エピローグ


「シュウジ! だからアンタはなんで接客しないのよ!」

 いつものように、加奈子ちゃんがシュウジを叱っている。

「掃除掃除って、ここは喫茶店なのよ、接客の方をやりなさいよ! 聞いてるの!」

「だからそれはオメーに任せて、俺はそれ以外の作業で補ってるだろ。役割分担ってやつだよ適材適所ってやつだ」

「そんなの勝手に決めないの! 私だって片付けたりなんだかんだやってるんだからね、あんたも接客の方をやりなさいよ!」

 加奈子ちゃんのシュウジへのお叱りとは別で、私は何気に……ずっと気になっていた事があった。今ならチャンスかも――

 そろそろと気付かれないようにシュウジの背後に回り、ポケットから出したクシでシュウジのぼさぼさの長い髪をさっさっさっと、手早く梳いていく。

 シュウジのぼさぼさの長い髪は、一見して無造作極まりないが、クシで梳いてみて分かった。シュウジの髪は適度に細くて、柔らかくて――

「わあ」

 驚いた。思わず感嘆の声が漏れる。

「ぷっ」

 加奈子ちゃんがシュウジを見て吹き出した。

 ようやくシュウジが気がついてこちらに振りむく。

「なにやってんだよ?」

 振り向いた首の動きで、シュウジの整った髪がさらりと流れる。

「な! なにそれ! シュウジ! ちょっと、これ、くくく……はははははは!」

 加奈子ちゃんがお腹を抱えて笑い出した。

「ああっ!」

 シュウジが自分の髪を見てようやく気がついた。

 あまりの変貌に、ついポツリと声を漏らしてしまう。

「シュウジ可愛い」

 そう、前々から気になっていたのだが、その通りだった。シュウジのぼさぼさの髪をきれいに整えた。たったそれだけでシュウジは美少女に……金髪の可愛い女の子に変身した。

 キツイ目端が気になるところだが、それでも十分以上なほどの美少女の姿のシュウジ。

「あはははははははははははっ! く、苦しい! あはははははは!」

 加奈子ちゃんが笑いすぎてお腹を抱えてうずくまる。

「あーもくそっ! なんてことしてくれたんだよ!」

「ああー……」

 シュウジがせっかく整えた髪を引っ掻き回してまたぼさぼさの髪に戻す。

 もう一度クシでシュウジの髪を整えようと手を伸ばすが、シュウジが逃げる。

「ちび助、一回ウェイトレスの服着てみれば?」

 ニヤニヤした顔で凉平さんの野次が飛んできた。

「うるせ黙れ!」

 可愛いくてきれいだったのに。もったいない……

 ご立腹になったシュウジがどすどすと足を踏んで店の裏へ帰って行く。

「あ! ちょっと待ちなさいよ! まだ話は終わってないわよ!」

 加奈子ちゃんがシュウジを追って裏へ行ってしまった。

 と、そんなときに出入り口のカウベルが来客を告げる。

「いらっしゃいませー」

 もう手馴れたしぐさと笑顔を使って、私はやってきたお客さんを出迎えた。


 2:

 今日は誠一郎さんとお買い物。

 お目当ては『自転車』だった。

 大型量販店の中にあるサイクルショップ。子供用から学生や主婦のおばさんが使うような自転車に、マウンテンバイクにクロスバイク型の自転車。それにヘルメット手袋水筒サングラス。

 自転車に関係するものがずらりと並んでいた。

 その中を誠一郎さんは、私と一緒に歩きながら周りを眺めつつ、ぽつぽつと呟いていた。

「やはり実用的なもの、本格的なものであるべきだが、逆に機能性が多いとメンテナンスや修理が面倒になる。さらにタイヤも特殊なものや大きさの違いで、パンクしてしまった時の修理に手間がかかる。場合によっては入手しづらい状況にもなる。機能も適度にあり、頑丈でメンテナンスのしやすい。そして長い耐久性も十分にあるモノを……」

 つらつらぶつぶつと誠一郎さんの呟きを見ながら、並んでいる自転車を一つ一つ見て行く。そして誠一郎さんのアドバイスに該当するような一台を見つけた。

「こういうのですかね?」

 それは赤く、シンプルかつ優美ささえも感じる一品だった。

「うむ、こう言うのが良いのだろうな。ほほう、このタイヤはパンクしない素材で出来ているのか。これは良い物だ、が……」

 しかし、その自転車の値札を見て、誠一郎さんが止まる。

 この自転車は、十万円を軽く超えていた。

「…………」

 あ、誠一郎さんが硬直したまま動かない。

「……高いです、ね」

「ああ、高いな」

「高級品ってヤツですね」

「ああ、そうだな」

 二人でこの自転車をじーっと見続ける。

 もう他の自転車には目が留まらないほどに。

 そして私は、くるりと誠一郎さんの方へ向いた。

 さらに両手を胸元で組んで、上目遣いで誠一郎さんに聞く。

「ダメですか?」

「……う」

「ダメなんですか?」

「…………」

 私を見て固まり続ける誠一郎さん、脂汗がつっと頬を伝っていた。

 そして、誠一郎さんは意を決したように。

「手持ちでは足りない。預金を下ろしてくるから少し待っていてくれ」

「やったー!」

 

 3:

「ほーい那菜ちゃん。今日はフルーツパフェですよー」

 凉平さんの間延びした声。私の前に綺麗に飾られた洋菓子が置かれた。

 お店の休憩の合間。

 スプーンでクリームをすくってぱくりと口に入れる。

 甘くて美味しい。

 凉平さんお菓子作りが本当に上手だ。

「ほい、加奈子ちゃんにも」

「ありがとうございます」

「そうそう、女の子はちょーっと丸っこい方が可愛いんだよなあ」

 ぴたり。

 私と加奈子ちゃんのスプーンが同時に止まった。

 そして、まるでタイミングでも見計らっていたかのように。

 スパーンッ!

 凉平さんの背後に現れた麻人さんが凉平さんを思いっきりはたき倒した。

「コレは気にしなくて良いから。休憩終わった後もお願いね」

「「はーい」」

 そして麻人さんはさりげなく私達の前にオレンジジュースを置いて、それから凉平さんの首根っこを掴んで厨房の中へ戻っていった。

 その様子を見守って、それから加奈子ちゃんと顔を合わせる。

 同時に笑ってしまった。


 4:

 夜。布団の中で、色々と考える。

 みんなの事、この今の暮らしの事。それ以前のあの事……シックスの事。

 もう彼はいない。テレパシーで呼びかけられる事も、呼びかける事もない。

 心の中で、『終わったんだ』という実感がわいてくる。

 これからどうしようか?

 ぼんやり考えて、まだまだ全然、まったく先が見えない。

 でも、決めたことが一つだけあった。

 私が自分で、多分……初めて決めた事。

 その日がもうすぐやってくる。

 これから何が起こるのだろうか?

 あるいは何がやってくるのか訪れて来るのか? 不安なのかな? それとも期待してる?

 心は決まったものの、定まっているものは少ない。

 でも、私はそうしたかった――

「おやすみなさい」 

 小さく呟いて、私は眠りに入った。


 5:

 朝になった。

 私の、私自身の出発の時だ。

 寝袋ランプ、地図コンパス、水筒などなど。

 それらをしっかり整理して詰め込んで、赤い新品の自転車の後部に乗せる。

 バランスも悪くない。

 このひなた時計で働いたお給料。旅費も。

 底を突いても……まあ何とかなるだろう。

 服もスポーツ系の服に、専用のヘルメットもしっくりくる。

 天気も良かった。

 これから私は旅をする。

 行き先なんて明確には決めていない。とりあえず綺麗な景色でもいくつか見に行こうと思う。とりあえず富士山とやらでも目指してみようか。

 そんな大雑把な旅だ。

 でも私の中には、期待とそうしたいという衝動でいっぱいだった。

 わくわくする。

 私の旅の出発に、ひなた時計の前で麻人さん凉平さん誠一郎さんにシュウジ。加奈子ちゃんも見送りに来てくれていた。

 私はこれから、自分の足で世界を観て回るんだ。

 そして私は宣言する。少しだけ敬礼みたいなポーズをして。


「それでは南波那菜。世界を観に行ってきます」


――――――――――――――――――――――――――――――――

この度はお付き合い下さりありがとうございました、実はこの後で最後の章があるのですが「戦うイケメン」コンテストの規定文字数、六万文字を超えてしまうのでここまでにします。読んでくれてありがとうございました。

応援よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Inherit Will ーBreak The World- 石黒陣也 @SakaneTaiga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ