第3話 Where I am 2
3:
私は囚われている。今回の事で実感した。
私は元々シックスと一緒に居たんだ。シックスと直に会って、懐かしさが、安心した心があった。私は記憶を失う前はシックスと一緒にいたんだ。
そして私はソーサリーメテオというこの暗殺組織にさらわれて、ここにいる。私はここに囚われているのだ。
ひなた時計に戻ってすぐに自室に戻り、それからずっと膝を抱えてうずくまって考え込んでいた。
あれから、シックスはどうしたのだろうか? 本当に大丈夫だったのだろうか? 今どうしているんだろう? ひょっとしたら、あのソーサリーメテオのみんなと戦っているのだろうか? または私を取り戻すために計画を立てているのかもしれない。
シックスがたった一人で、あんなに強いみんなと戦う。
……無理だ。
誠一郎さんのあの強さ、暗殺者としての冷徹さと実力……麻人さんも凉平さんも、シュウジもみんなおそらく強い。
シックス。
頭の中がシックスの事でいっぱいだった。
呼びかけてくれた声、夢の中で出会った彼の顔。昼間に再会したシックス。あの時シックスと再会した時のあの安らいだ心。そしてあんなに必死に私を取り戻すために、誠一郎さんに挑んで……負けてしまった彼。
シックス。
私はシックスの事を心配している。
貴方は今どうしているの? 大丈夫なの?
シックスの事が、頭から離れない。
ずっとぐるぐると回っている。考えがまとまらない。
何十分、何時間そうしていたのだろうか?
うずくまった体は硬くなっており、足膝腰が凝ってぎしぎしする。
少なくとも長時間、すっとこのままの姿勢で考え込んでいたらしい。
シックス……シックス。
彼の名前を呼ぶと、落ち着く。心がほんの少しだけ安らぐ。
シックス。
私は……貴方に会いたい。
すらりと部屋の引き戸が開いた。
入ってきたのはシュウジだ。
「メシ……できたから、食べろ」
黙ったままでいると、シュウジが中に入ってきて私の手を引っ張る。
「ほれ、食わねえと元気でないぞ」
強めに腕を引かれ、立ち上がる。
なすがままに、ひなた時計の店内へ連れられ、夕飯の置かれたカウンターのスツールに座った。
夕食の温かい匂い。だけど、食べる気がまったくしない。お腹は空いている、だけど食欲が湧いてこなかった。
カウンターの中には麻人さん、私と少しはなれたスツールの席に凉平さん、対面のボックス席にシュウジがいた。
誠一郎さんはいない。おそらく、昼間の出来事を防人さんと鈴音さんというリーダーへ報告に行っているのだろうか?
静かに時が流れる。張り詰めた空気でいっぱいだった。
私……
「わたし……」
もう、限界だ。
目が熱い、涙が出る。鼻が出てずるずるとすする。
ぽろぽろとこぼれる涙を止められない。
「どうしたの?」
麻人さんが優しい声で尋ねてくる。だけど――
「うわべだけで……うわべだけで優しくしないで下さい」
「おい」
背後からシュウジが箸を止めて呼んでくる。
「なに言ってんだよ?」
「だって……だってみんな、本当は私の、私達の敵なんでしょ?」
隣にいた凉平さんが、少しだけ気配の色を変えた。珍しく、黙ったまま真剣な顔をしている。
「私が居た場所から、私の本当の居場所から、私をさらって……何も覚えてない事をいい事に、うわべだけで優しく接して騙しているんですよね」
ぬぐってもぬぐっても、涙がこぼれる。止まらない、止められない。
「私は本当だったら、どこかで両親がいたり兄弟がいたり、みんなみたいに友達や仲間がいて、普通に暮らしてたかもしれなくて、シックスはたった一人で私を助け出そうとして……私が居るはずだった場所をみんなが奪って、私をここにいさせてるんですよね?」
しんと静まり返った店内。誰も答えない。
誰からも答えは返ってこなかった。
「なんで、何で何も教えてくれないんですか? 私をさらったのなら、知ってるはずなんでしょ? 私が誰で、どこにいたのかも……みんな嘘ついてる、隠してる……それで優しくされたって、信用なんて出来ない!」
スツールから降りる。そして店の出入り口へ――
「待て」
シュウジが腕を掴んで引き止めてきた。
「離して!」
「どこに行く気だよ!」
「シックスのところ!」
「ダメだ!」
「どうしてよ!」
「行ったらダメだ!」
「離して! シックスのところへ行くの!」
突然、頭の中から声が響いてきた。
『セブン!』
「シックス!」
周囲を見渡す、店の外も探す。だがシックスの姿はどこにも無い。
わたしの挙動を察してか、麻人さんと凉平さんが立ち上がった。
「どこにいるの! シックス!」
『君の悲しい気持ちが伝わってきたんだ。すぐに迎えに行く! 今すぐに君のところへ行くよ!』
「私も行く! シックス!」
出入り口に手をかけてドアを開けようとするも、シュウジが腕を掴んで離さない。
「行くな!」
「行くの!」
「行ったらダメだ!」
ぷつん、と私の中で何かが切れた。大声で叫ぶ。
「離してええええええええええ!」
叫び声と共に、激しい突風――乱気流のような衝撃波が店内を駆け巡った。
一番近くにいたシュウジが吹き飛び、麻人さんがとっさにカウンターの中に隠れ、凉平さんが身を低くして、散乱する店内の物から身を守った。
「あ……」
これを、私がやったの?
一瞬でひなた時計の店内がめちゃくちゃになっていた。
『セブン! 早く!』
シックスの声にはっとなる。
「うん! 私、シックスのところへ行く!」
飛び出すように店を出て、シックスの声が聞こえる方向へ走った。
4:
今なら分かる。
シックスが、彼がどこにいるのかを感覚で探せる。
――こっちだ。
夜の街中を走り回る。
夢中になって走って、赤信号を無視したために車に轢かれそうになった。運転手がクラクションを鳴らして怒ってきたが、そんなの聞いてられない。
走って、走って、夢中になって走った。
着いた先は昼間に来た公園だった。まだ、シックスはここに居たんだ。中へ入る。
昼間は緑一面だった芝生の絨毯が、数少ない街灯に照らされてほとんど真っ暗になっていた。
だけど、確かに彼はそこにいた。
「シックス!」
「セブン!」
やっと、やっと出会えた。
シックスへ向かって走り、胸の中へ入ると、彼は私を優しく包み込んでくれた。
温かくて、優しいぬくもり。
私を抱きしめてくれる。
「セブン、会いたかった。こうしたかった」
「私も……私も会いたかった。シックス」
抱き合っている中で、大声が響いてきた。
「那菜から離れろ!」
振り向くと、シュウジが息を切らしてこちらに向いていた。
シックスが私をかばうように、シュウジの前に立ちはだかる。
「セブンは返してもらう!」
「ふざけるな!」
シュウジが飛び出すようにこちらへ走ってくる。
シックスがシュウジへ手をかざし、衝撃波を放った。
不可視の攻撃にもかかわらず、シュウジが異変を察知して素早く横に飛んだ。
シックスが立て続けに衝撃波を放ち、シュウジを追い詰めようとする。
だが、シュウジはまるで不可視の衝撃波が見えているかのように、左右にステップを踏みながら接近してくる。
「はっ!」
シックスの眼前でシュウジが跳躍し、大降りの蹴りを放つ。
それに対し、シックスはサイコキネシスで力場を発生させ、シュウジの飛び蹴りを弾いた。弾かれたシュウジが芝生の上に着地をすると同時に、まるで滑るような動作で移動する。シュウジが一瞬前までいた場所から爆発が起こった。
シュウジが距離をとって、シックスと私を中心に円を描いて疾走する。
それを追うように、シックスが立て続けに衝撃波を放った。
シュウジが走りながら、両手を輝かせた。
彼の両手から紫電が迸る。
――雷の能力者。
まるで投げつけるかのように、シュウジが電撃をこちらへ放った。
シックスがその電撃をサイコキネシスの壁で防ぐ。
電撃の余波が飛び散り、私の耳元で弾けた。
シックスが叫ぶ。
「セブンに当たったらどうする!」
「ちっ」
シュウジが両手に放射していた紫電を解く。
身を低くした姿勢で、まるで獣のような俊敏さで、さらに間合いを取りつつ動き回るシュウジ……やはり裏社会の暗殺組織ソーサリーメテオ。まだまだ少年のシュウジだとしても、その身のこなしでかなりの使い手だと分かる。
目で追うのがやっとのような速さで間合いを詰め、目に見えない衝撃波を回避し、また距離をあけてはまた間合いに入ってくる。
立て続けに放つシックスの衝撃波が当たらない。それほどまでにシュウジは素早かった。
多分シックスは負ける。そんな不安がよぎった。
そんな時、衝撃波の間を縫うように、シュウジがシックスへ急接近してきた。
シュウジの片手には、紫電が迸っている。シックスへ直接電撃を叩き込む気だ。
――シックスが負ける!
「だめ!」
気がつけば、私はシックスとシュウジの間に入っていた。
シュウジがはっとなって突進の勢いを止めた。
その隙を突いて、シックスが私の脇から手が伸ばす。
「くらえ!」
シックスの衝撃波が、シュウジに直撃する。
シュウジが放物線を描いて吹き飛び、芝生の上を転がった。
「この! この! このぉ!」
倒れたシュウジへ、さらに追撃してシックスが衝撃波を叩き込む。
芝生とその土が巻き上がり、その中でシュウジがなすすべなく何度も跳ね上がった。
衝撃波を撃ち終えた頃、シュウジがぐしゃぐしゃになった地面に落ちて……動かなくなった。
シックスが叫ぶ。
「とどめだ!」
「まって!」
頭に血が上ったシックスの腕を抑えた。
「もういいよ、十分だよ」
「……セブン」
「もう行こう、私達の居た場所へ」
私の声で落ち着いたのか、シックスが一度大きく呼吸をして口を開いた。
「ああ、そうだね。僕達の世界へ帰ろう」
「うん」
シックスの手を取り、動かなくなったシュウジをそのままに、私達はその場を離れた。
5:
めらめらと燃え盛る炎の中。破壊の跡。
四人で目標物を探していると、潰れた大型車の隙間から棺のような、金属で出来た箱を見つけた。
見つけたのはシュウジだった。
「これか?」
麻人も凉平も誠一郎もやってきて、箱の隙間を覗く。
「おい……これって」
箱の中から、細い腕がだらりと垂れていた。
誠一郎が静かな口調で言う。
「なるほど、目標が目標だ。ならば……それがこんな姿であってもおかしくはない」
誠一郎がひしゃげた箱のふたを無理やりこじ開け、中を確認する。
中に入っていたのは、十分に満たされた液体と、一人の少女だった。
「嘘だろ……」
シュウジの声が震えた。
「処分、か」
後ろにいた麻人がポツリと呟く。
「後味が悪いな」
凉平が率直に述べる。
「……う」
箱の中にいた少女がうめき声を上げた。
なにを言っているのか小さくて聞き取れないが、最後の言葉だけはかろうじて聞き取れた。かすれそうな声で、うつろな瞳で、言ってくる。
「たす……け、て」
沈黙。誰もが黙った。
そんな中で、シュウジが身に着けていたマントを脱いで、
少女の裸身をマントでくるめた。
シュウジがポツリと呟く。
「……ふざけんな」
6:
「ここだよ」
シックスに案内されたのは、薄暗い部屋。
部屋の隅には操作盤を備えた多くの機材が並んでいる。
特に目立つのは、部屋の中に鎮座している大きな円筒形のカプセル。
「この中に入るんだ。服を脱いで」
「え?」
いきなりの発言に、着ていたワンピースを両手で覆う。
「脱ぐの? 全部?」
シックスが苦笑した。
「じゃあ、そのままでいいよ。それからこの呼吸器とこれを着けて」
手を引かれてカプセルの中に入ると、シックスに言われるまま呼吸器と、頭部から肩までを覆う、ヘッドギアを大きくした機材を着せられる。
頭が重い。
シックスがカプセル内に私を残して出て行くと、彼は機材を操作し始めた。
薄暗かった周囲が明滅し、私の入っているカプセルに発光した液体が流れてくる。
初めは驚いたが、流れ込んでくる液体の感触に、何故か懐かしさが……覚えがあった。
私はこれらを、この情況を知っている。
カプセル内に十分に液体が満たされ、その中で私の体が浮いた。
この浮遊感も覚えている。懐かしくて……安心する。
心地良い感覚だった。
「やっと回収してきたか」
部屋の中に入ってきた初老の男性。やや猫背になった姿に老人を思わせる動きだったが、まだ声は若さが残り、何より落ち窪んだ眼をしているにもかかわらず、どこかぎらついた、活気のような眼光を備えていた。
「はい」
シックスが短く答える。
男性がうむ、と唸って首を縦に振って、さらにシックスへ指示を出す。
「では溜まっているデータを更新する」
「分かりました……セブン、少しの間だけ眠ってて。そんなに長くはかからないから」
「え?」
なにをするの? そう言いかけたとき。
プスリ
首に一度だけ鋭い痛みが走った。
「あ、あぁ……」
急激な眠りに襲われる。意識があっという間に奪われていく。
最後に、二人の言葉を聞き取る。
「次はお前だ、ナンバーシックス」
「はい」
意識が完全に閉ざされた。
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