第二話 爆破事件から、一夜明けて

「かたや翡翠色ひすいいろのコートに美空色みそらいろのつんつん髪。かたやタキシードに黒マント、夜色の長髪。これを目立たないと言い張る根拠はなんだね? 少しは見かけを変える努力というものを、君たちはするつもりがないのかね?」


 執務室に入るなり、理不尽な皮肉が飛んできた。

 百四十ほどの矮躯わいくを軍装で包んだ妙齢みょうれいの女性――この屋敷の主であるメテオール公爵がご令嬢――ジルヴァ・ヴァン・メテオールが、サングラス越しに、苛立ち混じりの笑みを向けてきたのだ。

 俺は隣のエウセスカと顔を見合わせ、溌剌はつらつとした笑顔で応じる。


「服装はともかく、髪の色は変えられな――」

「笑いかけるのを即刻やめたまえ! ああ、目眩めまいがする。君たちから同時に微笑まれては、空を飛ぶ鳥ですら落ちて命を失うだろう」


 手を掲げてまでこちらの言葉をさえぎったジル――俺たちの雇い主は、本当に目眩がしたようにこめかみを押さえてみせた。

 サングラスがずり落ちかけ、その勢いで彼女は執務机へと突っ伏す。

 これだけ疲弊しても、ジルの口元には、笑みが張り付いていた。

 彼女の武器が、そのそれであるがゆえに。


「レイジ、貴様のせいだ。ジルヴァに謝れ。雇い主の不興ふきょうは私の衣食住に影響する。具体的には、朝食である血液パックのグレードが下がる。ゆえに死ね」


 ノーモーションで飛んでくる黒杭――エウセスカのもつ最大威力の武器だ――を反射のみでかわす。

 やめろ相棒。

 俺にだけ責任を押しつけるな。


「事実だろう。貴様は自分の容姿に無頓着むとんちゃくすぎるのだ。レイジに対する人類の抱く第一印象を教えてやろう。おおむね〝天使〟だ。私すらも貴様には心酔の情を抱く。無論、性格面を除いてだが」

「一言多いんだよ! てか、おまえなんか魅了の魔眼持ってるだろ」

「そんな便利なものはない」


「いいから! まずはわたしの話を聞きたまえ!」


 サングラスの位置をただしたジルが、天を仰ぎながら一喝。

 それから大きくため息を吐き、背後の風景――窓の外をゆっくりと示して見せた。


 メテオール公爵家は小高い丘の上にあり、ル・モン・ルルの町並みを一望できる。

 広がっているのは、一面灰色の世界だった。


 もうもうと煤煙ばいえんを吹き出す無数の工場。

 ひしめくようにして建ち並ぶ四階建てほどの集合住宅。

 その間を縫うようにして地面を這う、無数のパイプ。

 けれど、印象的なのは、もっと別のもの。


 街――ひいては国の中心に位置する、巨大な〝穴〟。


 直径は三キロにもおよび、覗き込んでなお、底を見通すことの適わない〝大伽藍だいがらん〟。

 そんな奈落の中心から、天を衝くように伸びる十字形の塔があった。

 この街に存在するパイプ全ての源流たる塔。


 転換炉塔てんかんろとう


 あらゆる資源を循環、再構築し、閉じた国を支える技術の結晶だ。

 百四十年前。

 この国の全てが破壊し尽くされ、すべてが瓦礫と化したときでも、転換炉塔は無事だった。

 だから、今日まで人々は頑張り、国を復興することが出来たのだ。


「というようなことを、ジルは俺たちに想起させたい?」

「……街を守ったという自覚を覚えてもらいたい。それだけのことだ。だから身だしなみにも気を遣い、不用意に人々の心を惑わすことがないようにして欲しいのだがね」


 なるほど。

 なにも解らないが頷いてみせると、彼女は苦笑し、ため息を吐いた。


「まったく強情ごうじょうだ。とにもかくにも、昨晩はよくやってくれた。ボマー・ゼーの確保は、喫緊きっきんの課題だった。なにせ、捨て置けば転換炉塔を狙われる可能性もあったのだからね」


 それはまったく、その通りだ。


 実際に相対あいたいして解ったが、爆発物を携帯する必要がない工作員というのは、厄介極まる。

 どんなセキュリティーも突破できるし、重量による機動を制限されないからだ。

 やつが爆破したル・モン・ルルの重要施設は二十を降らないし、巻き込まれた被害者の数は三百六十九人にもおよぶ。

 本当に、昨日捕まえることが出来てよかった。


「私とレイジであればたやすい清掃しごとだ。なぜ、これまでやつを野放しにしてきた?」

「エウセスカ、わたしの牙よ。トランスであっても、誇り高きクリュゥード族の末裔に嘘は通じないだろう。だから、誓ってわたしが真実を口にしていると考えてもらいたいのだが」


 そこで、ジルは少しばかり言いよどみ。


「……ボマーは、何カ所かへ同時に現れることが多かった。そしてすぐに姿を消してしまっていて、わたしの指先諜報部でも捉えきれなかったのさ」


 奇妙な話をしてみせた。

 同じ人物が、別の場所で同時に目撃されるなんて、そんなこと通常では有り得ない。

 見間違いか、でなければ〝トランス〟によるものだ。


 ボマー・ゼー。

 やつのトランスは、体液を爆発物に変えること。

 そして、二種類のトランスをあわせ持つものはいない。


 じかに話した感じ、そこまで隠密おんみつとしての能力が高そうでもなかったが……しかし確度の低い情報を、ジルがあたら吹聴するとも思えない。

 なにか、裏があるのか?


「そこは追い追い、これから調べるとも。問題は――」

「記念病院の爆破か?」


 俺の問い掛けに、軍装の彼女は笑みを深くした。

 この女は、苦しいときほどよく笑う。


「……傷ましい事件だった。などという陳腐ちんぷな感傷を口にすることを、わたしは自身に許さない。未然に防げなかったこと、それは君主の娘たるわたしの罪だし、贖罪しょくざいはきっとする。だが、いまは事件そのものについて話をさせて欲しい」


 彼女はこれから、不在の父親に変わって、遺族たちに補償ほしょうをし、哀悼あいとうを示し、復興を手助けするという責務が待っている。

 ジルヴァ・ヴァン・メテオールは、決してそこをないがしろにはしない。

 口から出てくる言葉こそ奇天烈きてれつだが、彼女は心優しい公爵令嬢であるから。


「生暖かい目をこちらに向けるのはやめたまえ、頬から火が出る。さて、話を戻すが……あれほどの大規模な爆発にもかかわらず、死傷者は十数人に留まった。しかもその多くは、病院自体の崩落によるもので、煙に巻かれたもの、爆発で直接死亡したものはいないのだよ」

「ジル」

「解っているとも。死者のリストはあとで回しておくから、話の腰を折らないでもらいたいな」


 それは、すまない。


「……重要なのは、爆破が起きた当時、院内に患者や医師達がほとんどいなかったという事実だ。これまでのボマーであれば、周囲の被害など気にしなかった。積極的に被害者を巻き込んでいたはずだとも」


 ……とすれば、やはり妙な話だ。

 隣であくびをしているエウセスカはまったく興味がないようだが、違和感というのは見過ごせない。

 過去に、とてつもない失敗をやらかしている俺の経験談だからくるものだ。

 この手の感覚を見過ごすと、あとで手痛いしっぺ返しをくらうし――街が涙を流すことになる。


「そうは言うがな、レイジ。ボマーはあの場にいた。犯人はやつで間違いあるまい。仮に間違いであれば、貴様が腹を切ってびればすむ話だ」


 相棒の気のない声。


「そんなに俺を殺したいのか」

「貴様を殺すのは私だ。貴様を超えるのは、この世界で私だけだ。ゆえに、他の誰にも譲ってはやらん。介錯かいしゃくは任せろ」

「そこまで恋い焦がれてもらえれば有り難い限りだけど……俺だって、まだ死ねない。反撃だってするさ」

「勝手にしろ。いつかその心臓へと杭を飾り、私は思うさま、貴様の血を飲みくだすだけだ」


 いいながら、彼はポケットから取りだした血液パックを口に運び、ちゅるちゅると飲み始めた。

 マイペースな男である。


「……むしがやけに多い病院だったのだ」


 軽口の応酬をしていると、不意にジルがつぶやいた。

 なに?

 蟲?


「爆破跡地からは、畸形きけいの虫の死骸が大量に出てきたのだよ。しかも芋虫だ。なんらかの実験に用いられていたのか、衛生環境に問題があったのか。爆心地である405号室から放射線状に……まあ、これも継続して調査するしかあるまいね。それよりも、だ」


 彼女は。

 そこで一つ息を吐き。

 サングラスの奥で、ウインクをして見せた。


「喜び給え、レイジ。〝彼〟が目覚めたぞ」


 彼?


「ああ、昨晩きみが助けた、あの美少年がだ」

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