第4話 Break The World! 1

 1:

 五十嵐防人。ソーサリーメテオの幹部、組織内最強の炎の能力者。

 コードネーム:フレイム=A(エース)=ブレイク。

 彼は資料を片手に淡々とした口調で語りだした。

「台駄須郎。生物兵器会社ラストクロスに所属していた男だ。現在は組織を脱退。逃亡しながら自身の研究を続けている。組織内でも手を焼くほど傲慢な気質で研究欲にとり付かれたような人間だったらしい、平たく言えばマッドサイエンティスト……おそらく人格的に組織という枠組みには収まらなかったのだろうな。脱退する直前に、組織の資金と多くの機材、資材を大量に持って姿を消した」

 大柄な体躯にスーツからでも見て分かるほどはちきれんばかりの筋肉に、鉄仮面のような無表情の男ブレイク。部隊名〈セイバー〉のリーダーはさらに続けた。

「本来ならば組織抜けをした尻拭いはラストクロスがするべきだろうが、今回はラストクロスよりもこちらが先に台駄須郎の所在を掴んだ。よってラストクロスを出し抜いて、台駄須郎を抹殺する」

 ブレイクの直属の部下である麻人は、袖口が広い代わりに腰周りが細くなっている黒いコートを着ていた。そして腕と足を組みながら黙して聞き入っている。凉平は全身が艶消し黒のレザースーツに、両腿に大型拳銃のホルスターを備えた格好。きっちりと構えた麻人とは対照的に、両手を頭の後ろで組んで、ついでに椅子を斜めに傾けながらぼうっとした表情で聞いていた。

 室内には部隊名〈アックス〉に所属する誠一郎とシュウジもいた。

 黒いコンバットスーツに、幾何学模様の入った仮面を付けた誠一郎は、黙々と多くの銃器の点検をしていた。そして先刻シックスに叩きのめされたシュウジは、誠一郎の治癒能力で体を治され、膝に手を置いてうずくまるような姿勢でうつむいている。彼は黒い胴衣のような服に、黒いマントで体を覆った姿をしていた。

「任務目標は台駄須郎の抹殺、および関連する施設機材、研究物資の破壊……今回は暗殺も含めた壊滅任務でもある。各自施設に侵入次第、目に留まるもの全てを破壊しろ」

 壊滅作戦。投入人数は麻人凉平誠一郎シュウジのたった四人。

 だが、問題はなかった。

 ソーサリーメテオより与えられたこの能力を持ってすれば、たった四人でもひと施設を瓦礫の原に変えることも可能だった……ソーサリーメテオから与えられた力は、地水火風雷治癒……それらを自在に操る能力は、あまりにも攻撃力が高すぎるからだ。

 ソーサリーメテオの能力者は、市街施設などでは普段は力の操作を限定されている。しかしこの能力をひとたび全力で開放すれば、たった一人で、銃器で武装した集団一個小隊~中隊、場合によっては一個大隊にも匹敵する。それほどまでに能力の攻撃力が高すぎるのだ。

 例を言えば、この部隊名〈セイバー〉のリーダー、フレイム=A=ブレイクは、たった一振りで周囲を焼け野原にするか、数百メートル単位のクレーターだって作り出すことが出来る。

 たった四人でも、ひと施設の壊滅作戦など造作もない。

「那菜も、殺すのか?」

 シュウジがうつむいたままの姿勢で、ポツリと呟いた。

「台駄須郎の側には、サイコキネシス……周囲に力場を発生させ自在に操る力を持ったナンバーシックスという手駒、そして同等の能力を備えていると思われるナンバーセブンという二人の敵が確認されている。その二人も発見し次第、速やかに抹殺しろ」

 硬く冷たい、ブレイクの言葉。

「…………」

 シュウジには言い返す言葉がなかった。

「進入経路の確保および現場指揮はセイバー1、麻人に任せる」

 麻人が短く答えた。

「わかった」

 正味なところ、作戦会議としても大雑把な内容だった。

 しかし、暗殺から大規模破壊まで可能にする能力を持ったソーサリーメテオの構成員にとっては、それだけの通達で十分でもあった。

 ソーサリーメテオの構成員を放つという事は、その攻撃力の高さゆえに敵陣にミサイルを撃ち放つのと同等であったからだ。だからこそ、裏社会でソーサリーメテオという組織は、その力で脅威と畏怖を轟かせていた。

 それからブレイクは、誠一郎に呼びかけた。

「アックス1、餞別だ。持っていけ」

 ブレイクは指先から小さな火の塊を出すと、それを誠一郎へ放り投げた。

 誠一郎はそれを素手で掴む。

「うむ、覚えた。使わせてもらう」

 そうして、ブレイクが宣言をした。

「では任務を開始する」


 台駄須郎の根城は山岳に囲まれた森の中にあった。

 森を挟むように、対面同士に〈セイバー〉と〈アックス〉が控えている。

 麻人が森の入り口で黒刀を地面に突き刺し、立膝に屈んで探索を行う。地の能力者、洸真麻人。地面に突き刺した黒刀を通じて森の中を調べる。

 探索で見つけた情報を通信機で、隣にいるセイバー2の凉平と、対面にいるアックス1誠一郎とアックス2のシュウジに伝えた。

「森の中はトラップが多く仕掛けてある。一定のルート……道筋に沿って移動しなければ地下に行くことが出来ない……地下への入り口はちょうどこの森の真ん中だ」

 アックス1の誠一郎から通信が返ってきた。

『道筋は誘導してくれるのか?』

 麻人は否定した。

「いや、わざわざ相手の用意した道筋を通る必要は無い……俺の力を使って地下へ直通できる穴を用意する。そちらの距離までなら支配できる範囲内だ……地下は三層に分かれている。ちょうど三階建ての中規模のビル程度の施設だ。一層目から進入し、最下層に到達次第この施設を破壊する」

『たった一人、もしくは少数のリザード程度で作れる施設の規模ではないな。おそらく施設内に兵が待ち構えているのだろう』

「それも殲滅だ。撃破しつつ下層へ進み、目標へ向かう」

『了解した』

 それで通信は途切れ、麻人が地面から黒刀を引き抜いてから、支配している地面へ命じた。

「開け」

 ごく微細な小刻みで地面が震え、ひと一人が十分に通れる穴が開く。

 さらに麻人は、〈アックス〉達のいる方向へ目を向け、彼らの足元にも一層目に通じる穴を開けた。

『こちらに穴が出来た。これを通ればいいのだな?』

「ああそうだ。それでは行くぞ」

『了解』

 

 2:

「う……」

 目が覚めて身じろぎする、だが手と足は空をさまようばかりだった。

 よく眠れたという感覚は無い。むしろ酷く頭が疲れている。

 ああそうだ……ぼんやりと思い出す。私はいつものカプセルの中にいるんだった。

 いつもの?

 いつも私はこの中に入っていたの?

 ああ、そうだった。私はいつもこの中でこうしていたんだ。

『やあ、起きたかい?』

 頭の中にシックスの優しい声が届く。

「うん」

 こくりと頷きたかったが、頭から肩にかけて取り付けられている機材のせいで首が動かなかった。

 この心地良かった浮遊感……淡く緑に発光する蛍光色の培養液の中にも十分に慣れた。液体、カプセル自体が発光しているためか、逆光で周りの景色が良く見えない。

「シックス、どこ?」

 周りを見渡すが、頭がぼんやりしている上に暗くてよく見えない。

 頭をめぐらしてさらに目を凝らすと、やや猫背になった台駄須郎がひっきりなしに操作盤を操っていた。

『ここだよ』

 わからない。どこにるの?

 それよりも私は聞きたいことがあった。

「シックス、教えて。私は一体誰なの?」

 その問いに、シックスはたった一言で返してきた。

『データバンクだよ』

 データバンク?

「どういうこと?」

『データは更新した。この研究所のあらゆる研究成果は全て君の中に入った。だからもう、思い出せるはずだよ……全てを』

「あ……」

 どくん、と胸が高鳴った。

『自分が何者で、何のために生まれてきたのかも、自分の作り方だって頭の中に入っているはずだよ』


 自分の作り方。


 頭の中が回転する。フラッシュバックのように、あるいは記憶のが濁流のように押し寄せるように……頭の中の情報がどんどん見えてくる。


 自分ノ作リカタ


 万能細胞――遺伝子操作――培養――形成調整――成長の促進――人の年齢にして三歳あたりから情報を入れ始める――更新――更新――急速成長するに合わせ、さらに更新――どんどん情報を詰め込んで行く。


 ジブンノツクリカタ


 そしてこれが――私。

 生物型人工情報蓄積装置――データボックス――私。

 人の形をした情報端末――ただの人形。

 私は記憶喪失じゃなかった……ただ私が勘違いしていただけだった。

 私には元から過去の記憶なんて無い。

 ――ずっとこのカプセルの中にいたのだから。


 カシャ カシャ

 室内がいきなり点灯した。

「……侵入者か」

 台駄須郎が操作盤から目を離さずにポツリと言った。

 シックスが台駄須郎に問う。

「時間は大丈夫ですか?」

「上の兵に任せておけば大丈夫じゃろう」

「相手はソーサリーメテオです」

「知らんのう」

 焦りも興味も示さない台駄須郎の声音。ただひたすらに操作盤に集中している。

 だがそれよりも、私はそんなやり取りなど気にすることが出来なかった。

 壁一面にカプセルが並んでいた。

 大小さまざま……成長途中でまだ幼い形をした私……胎児のようにまだ人の形も成ししていない――私。もう十分に育っている私。

 唯一違う点は、肩についているナンバーの数字が違うだけ。

 私、私、私――壁一面に私が並んでいた。

 対面を見る。

 同じように、シックスの形をした人工の人型生物が並んでいた。

 嘘だ……。だが嘘ではない、自分の頭が、自分の頭の中でもう分かってしまっている。

 理解してしまった。

「シックス! どこ!」

 辺りを見回す。どこにもいない。

『こっちだよ』

 後ろを振り向いた。

 振り向いて――体が硬直した。

 真後ろにいたのは、巨人だった。

 かろうじて人の形、手足肢体は保っているものの、人の形をして人と大きくかけ離れた姿の一つ目の巨人が、多くの機材とチューブで繋がれていた。

 生物兵器『サイクロプス』

 裏社会で超常現象を操る暗殺組織、ソーサリーメテオに対抗するため。ただそれだけのために、ラストクロスという組織で作られる予定だった生物兵器。しかしラストクロスでは、ただのいち組織に対抗するためだけに作られる点と、重要視される多重の研究量によって廃案となった。

 人としての力を明らかに超越した能力を持ったソーサリーメテオに対抗するため、サイコキネシスを操り、さらに脳を二つ内蔵することによってサイコキネシスを扱う脳と、それを複雑な演算でより高度な力場を形成するための脳を内蔵するという、デュアルブレインとして動く、人工生物……戦闘兵器。

 頓挫したその研究成果が今、目の前に鎮座している。

 そして彼はいた。

 彼を感じた。

 この巨人の中にシックスの『脳』が入っている。

『君ももうすぐこの中に入るんだ。僕達は一つになるんだよ』

 その事実に目を見開いたまま、息をすることさえ忘れてしまう程に、

 愕然とした。

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