第2話My Name is Nanba Nanna 1
1:
「行動が早いな」
ざっと起こった事の報告を聞き、ブレイクはそこに着目した。
「たった一日ほどの時間に、ここまでの行動と、量産とはいえ生物兵器を送り込んでくる勢い……目標はそれだけあの『拾いもの』に執着しているか、もしくはそれだけの瞬発力が元からあったか……」
どちらだと思うか? とブレイクは鈴音へ視線だけで聞いた。
「両方って事もあるわ。他にも別の見方も」
「物事を多角的に捉えたところで栓が無いな。的を絞れ」
この二人の考え方はやり取りだけで判る通りに、考え方が全く違っていた。
得られた情報から対象の目的を予測し、さらにその先手を取るか絡め手を取るなどの奥の奥を見極めるブレイク。それとは別に、一度に物事を広く捉え、そこからいくつ物手段の中で自分たちの都合に合った最善手を組んでいく鈴音。
「誠一郎。お前はどう思う?」
拾いもの――那菜を保護してからのこの短時間の襲撃。現場を見ていたものとして語る。
「襲撃までの期間は短かった。それを考えると、相手もそれなりに練った作戦を立てていなかったと思われる……やり方も計画性の無い雑なものだった。俺たちの任務でこちらの戦力はある程度までは知っているはず……なのだが、それにかかわらず量産生物兵器だけでやってきたということは、相手側にも、稚拙で荒い行動が目立っていたものと思う」
鈴音が付け足してきた。
「行動は早かった。しかし早く出すぎて相手は十分な用意ができず荒があり、『拾いもの』を回収するのに失敗した。ということね」
鈴音のまとめ方に無言で肯定する。
「どっちにしろ、あの『拾いもの』は意外にも任務に使えるものだったというわけか。目標が『拾いもの』に執着しているのなら、それを逆手に取るようにしよう」
「ブレイク」
誠一郎がブレイクを呼んだ。
「なんだ?」
「彼女は『拾いもの』じゃない、南波那菜という名前がある」
「№7という番号から取ってつけただけの名前でもか?」
「ああそうだ」
ブレイクと睨みあう誠一郎。
麻人と凉平のリーダー部隊名〈セイバー〉の代表。フレイム=A=ブレイク。
組織の中でも第二呪文(セカンドスペル)まで目覚めているAZネームを持った、最強の炎の能力者。
沈着冷静、冷徹一貫。そしてあの麻人と凉平を纏め上げる手腕をもった、鋼の塊のような男。
それでも、これは譲れないと誠一郎が視線をまっすぐに構える。
「たとえ拾いものでも、あの子は南波那菜と呼んでくれ」
きん、と凍りついたような空気になり、見かねた鈴音が助け舟を出してきた。
「……呼び方ぐらいどうでもいいわよ。でもそんなにこだわるのなら、名前で言ったほうが無駄な反りを作らなくて済むと思うわ」
ふう、と一度ため息をこぼした鈴音。
「私も近いうちに様子を見に行かせてもらうわ。それはそれとして話を戻すけど、目標は当然その那菜を取り返したいわけよね。そのためには目標は蓄えていた生物兵器を繰り出しもしてくる。いいわね? それを構えて待つか、先手をとるか、罠を張るか……それは私たちが決めて指示を出す。これ以上の勝手な行動は控えてもらうわよ」
「わかった」
2:
「うんうん。可愛い可愛い」
「私……可愛いですか?」
着替えてみた。この店のウェイトレスの制服に。
なんだか、可愛いって言われるとうれしい。何だかむずむずするけど、うきうきもしてくる。
「じゃあ、お仕事教えるわね」
「はい」
「お客さんが来たら、明るく可愛い声で「いらっしゃいませ」って言うのよ。
にっこり笑って。
「いらっしゃいませー」
「そうそう、バッチグー」
加奈子さんが親指を立てた。
「それで、お客さんが1人か2人だったら、カウンター席にしますか? こちらのボックス席にしますか? って尋ねて、空いている席に促して。常に空いてる席はどこか把握しておくこと」
「うんうん」
「そしたらお絞りとお水を用意して持っていく。あそこにあるから」
なんだか、楽しくなってきた。
「それで、お客さんの様子を見計らって、注文を聞いてね。テーブルのここに番号が書いてあるから……たとえば2番テーブルホットサンドとコーヒーです。っていうふうに凉平さんか麻人さんに報告して」
「はい」
「お客さんが出て行くときも、にっこり笑顔で『ありがとうございました』って言うのよ」
「ありがとうございましたー」
「そうそう、グーット!」
加奈子さんがまた親指を立てた。こちらもまねをして親指を立ててみせる。
「ほほう。睨んだとおり、いい感じだな」
カウンター席の中で凉平が加奈子と那菜のやり取りを見てポツリと呟いた。
一緒にいる麻人が返す。
「体はほぼ同年代だ。気が合うのも不思議ではない」
「いいや、ウェイトレス姿がいい感じなんだよな。なんかこう、フレッシュな感じがしてよ。やっぱ思った通りだったわ」
「………」
麻人はニヤニヤしている凉平を他所に、うつむきながら皺の寄った額をほぐした。
「じゃあ、お客さんが来たらさっそくやってみましょう」
「はい!」
「元気でよろしい!」
カランカラン
そう言い合いつつ、早々にお客さんが出入り口のカウベルを鳴らしてやってきた。
やってきたのは誠一郎さんだった。
まずはにっこりして。
「いらっしゃいませー」
「うむ。今日もいらっしゃった」
「カウンター席にしますか、ボックス席にしますか?」
「いつも通りで頼む」
「…………」
いつも通りはどの通りなのですか?
「カウンター席? ボックス席?」
「うむ。いつもカウンターの方だ」
「ボックス席じゃないの?」
「…………」
「違うの?」
なんだか誠一郎さんが黙ったままで、不安になってきた。
「ボックス席じゃ駄目なの?」
「……たまにはボックス席にしてみよう」
「わかりました」
良かった。ほっとした。
視界の端では、凉平さんが口元に手を当てて笑いをこらえつつ「アイツ一人でボックスに座るつもりだぜ」と呟いている。
「ではこちらへどうぞ」
「うむ。注文はコーヒーで頼む、これもいつも通りだ」
「わかりました。いつも通りのコーヒーですね」
あとは空いている席にお客さんを促す。
開店直後だったためか。どこも空いていた。
どうしよう。どこがいいんだろう?
「どこがいいですか?」
「う……」
「どこにしますか?」
「……じゃあ、あそこにしよう」
ボックス席の奥を、誠一郎さんが指を指した。
「はい、五番テーブルですね」
「うむ。よろしく頼む」
「はい」
カウンターの中にいる凉平さんと麻人さんの方へ向いて。
「五番テーブル、いつも通りのコーヒーです」
「はーい」
麻人さんが返事しつつ、「アイツ端っこ行きやがった」と笑っている凉平さんの頭をはたき倒した。
てくてくと歩いて加奈子さんのところへ行く。
「これでいいですか?」
「まあ、うん……良いと思う」
良かった。加奈子さんが微妙な顔してるけど、バッチグーだったみたいだ。
本当に良かった。
「誠一郎さんの存在がさらに薄くなってもう見えなくなりそう……」
「誠一郎さん見えなくなっちゃうんですか?」
「ああいいの、こっちの話だから」
誠一郎さんは姿を消すことが出来るのかな?
よくわからない。
「さ、那菜ちゃん。気持ちを切り替えてもう一回やってみましょう」
「はい!」
お客さんが来た。
「いらっしゃいませ」
三人出来たからボックス席へ、空いているのは二番。
「こちらへどうぞー」
お客さんが出て行く。
「ありがとうございました」
えっと、お絞りとお水を用意して。
またお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
声出しはしつつも、相手は加奈子さんがしてくれた。
「ご注文はよろしいでしょうか?」
手に持った伝票にメニューを書く。それを持って凉平さんのところへ。
「あいよ」
またまたお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませー」
忙しくなってきた
「うぅ~」
頭がぐるぐるする。
「那菜ちゃんおつかれさま」
あれだけ忙しかったのに、加奈子さんは平気な顔をしている。むしろひと仕事を終えてすっきりしたような顔。
「ぐるぐる~ぐるぐる~」
頭を揺らしながら、カウンターのスツールから転びそうになる。
「大丈夫?」
「うーん」
大変だったみたいだな。
凉平さんが肩をすくめてやってきた。
両手にはオレンジジュースが二つ。
「ほら、差し入れ」
「ありがとうございます」
疲れた後の甘酸っぱいこの飲み物が、ひときわおいしく感じる。
ピークはもう過ぎたようで、店内はもう落ち着いていた。
本当に大変だった。
「あ、そういえば。シュウジずっといなかった」
その私の声に、加奈子さんが大きなため息をついた。
「いつもの事よ。アイツ、居候の分際で本当にやる気が無いんだから」
もう一度大きなため息をついて、加奈子さんが「ほっとにもう」と呟いた。
誠一郎さんはとっくにいなくなっていた。いつの間にかいなくなっていた。
あれ?
「麻人さんも、いない?」
「ああ、麻人のやつか?」
「はい」
「ちょっと別件でさっき外に出たよ」
べっけんってなんだろう?
3:
昨日の晩、那菜が誘導された廃ビルの中に入る。
麻人はゆっくりとした足取りで歩調を崩す事無く、自然体でありつつも警戒心を露にして中へ入っていく。
どこからか「一人で来るなんていい度胸だね」という声が聞こえてきた。
だが、その声を無視して、麻人は廃ビルの中へ歩調を変えずに進み続ける。
「ナンバーセブンは必ず取り返す。絶対にだ」
「僕のナンバーセブンだ、お前達に渡したりはしない」
「どんな手を使ってでも、取り戻す!」
そんなどこから聞こえてくるのか分からない声を無視し、歩き続け、廃ビルの中を十分に上ったところに、元は会議室であろうか広間になった部屋があった。
麻人はその真ん中まで歩き。立ち止まる。
麻人の全身は黒一色。コート姿だった。ただそのコートの形は袖口が広く、腰周りが細くなった、少し形の変わったコートだった。
口元には黒布で鼻まで顔を覆っている。
「僕からセブンを奪ったお前達を、僕は絶対に許さない。……何か言いたそうな顔だね? 聞いてあげようか?」
その言葉に、麻人は一度ため息を漏らした。麻人が口を開く。
「仕事中に無駄話はしない主義だが、言ってやろう」
麻人の周りは既に、大多数のリザードが周囲を囲っていた。
その中の一匹のリザードが返事をする。
「じゃあ言ってみなよ」
麻人は一度肩を使って大きく息を吐き、また口を開いた。
「よくもまあ、ここにのうのうと留まっていたな。手ぶらで帰る事を予想していたが、未だにここを拠点にしていた事には、正直がっかりしたとも言える」
「何?」
「お前達、本当は余裕がないのだろう? 本来なら昨晩のうちに那菜を回収して撤収するはずだった。しかしそれは失敗した。失敗したなら当然、再襲撃のために、最低でも拠点を変えるはずだ。このようにカウンターアタックを仕掛けられないためにな。だが、お前達は拠点を変えず、未だこうしてここに留まっている……つまりは次の拠点候補がまだ見つかっていないか、定まっていなかったのだろうな。つまりは、お前たちは頭数は用意できても、柔軟に動ける『余裕』が無いと言う事だ」
麻人の言葉に、声を発していたリザードが口をつぐんだ。
「どうやら本当にその通りのようだな」
「うるさい」
「そうだな、無駄口は俺も好かない。さっさと討伐させてもらう」
麻人がコートの左の袖口に右手をいれ、中に入っていた物を引き抜く。
それは黒光りする黒い刀。黒曜石で出来た刀だった。
「やれるものなら――」
ザンッ
麻人の近くにいたリザードが、黒刀によって袈裟懸けに裂けた。
黒い疾風が舞う。
ザンッザンッザンッ!
一体のリザードの首が飛ぶ。二体目のリザードが胴を裂かれ真っ二つになる。喉を突かれた三体目のリザードが、がくりと崩れ落ちる。
ゆらりとした動作で麻人が、貫いた喉から黒刀を引き抜いた。
そしてまた動く。
風を切る音などは無い。無音、そして神速。
ブーツが地面を滑る音を残して麻人が駆け巡り――五体のリザードが倒された。
計八体の生物兵器が、一分どころか三十秒も経たずに切り捨てられる。
「や、やってくれるじゃないか」
声の主、ナンバーシックスの一言を発する間に――さらに三体。
「殺せっ!」
シックスの声に応じて、残ったリザード達がセイバー1、麻人へ襲い掛かる。
四方から飛び掛るリザードが、鋭い爪を持った手刀で麻人を狙う――が、既にその場に麻人はいなかった。四方同時攻撃の一瞬、その空いた隙間に麻人は滑り込むように抜け出した。麻人が振り向きざまに一体のリザードの首をはねる。
そこで麻人がバックステップでリザードたちから距離を開けた。
リザードたちは追撃しない。動けなかった。
圧迫する気迫でもない。冷たく鋭き殺気でもない。ただ静かに、まるで景色の一部となったような麻人の自然な構えに、言い表せない膠着が漂っていた。
ふっ、と麻人が呼気を吐いてから口を開く。
「雑魚だな」
「……すごいじゃないか。さすがソーサリーメテオ……裏社会(アンダーグラウンド)の暗殺組織。正直ここまで出来るとは思ってもいなかったよ」
「それは何の冗談だ?」
麻人の冷えた視線が威圧を放つ。
「聞こえなかったのか? 雑魚だと言ったはずなんだがな」
「舐めるなよ、ソーサリーメテオ」
「どうやら言っても意味が分からない……いや、伝わらないようだな」
麻人が構えを解き、黒刀の切っ先を地面に突き立てた。
「そうだな、初めに教えておいてやろう……この建物は既に俺が『支配』した」
「どういうことだ?」
「こう言う事だ……貫け」
麻人の一言、その呪文(スペル)で全てのリザードが死んだ。音も無く。一瞬で。全て同時に。
建物の床、壁、天井、柱のあらゆる場所から無数の『針』が出現し、全てのリザードを瞬時に貫いた。
「がは……」
石の針で貫かれたリザード達の中、唯一しゃべるリザード、シックスだけが呻き声を上げた。それ以外のリザードは全て絶命している。
ソーサリーメテオ『地』の能力者(ソーサラ)、洸真麻人。部隊名(チーム)〈セイバー〉のセイバー1。
圧倒的な強さ。無慈悲な刃。その力が、室内にはっきりと誇示されていた。
「どうも、力量の差が伝わらなかったようだ……つまりはこう言う事だ」
「ソーサリーメテオ……」
「その通りだ。俺達ソーサリーメテオが、今までどれだけこんな雑魚共を相手にしてきたと思っている? ましてや量で敵うとでも思っていたのか? 舐めるな」
「く、そ……」
シックスの声を代弁していたリザードが力尽きた。
「ふん」
麻人は鼻を鳴らし、廃ビルの部屋を去った。彼以外、生き残った者は……誰もいない。
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