第2話My Name is Nanba Nanna 2
4:
『今日は楽しかったみたいだね』
『うん、大変だったけど楽しかった』
『君の楽しかったっていう気持ちが、伝わってくるよ』
『私はシックスの気持ちが入ってこないよ? 今どうしてるの?』
『……ちょっと、ね。でも、必ず迎えに行くから』
『うん、待ってる』
『ああ、待ってて。でも、ソーサリーメテオのやつらには、絶対に気を許しては駄目だ』
『どうして?』
『僕達の敵だからだ。信用しちゃ駄目なんだ』
『みんなが、私達の敵なの?』
『そうだよ。だから気をつけて』
『シックスは、私の事知ってる? 私が誰なのか』
『知ってるよ』
『私は誰なの? 教えて。お願い、誰も教えてくれないの』
『君は――』
「那菜ちゃん」
「……うん?」
いつの間にか眠ってた。頭を上げると、麻人さんの優しい顔がある。
「風邪を引いちゃうよ」
「はい」
夕飯と食べて落ち着いて、そのまま眠ってしまった。夢の中で、誰かと話をしていた気がする。誰だろう?
ああそうだ、シックスだ。シックスは私の事を知ってる人。
――ソーサリーメテオのやつらには、絶対に気を許しては駄目だ。
ソーサリーメテオ。裏社会(アンダーグラウンド)の暗殺組織。
この人たちがそうだ。でも、まったく普通の、みんな優しい人たち。
――僕達の敵だからだ。信用しちゃ駄目なんだ。
本当に、この人たちは敵なの? なんで私はこの人たちと一緒にいるんだろう?
「どうしたの? 那菜ちゃん?」
「……ちょっと、ボーっとしちゃいました」
カウンターの奥から、シュウジがやってきた。肩にタオルをかけている。お風呂上りのようだ。
「さっさと風呂入って寝ろよ。明日も働くんだしさ」
「シュウジ、お前にももっと働いてもらいたいんだがな」
「おっとー、んじゃお休みー」
麻人さんに釘を刺され、シュウジはそそくさと逃げていってしまった。
「那菜ちゃんも、お風呂入ってさっぱりして、今日はもう寝なさい」
麻人さんの手が頭に乗った。優しく撫でてくれる。
「はい、行ってきます」
5:
私は誰なんだろうか?
もう少しでシックスから聞けそうだった。
風呂場の浴槽に深く浸かり、夢の中でのシックスとの会話を思い出す。
シックスはみんなを信用しちゃ駄目だって言っていた。
でも、みんなといると楽しい。優しくて、なんだか温かくて、安心する。
どうしてなんだろうか? もう一度考える。
みんなは私の敵……なの?
じゃあなんでこんなに優しいの?
なんでみんな温かいの?
なんで一緒にいるのが楽しいの?
……分からない。
「シックス」
呟いてみた。だけど頭の中から返事が来ない。
もう話が出来なくなっていた。
私は一体、何なんなのだろうか? 誰なのだろうか?
頭の中が巡る、めぐる。
どう頭の中で考えても答えが見つからず。ぐるぐると回っては繰り返す。
それでも見つからない。
私が誰なのか分かったら、もしかしたら全てが分かるのだろうか?
でもまだ思い出せない。
私は一体誰なんだろう?
ああ、頭がまたボーっとしてきた。
長くお湯に浸かりすぎたかもしれない。浴槽から立ち上がって、風呂場を出る。
体を拭いて、髪を拭って、下着を着けて、Tシャツとハーフパンツ(シュウジから借りた服)を着て脱衣所から出る。
すると、少しだけ妙な香りが漂ってきた。
これは……コーヒーの香りだ。
お店のほうに、麻人さんたち以外にも誰かがいる。
行ってみると。
「あ」
思わず声を上げてしまった。
お店の中に、知らない男女がいたからだ。
女の人は艶やかな黒髪に、どこか活気付いた顔をした大人の女性で、だがそれよりも私がびっくりしたのは、男の人のほうだった。スーツ姿にトレンチコートを着用したすごく大きな人だった。服越しからでもよく分かる、はちきれんばかりの筋肉のある、大きな人。
「ベルギー産の豆だ。これでやってみろ」
「わかった」
麻人さんがコーヒー豆の入った大袋を抱えて受け取る。
と、女の人が私に気付いた。
「ははん、この子が那菜ちゃんね」
すらりとした自然な動作で近づいてくる。あまりにも自然な動作で、身じろぎすら忘れてしまった。
頬に手を当てられ、撫でられる。
「へえ、可愛いじゃない」
「ど、どうも……」
とつとつと足音が後ろから聞こえてきた。振り向くと、凉平さんだった。
「鈴姐さんあんま手を出さないでくれよー」
凉平さんが私の耳に顔を近づけて囁いてくる。
「こう見えてかなり乱暴なんだぜ」
「聞こえてるっての!」
ごちん!
凉平さんが殴られた。
「あたた……な、こうなるんだぜ」
「アンタが余計なことを言わなければ良いのよ……私は村雲鈴音。よろしくね、那菜ちゃん」
「あ、はい」
「んでこっちは――」
鈴音さんが親指で後ろにいる大男の人を指しながら。
「五十嵐防人。ここのオーナーで、外国を回りながらコーヒーを直に購入してるの」
「そうなんですか」
……嘘だ。この人たちもきっとソーサリーメテオの人たちだ。
そんな気がしてならない。
明るい雰囲気のはずなのに、どこか不安になってくる。
「ふむ」
防人さんがこちらにやってきた。背の低い私……もとい背の高すぎる防人さんに見下ろされて萎縮してしまう。その大きな手のひらが、私の頭の上に乗った。
「まあ、ゆっくりして行くといい」
「は、はい……」
なんだろうか、体が強張ってくる。怖い。
「凉平、ちょっと来い。話がある」
「へいへい」
防人さんに呼ばれ、凉平さんが防人さんと一緒に外に出て行った。
それを眺めていると、また鈴音さんに頬を両手で包まれた。
「お肌がすべすべね。羨ましいわー。それに見れば見るほど可愛いし、何か似合うものでも買ってあげたくなってくるわ」
「えっと、その……」
頬やら、首やら、肩やらをなんだか羨ましげに撫でてくる。
「鈴音さん、ちょっかい出すのも程ほどにしてください」
そう麻人が言いつつも、どこか諦めがちな声音だった。
「もうちょっとだけ」
麻人がやはりといってか、ため息をつく。
「え、ちょっと! あの」
今度は顔を近づけて頬ずりまでされてしまった。
6:
外に出た凉平と防人。
「凉平、やれ」
「あいよ……ブレイク、全部ですかい? 残して後を追う手段だってあるんじゃね?」
五十嵐防人、部隊名(チーム)〈セイバー〉のリーダー。フレイム=A(エース)=ブレイクが淡々と断言した。
「全部やっておけ。根城なら既に目星がついている」
「あーいっと」
凉平の眼が鋭くなり、どこか遠くを見つめる視線に変わった。
「探索(サーチ)」
光の能力者(ソーサラー)。鳥羽凉平。部隊名(チーム)〈セイバー〉のセイバー2。
呪文(スペル)の発声と同時に、光の屈折を操り、周囲を探索する。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……五匹か」
凉平の視界に、五箇所に潜伏しているリザードを確認した。
凉平がポケットの中から、刃のような金属片を取り出す。
「……鋭光矢(シャープアロー)」
そうポツリと呪文を呟き、凉平が金属片のような刃をひとつ投げた。光のエネルギーを付与された刃、凉平の手から離れた瞬間、超高速で放たれる。
一投目。光の刃がリザードの額から後頭部までを貫通。即死。
二投目は逆方向に、同じ要領で刃を投げる。同じくリザードが額を貫かれる。
ふっと、ひと呼吸を加え、今度は光の刃を真上に投げた。
正面、遠方の物陰に潜んでいたリザードが、頭頂部から股間までを一直線に貫かれる。
三匹目が倒れた。
異常を察したのか、残り二体のリザードが撤退を始める。
「逃がさんよ」
手首をスナップして返すように、光の刃を二連続で放つ。
遠距離で背中を向けて逃げ去ろうとしたリザードが二体。弧を描いて飛んだ光の刃に、後頭部から額までを貫かれ転がりながら絶命する。
肩をすくめて凉平が言った。
「おーわり」
「伏兵にも気をつけておけ」
「へーいへい。……しっかしまあ、本当に雑だなあ、攻め手が荒すぎっつーの?」
凉平がぼやいた。
「こんな露骨に襲撃をかけようなんて、大雑把過ぎて逆にやる気が出ねえよまったく」
「気を抜くな」
「わーってますって」
防人――ブレイクが凉平の軽いそぶりにため息を付いて、ポツリと言った。
「五匹か」
襲撃に来た頭数を気にしたブレイクに、凉平が思案を述べる。
「初手の襲撃で頭数が四人ってばれてるっすからねえ。多分一人一匹づつ当てて、残りの一匹で奪取するって手はずだったんすかね。見くびられたもんだ……それか、こっちの戦力をまったく把握できてない阿呆な指揮官か……」
「これがオトリの可能性であることも視野に入れておけ」
「はいよ。でもさっき麻人がほとんどの手駒をばっさりしてきたからねえ、向こうもそろそろリザードの手数が無くなって困ってくるんじゃないっすか?」
「だからこそだ、より強引な手段が来るやもしれん」
「窮鼠猫を噛むってところですかい」
「そうだ」
「ちゃんと気をつけますよ。ブレイク、あんたの判断はいつも正しい。だからちゃんと頭に入れておく」
「…………」
念押しで言おうとした事を先に言われ、ブレイクは無言で肯定した。
そして、凉平が声音を冷やしてブレイクに聞く。
「……やっぱり、あん時あの子を処分しておけば良かったと思ってるんで?」
「ああ、そうだな」
ブレイクがにべもなく答えた。
「そうしておけば後は拠点を見つけ次第、襲撃をして任務は完了のはずだった。余計な仕事を増やしたな」
「……無理っすよ」
少しだけ弱気の入った、だがこれだけは譲れないという凉平の意思。
「最初の襲撃で見つけた目標の正体が、あんな子だったなんて、できねえっす」
「…………」
「アンタは言ったよな? 俺達のこの能力は精神に左右される。ただ言われた通りに実行するだけの、精神を固めた兵士では能力は完全に扱えない。中途半端な戦士だからこそ扱える力だって。ブレイク……アンタも観念して欲しいね。俺達はそういう人間だって……俺達全員ができないって、そう思ったんすから」
「……そう、だったな」
ブレイクがまた、ため息をついた。
「ならばやってみせろ。お前たちの望む通りの事を、貫いてみせろ。そしてこの任務も完了させろ」
「わかったっす」
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