第2話My Name is Nanba Nanna 3

 7:

「ただいまーっと」

 凉平さんと防人さんが戻ってきた。

 ……妙だ。

 たとえようがない、なんと言えばいいのかわからないが、凉平さんに『何かをやってきた』という余韻……気配が残っている。

 何をしてきたのだろうか?

 

 ――僕達の敵だからだ。信用しちゃ駄目なんだ。

 

 シックスの言葉。

 ひょっとしてシックスと? もしくはあの生物兵器リザードと戦ってきたのだろうか? この短時間に? そうすると、シックスたちはこちらに何かしらを仕掛けてきた……私を取り戻すために何かをしようとして、凉平さんたちが防衛してきたのかもしれない。麻人さんも、夕方を過ぎた頃に突然いなくなったりもした。そして、この鈴音さんと防人さんという、どう考えてもソーサリーメテオの関係者としか思えない二人の登場。

 私の知らない裏で何かをやっている? ひょっとしたらやり終えてしまったのかもしれない?

「いやー、勤務態度でこってりしぼられちまったぜ」

 シックスと会話が出来なくなった。声が来なくなったのはそのせい? シックスに何かあったのだろうか? 

 違和感がする。

 自然の中にあるわずかな不自然に、

 なんだか胸がざわつく。

 そしてちょうど、視界に入っていた時計。かちりと三つ目の秒針が動いた。

 正確には三秒以下という事だ。

 私はこの考えのめぐりを三秒以下の時間で行ったのか。

 ……私はこんなに頭の回転が速かっただろうか?

 少し前の私、昨日までの私は、もっと違う人間だった気がする。思い返せば、もっと幼い事をしていたような。

 この状態は何? 私に何が起こっているの?

 私はどうしてしまったの? これから私はどうなるの?

 見えない。分からない。不透明さに不安を覚える。

 推測するに、元々私はシックスと一緒にいたはずだった。記憶はない、だけどシックスは私の事を知っていたのだから、そうに違いない。

 麻人さんが凉平さんの言葉に肩をすくめた。

 この間さらに二秒しか経っていない。

 私は元々シックスと一緒にいて、この人たちに離れ離れにされた。そう考えられる。

 私は、この中で監視されている? 拘束されている? 

 私は元の居場所からこの人たちにさらわれてきてしまったのか?

 何故に?

 たまにシックスの声が私に届いてくるのは何故?

 疑問が疑問を呼び、そのたびにこの人たちに違和感を感じて強みが増す。

 ソーサリーメテオ。裏社会の暗殺組織。彼らは組織内で与えられた特殊な能力を操り活動している。その目的は一切不明。裏社会でその界隈の人間を暗殺することで、彼らにどんな利益が生まれるのかも誰も知らない。裏社会の中でもひと際に謎の、暗殺者達。

 自分の早回しになる思考に、一度ストップをかけた。

 なんで私はソーサリーメテオという単語だけで、これだけの知識が出てきたのか? どこから? なんで私は今思い出すように知った?

 しかも今度は、濁流のように流れ出る記憶や思考のめぐりを、自分で止めることが出来た。

 制御することが出来た?

 私の中で、何かが変化している。

 私に一体何が起こっているの?

 ……分からない。

 私は一体、何者なの?


 鈴音さんと防人さんに聞く。

「あなた達も、ソーサリーメテオの人なんですよね?」

 私の言葉に、鈴音さんがピクリと反応した。鈴音さんが麻人さんの方を向く。

「バレてるってのは聞いてなかったんだけど?」

 麻人さんが背中を向けながら。

「それは誠一郎の方に言ってください」

「あいつめ、まったくもう……」

 鈴音さんが失敗したとばかりに艶やかなロングヘアーをぼりぼりとかく。

「多分、ですけど。あなた達二人は、皆さんのリーダー……ですよね?」

 重くなった空気の中、鈴音さんが肯定した。

「ええ、そうよ」

「じゃあ、私の事も知っていて、私は元々いた場所からここに連れてこられた。って解釈でいいんですか?」

 防人さんが短く答えた。

「そうだ」

「なら、私は一体誰なんですか? 私は今までの記憶が何もないんです。教えてください、なんで私はここに居て、私は誰なんですか?」

 静寂が続いた。視界の端で、凉平さんが気まずそうにそっぽを向いた。

 麻人さんも無言でベルギー産のコーヒー豆を袋から開けて作業している。

「任務だ」

 防人さんがそう一言告げた。

「どういう意味ですか?」

 多分、この人は教えてくれないだろう。そう直感が告げる。だけど、どうしても聞き出したい。

「我々は任務で君を連れ去った」

「じゃあ、任務でやったって事で納得します。それで私は誰なんですか?」

「誰も答えていないのならば、俺も答えない」

 防人さんは、麻人さんと凉平さんに向けて「そうなのだろう?」と皮肉気に言葉を投げる。

 二人は黙ったままだった。

 ぱちんっ!

 突然に後ろから頭をはたかれる。

 振り向くとシュウジがいた。

「何をぎゃーぎゃー言ってんだよ。反抗期か?」

「だけど!」

「あー、うるせえっての」

 シュウジが私の首に腕を巻いてずるずると引きずる。

 みんなが遠ざかって行く。

「教えてよ! 私は誰なの!」

 誰も答えず、誰も反応せず、私はシュウジに引っ張られたままそのまま部屋に押し込まれた。

「少し頭を冷やせ、落ち着けよ。夜中だぜ?」

「じゃあシュウジは教えてくれるの?」

「は? そんなもん。俺は俺、お前はお前だ」

 私の胸にシュウジが指を挿す。

「自分が誰かなんて、今の自分がお前自身だろうが!」

「……わかんないよ」

 なんだか、悲しくなってきた。

「あっ」

 シュウジが声を上げた。私の目から涙がにじんできたのを見て、驚いた。

「あー、えーっと、うんと……」

 私の泣き顔に、シュウジが困った声を上げる。

「とりあえず、今日はもう寝ろ。そうしとけ」

 シュウジがそっと部屋の戸を引いて締める。

 誰もいなくなった。一人ぼっちだ。

「……シックス」

 声は返ってこない。

 私からはシックスと話が出来ないようだ。

 シックスの声が聞きたい。もう一度呼びかけて欲しい。

 ――寂しい。

 彼は今、どこで何をしているのだろうか?

 疲れがどっと押し寄せてきた。

 ため息が漏れる。

 おとなしく寝るしかないのかな?

 部屋の隅。窓際でうずくまる。

 ――もう、どうしたらいいのかわからない。


 8:

 夢を見た。

 不思議な浮遊感に包まれている中で、目の前に彼がいた。

 そうだ、この子がシックスだ。

 私を眺め見て、きらきらした瞳をしている。

 私は彼に手を伸ばして見た。

 だけど彼に触れることが出来ない。

 シックスもこちらに手を伸ばして、ガラス越しに手を合わせた。

 硬い透明な板が間にあるのに、どこか彼の手のぬくもりを感じる。

 私は、シックスに

 ……会いたい。

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