最終話〜④

     *   *



 グルンステイン歴、二九九年。

 六月上旬。

 グルンステイン王国王太子フィリップ・シャルル・グルンステインと、コルキスタ王国王女アン=ルイーゼ・フレデリカ・コルキスタの婚礼の儀が執り行われた。

 これに合わせて、カラマン帝国より帰郷した第二皇子妃マリー・アンヌの無事の出産が発表され、それは国民を大いに歓喜させた。


 そんな華やかな祝祭の日々の中、誰知らず、一人の貴族への刑が密かに執行された。


 罪人の名はカレル・ヴィルヘルム・ローフォーク。

 科せられたのは烙印刑だ。


 殺人と詐欺、誘拐に強盗。

 関わった犯罪の数は両手でさえも数え切れない。

 本来ならば斬首が申し渡されるところを、王太子シャルルの婚礼とマリーの出産による慶事に、恩赦が出されたのだ。

 シュトルーヴェ伯爵は、国王陛下はこの時を待っておられたのだろうと、何処か安堵した様子でエリザベスに溢した。


 烙印刑と共に言い渡されたのは、王家へのさらなる忠誠と国家への奉仕の義務。そして、己が傷付けた人々の為に、残った生涯の全てをかけて罪を贖うというものだった。


 王宮の中庭で、執行人の手によって獰猛なまでに赤々しく灼けた焼鏝やきごてが背中に押し当てられた。

 ローフォークの全身から、一気に大量の汗が噴き出す。

 人肉の灼ける臭いが中庭に満ち、きつく鼻を衝いた。


 吐き気をもよおし蹲る者。

 壮絶な光景に目を逸らす者もいた。

 その中で、エリザベスは真っ直ぐにローフォークを見詰める。

 烈しい激痛に歯を喰い縛り、呻き声さえ漏らさずに耐えるその姿から、どうして顔を背けることが出来るだろうか。

 エリザベスは隣に立つジェズとアリシアに手を握られ、刑に服するローフォークを見守った。


 やがて、真っ赤に灼けた焼鏝が剥がされると、すぐにフランツとドンフォンが用意されていたバケツの水をかけた。

 倒れ掛けたローフォークは気力を振り絞って、自身の手で身体を支えた。

 荒く乱れた呼吸を整えるまで時間を必要としたものの、やがて吃と顔を上げ、国王フィリップ十四世と王太子シャルルの前に進み出る。

 そして、揺らぐことなく跪礼を施し、深くこうべを垂れた。

 その背には、灼き付けられたばかりの、グルンステイン王家の大鷲の徴がある。


「我等ローフォーク家。王の剣として、王の盾として、オーベール一世陛下より賜りし此の名の下に、後裔こうえいの最後の一人に至るまで、グルンステイン王家の守護者であり続けることを、国王陛下にお許し頂きたく存じます」

 これに応じて、国王フィリップ十四世は立ち上がった。

 跪くローフォークのもとへ歩み寄り、左の肩に手を添える。

「左背の刻印は、心の臓の裏にある。王家の大鷲をその背に負い、父と兄に代わって、骨となるまで国家に尽くせ。良いな」

「我が身が朽ち果てようとも、永遠の忠誠を」

 ローフォークは不敵に笑み、フィリップ十四世は深い青い両目を眩しそうに細め頷いた。


 おもむろに、両手を広げフィリップ十四世は高らかに宣する。

「此処に立ち会った者達よ。其方等は、この場にて全てを見届けた。ローフォーク子爵カレル・ヴィルヘルムの真の償いは、まさにこれより始まる。この者の贖罪の日々を、何も知らぬ者が嘲り蔑め妨げることもあろう。その時には、どうか手を差し伸べて欲しい。この者が再び道を踏み外さぬように、正しき道を歩めるように。これまでのように、これからも!」


 フランツとシュトルーヴェ伯爵が、真っ先に片膝を着いて頭を垂れた。

 直後、王太子シャルルも含めて、全員が国王フィリップ十四世に跪いた。

「国王陛下の仰せのままに」

 力の限り。

 全ての者が、誓いの言葉を発した。


 皆が頭を下げる中、エリザベスはこっそりと視線を上げた。

 フィリップ十四世の背後で、驚いた顔で周囲を見回していたローフォークと目が合い、エリザベスは思わず笑顔を返した。

 一瞬ローフォークは眉を顰めたが、やがて呆れた様子で肩を落とした。

 そして、まだ誰も身を起こしていないと気付くと彼は──。


 エリザベスは、思わず胸元のペンダントを握っていた。


 彼は笑ったのだ。

 初めて出会った時のように。


 力強く優しい、夜の帳のような濃紺の瞳を細めて──。










                     グルンステイン物語・完。

 


 

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