の問い掛けに、軍装の彼女は笑みを深くした。
この女は、苦しいときほどよく笑う。
「……傷ましい事件だった。などという
彼女はこれから、不在の父親に変わって、遺族たちに
ジルヴァ・ヴァン・メテオールは、決してそこを
口から出てくる言葉こそ
「生暖かい目をこちらに向けるのはやめたまえ、頬から火が出る。さて、話を戻すが……あれほどの大規模な爆発にもかかわらず、死傷者は十数人に留まった。しかもその多くは、病院自体の崩落によるもので、煙に巻かれたもの、爆発で直接死亡したものはいないのだよ」
「ジル」
「解っているとも。死者のリストはあとで回しておくから、話の腰を折らないでもらいたいな」
それは、すまない。
「……重要なのは、爆破が起きた当時、院内に患者や医師達がほとんどいなかったという事実だ。これまでのボマーであれば、周囲の被害など気にしなかった。積極的に被害者を巻き込んでいたはずだとも」
……とすれば、やはり妙な話だ。
隣であくびをしているエウセスカはまったく興味がないようだが、違和感というのは見過ごせない。
過去に、とてつもない失敗をやらかしている俺の経験談だからくるものだ。
この手の感覚を見過ごすと、あとで手痛いしっぺ返しをくらうし――街が涙を流すことになる。
「そうは言うがな、レイジ。ボマーはあの場にいた。犯人はやつで間違いあるまい。仮に間違いであれば、貴様が腹を切って
相棒の気のない声。
「そんなに俺を殺したいのか」
「貴様を殺すのは私だ。貴様を超えるのは、この世界で私だけだ。ゆえに、他の誰にも譲ってはやらん。
「そこまで恋い焦がれてもらえれば有り難い限りだけど……俺だって、まだ死ねない。反撃だってするさ」
「勝手にしろ。いつかその心臓へと杭を飾り、私は思うさま、貴様の血を飲みくだすだけだ」
いいながら、彼はポケットから取りだした血液パックを口に運び、ちゅるちゅると飲み始めた。
マイペースな男である。
「……
軽口の応酬をしていると、不意にジルがつぶやいた。
なに?
蟲?
「爆破跡地からは、
彼女は。
そこで一つ息を吐き。
サングラスの奥で、ウインクをして見せた。
「喜び給え、レイジ。〝彼〟が目覚めたぞ」
彼?
「ああ、昨晩きみが助けた、あの美少年がだ」
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