第12話 もう遅い

 案の定、ローズが王女さまから離れた時にリアムは近寄ってきた。


「ローズ……、あ、いや、すまないが、君の母親の名前を教えてもらえないか?」


 隣国の皇族が王女の侍従に話しかける。その光景は周囲に奇異の目を向けられてもおかしくないものだった。


「殿下、かつで断罪した婚約者に何の御用ですか? もう婚約者でない私の名前を気安く呼ぶのはよくありませんわ」


 ローズは全てを認め、そしてリアムに今までにないくらいに冷たい視線を向けた。


「私は、ただ一言君に謝りたくて――」


「本当に悪いと思っているなら、二度と私の前に現れないでくださいませ」


 ローズはすぐにリアムに背を向けて王女の元へ向かった。リアムはその手を無理に掴んだ。


「――待ってくれ」


「……」


 ローズに睨みつけられて、リアムは一瞬たじろいた。


「君らはさ、打算的な関係すらローズと築いてくれなかった。反省したって、もう遅いんだよ。何もかも」


「……ケルゥか。神官たちに聞いた、神をないがしろにした罰当たりな国だとののしられたよ」


「覚えていてくれてありがとう。それじゃ、手を離してくれるかな。痛いんだけど」


「――ロベリア帝国の方はずいぶんと執念深いのですわね」


 いつの間に近づいていたのか、ローズの後ろには王女が立っていた。そして強気な笑みでリアムに笑いかける。

 周囲の来賓たちは、僕らとリアムのやり取りに興味をもったのか静かに見守っていた。不自然に演奏される音楽が、より場を緊張させていた。


 ローズマリーの悲劇の話は神官たちを通じて、様々なところで吟遊詩人が語り、劇にされていた。

 美化され、とてもドラマチックな悲劇に仕上げられていた。


 生まれた時から愛されなかった少女には、たった一人そばに精霊がよりそっていた。邪神にそそのかされて、少女に冷たくなった婚約者たちは少女を失ってから彼女の大切さに気付き、今も可愛そうな少女は見つかっていない。


 そんなお話だ。


「王女殿下……」


 ローズが驚いたように王女を見つめる。


「あの現人神が後見人なのだから、色々と背後を調べたの。だからローズのこともあなたのそばにいる神の事も知っているわ。半信半疑だったけど、どうやら本当だったみたいね」


「知っていたのですか……?」


「誰だって古代に失われた魔法を教えてもらえば、おとぎ話だって信じるわ」


 王女とローズの会話に、周囲はざわついた。

 神が後見人についているメイド。悲劇の主人公。演奏さえもピタリと止んでいた。


「いくら皇族とはいえ、私のせっかくの誕生日パーティをぶち壊さないでくれますか? 私のメイドに用があるならば後日、正式な手続きを経てくださいませ」


 王女の言葉と周囲の視線に耐えられなくなったのか、リアムは最低限の礼をしてその場を立ち去ってしまった。


「ローズ行きましょう。パーティはこれからよ!」


 その子供らいい言葉に、周囲もまるでそれまでの茶番は無かったかのようにざわめきが戻った。


 何とか無事に終わったパーティの後、ローズの家族と王族が非公式に集まった。

 王女を含めて子供たちは心配そうにローズに抱き着いた。


「ローズマリーはどうしたい?」


 みんながローズの意見を尊重してくれようとした。その問いにローズは答えが決まっていたかのようにきっぱりと応えた。


「私はこの国に来れて、子供たちや旦那さまと出会えて、王族に仕えることに幸せを感じています。

 ――ですから、どうかこの国で暮らすことを許していただけないでしょうか」


 王妃がローズを見つめた。


「あなたの中にいる神はどのようなお考えなのかしら」


 僕はローズが幸せなら、それで良いよ。それが君のお母さんの願いだ。


 その言葉を伝えると、ローズは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「彼は、私が幸せならそれで良い、と」


 周囲はほっとしたように安堵の表情になった。彼らはローズの性格や仕事ぶりをきちんと評価して、きちんと応えてくれた。

 この人間たちのそばにいれば、きっとローズは幸せになれる。


 数か月してからロベリア帝国から、ローズマリーと皇族、ウィスタリア公爵家当主との面会が催された。

 こちらからは王女と子供たち、そしてローズのパートナーであり今は騎士団長を務めている男、そして僕の兄が神殿から駆け付けてくれた。


 王が直々に場所を用意してくれた。使われていない離宮で警備を強固に固めて面会の日がついに訪れた。 

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