最終話〜②
ローフォーク家の王宮庭園追放の処分は正式に解かれ、その事は庭園の貴族達に広く周知された。
しかし、かつてのローフォーク家の屋敷は、到底、人の住める状態ではなかった。
元々、手入れもされずに廃墟と化していた屋敷は、マリーの出産とグラッブベルグ家の孫達の誘拐があった夜に、放火によって焼け落ちてしまっていたのだ。
犯人は、郊外のグラッブベルグ邸で下男として働いていた男だ。
男はアニエスの誘拐に加担し、さらにベルナールを誘拐するにあたって、捜索部隊の撹乱を目的に、火を放つ事を命じられていた。
今、オーレリーはアデレード親子と共にシャイエ公爵家で保護されている。
いずれ、同じ土地に屋敷を建て直すつもりではいるが、その為にも現当主であるカレル・ヴィルヘルム・ローフォークの罪を、正しく裁かねばならないのだ。
殺人、強盗、脅迫、誘拐、詐欺。
婦女への暴行だけは徹底的に拒絶していたようだが、周囲を止める事が出来なかった以上、同罪と見做すしかないのだろう。
どれ一つとっても、死罪を免れる事は出来ない。
そして、判決を下すのは、国王フィリップ十四世の責務だ。
意識を取り戻して数日後、病室で行われた謁見で十二年前の全てを知ったローフォークは、清々しい笑顔を見せた。
十二年にも及ぶ理不尽な扱いを責める事もなく、父と兄が役目を全うした事を誇った。
彼の笑顔に、死への恐怖は微塵も見られなかった。
「とうに覚悟をしていたのだな」
グラッブベルグ公爵の手駒として繰り返してきた犯罪は多く、調査はまだ終わっていない。その中には、ビウスでの押し込み強盗も含まれていた。
だが伯爵は、フィリップ十四世はすでに結論を出しているのだ、と感じている。
「カレル達は今頃、どの辺りかしら」
シャイエ公爵夫人がフィリップ十四世に訊ねた。
「三日前に王都を出たと聞いた。傷を押しての事だ。まだ、到着してはいないのではないか」
小首を傾げて答えた兄王に、シャイエ公爵夫人は眉尻を下げた。
「カレルはすぐに無理をするから、心配です。ああ、私も着いて行けば良かったかしら」
「これもまたケジメを着けるためだ。あの子達に任せなさい」
「それは分かっているのですけれどねえ」
ふうっと、公爵夫人は溜息を吐いた。
その時、侍従の一人がフィリップ十四世に声を掛けた。
来客があったようだ。
視線を転じると、正宮殿と小宮殿を繋ぐ回廊から、数人の若い男女がやって来るのが見えた。
王太子シャルルとアン。そして、マリーだ。
後ろにそれぞれの側仕えと、フィリップ十四世の宮廷使用人の姿もある。使用人は手に盆を持ち、手紙を運んで来たようだ。
シャイエ公爵夫人はパッと笑顔を咲かせて立ち上がると、急ぎ足で彼等のもとへ向かった。
「まあまあ! よく来ましたね。シャルルもアン王女もいらっしゃい。マリーは、もう外に出ても良いのですか?」
「ええ。そろそろ短時間であればお散歩をしても大丈夫と、
お互いに簡素な挨拶を交わして、そう答えたのはマリーだ。
彼女は腕の中にふっくらと肉が付き始めた赤ん坊を抱いていて、シャイエ公爵夫人は一層破顔する。
「お祖父様達が、こちらにおいでだと聞いたので」
「まあ、そうなの。さあさあ、こっちへ」
公爵夫人に連れられてやってきた三人の為に、急いで新たな席が設けられた。
「カラマンから手紙が来たのです」
手紙は二通。
第一皇子ジュールと第二皇子レオナールから、フィリップ十四世とマリー、それぞれに届けられた。
フィリップ十四世は、封の切られていない手紙を受け取り目を通すと、一つ頷いた。
「ジュール殿が皇妃派を制圧した。ショワズールのスタニスラス一世が、上手くアルトマークのユベール五世を説得してくれたようだ。アルトマーク大公の孫娘が、ショワズール王国の王太子妃に収まることになりそうだ。アルトマークはエウヘニアに国境から撤退せねば、小麦の仕入れ値を上げると脅かしたようだ」
「エウヘニアは穀物産業の弱い国家ですから、死活問題となりましょう。宗教的な対立もあって、連邦国家外からの輸入はもっと高くつきますから」
シャルルの言葉に、傍らのアンは成程といった様子で頷いていた。
四月の半ばに予定されていた二人の婚礼の儀は、様々な要因から延期されている。
コルキスタ王や国民から不満の声も上がったが、アンが婚礼の儀式にマリーの出席を願ったのだ。
義理の姉妹はこの
今も、シュトルーヴェ伯爵令嬢アリシアがデザインした、お揃いのドレスを身に纏っている。時々、婚約者を妹に取られたとか、妹に婚約者を取られたとか言ってシャルルが拗ねるほど、二人は実の姉妹のように親しかった。
「エウヘニアは早々にカラマンの国境から軍を撤退させた。近日中に、ジュール殿の戴冠式が行われる」
さて、これからカラマン帝国はどうなるのか。
現皇妃は皇太后として宮廷に留まることを望むだろう。だが、未来のジュール五世と新皇妃がそれを許すのか。
ジュール四世に含ませた毒を調合したマートンという男は、マリーの毒殺未遂も皇妃派の計画である事を証言させる為に、カラマン帝国へと送られた。
皇妃派は必死の弁明をするのだろうが、粛清は間違いなく行われる。苛烈な報復は危険だが、半端な譲歩もしないはずだ。
そして、担ぎ上げられた第三皇子の処遇を如何にするつもりか。
カラマン、サウスゼン、エウヘニア、ショワズール、そしてグルンステイン。
五つの国家の思惑が複雑に絡み合った皇位を巡る内紛は、一旦は終息の形を取る。
しかし、本当の舵取りはこれからだ。
近い内に、新たに『大帝国会議』が開かれる。
カラマンの新皇帝は、『聖コルヴィヌス大帝国』の『大帝』として選出される。そこで公表されるであろう『新しい大帝国の秩序』は、どのように各国に受け止められるのか。
グルンステインとしては、国益の為にも新皇帝を支持する予定でいた。
「ところで、レオナール殿は何と」
フィリップ十四世が問うと、シャイエ公爵夫人と娘の頬を突っついていたマリーは幸せそうに笑った。
「この子の名前を考えてくれたのです」
「ほう、レオナール殿は何と名付けたのかな?」
「マリー=リディアーヌ。私の名前と夫のお母様のお名前も頂いたのですって。あの人ったら、早速、愛称で呼んでいたわ。『リリー』ですって」
くすくすと、マリーは笑った。
その場の全員が顔を見合わせた。
「やれ、健康に育つであろうことは保証されましたな」
「程々にね。程々に元気であれば良いのです」
伯爵が苦笑いを溢すと、シャイエ公爵夫人がそう返した。
全員の脳裏に浮かぶのは、太ましい体躯が宙を舞った、いつぞやの夜の話だろう。
ふと、シャルルが小さく噴き出した。
その輪はすぐに広がって、皆が声を出して笑う。
悩ましい事柄は、今まだ数多い。
それでも、些細な事で笑顔が満ちる。そんな瞬間があっても良いのではないかと、伯爵は東の空を見遣って思うのだった。
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