オリヴィエ・マートン 二

   二、レステンクールという王国


 レステンクールは、そこそこ軍事に金をかけている国だ。


 それでも隣国のグルンステインと比べりゃあ、雲泥の差がある。

 古式ゆかしい何とか騎士団やら、大昔の高名な王の名を冠した歩兵部隊とやらを後生大事に抱えているようじゃ、あの国には勝てるはずがねえ。

 グルンステインっていう国は、それだけ、軍事も経済基盤も先を行った国だ。

 先代のフィリップ十三世って王様が、生涯を賭して築き上げた、他に類を見ない王国だった。


 レステンクールでも、その経済や軍事の仕組みを取り入れようという動きがあったみたいだが、門閥貴族や富豪連中の猛烈な反対にあって何一つとして進まないままだ。


 まあ、それを推し進めようとしたのがグルンステインから嫁いで来たフィリップ十三世の妹だってんだから、何かしらお隣の思惑が絡んでると思われるのはしょうがない事だ。

 要は、国民が税金を納めるのは当然で、その国民の暮らしを楽にしてやる政策を執るなんて、愚民がつけ上がる! とんでもないっ! って事らしい。


 だが、王妃は代わりに慈善事業に力を入れていた。だから、レステンクールは自国の王より、外国からきた王妃の方が国民に人気があった。


 そういうわけで、王妃は夫の国王にも煙たがられて不仲だったようだ。

 豊かなグルンステインの血筋を求められて、子供を産むことだけを強要された王妃は、王子を一人産んだ後は田舎の城で半幽閉状態だ。

 王妃に成り代わっていたのは愛妾で、愛妾の親族に囲まれて歪んだ環境で育った王子はの王になった。自分の母親がフィリップ十三世の妹である事を理由に、グルンステインの王位を主張しやがったんだ。


 そりゃ無理だ。

 確かグルンステインは王女が外国に嫁ぐ際には、王族の権利を放棄させられる。まさに、こういった面倒ごとを未然に阻止する為だ。

 それを知ってか知らずか、王は繰り返し王位を主張して、貴族もそれに乗った。馬鹿しかいねえのか。

 当然、突っぱねられて、そこで止めときゃ良いのに、国境での小競り合いを起こすようになった。

 そして、いよいよ戦争だ。


 『グルンステイン継承戦争』


 レステンクールはグルンステインに攻め込んだ。

 だが、グルンステインの護りは堅く、彼の国の国土に足を踏み入れる事も出来ずに粉砕された。

 レステンクールの王侯貴族は懲りもせず、再び侵攻を開始した。今度はグルンステインに自国領を奪われ、情けない事にレステンクールは和睦を申し入れた。


 レステンクールに対してグルンステインが出した和睦の条件は、大金貨一万枚の賠償金と国土の西部の一部割譲。そして、レステンクールの王太子の妃にアデレード王女を据え、先代王妃の待遇を改善するというものだ。

 レステンクール側から出した条件は、アデレードと交換で自国の王女をエドゥアール王太子の妃にする事だった。見事に却下された。

 一方的に喧嘩を吹っかけて負けたのはどっちか、分かってねえのか?


 最終的に賠償金は減額されたが、これは馬鹿国王の母親でフィリップ十三世の妹にあたる王太后が背後で駆け回ったお陰だとされていた。

 まあ、レステンクール側はますますこの王太后に不快感を抱いたようだが。


 何にしても、これで話は纏まったかと思われた。

 だが、婚礼の準備中にアデレード王女が天然痘に罹り、生きながらえたは良いものの、顔にはっきりとした痘痕あばたが残った。

 どう言や良いのか。

 馬鹿王の息子は馬鹿王子だった。


 死に損ないの醜女はいらん、と政略結婚を無かった事にしやがった。

 マジか。

 その上、馬鹿王子の親の馬鹿王は、代わりに自分の王女をグルンステインの王太子妃に送り出すと言いやがった。これで釣り合いが取れると本気で思ったようだ。それはきっぱり断られただろうが。


 結納金を渡せとまで言ってきた従兄弟に、フィリップ十四世は激怒したか、呆れたか。

 きっと、人間の道理が通じない奴等だと呆れたんだろうな。

 花嫁道具を担いで送り出された王女は、国境を越えることすら許されなかった。


 結局、フィリップ十四世も、馬鹿に自分の娘を嫁がせる気は無くなったようだ。

 馬鹿王の娘はいらん。

 賠償金はまからん。

 我が娘もやらん。

 土地と賠償金を渡す事で手打ちにするか、土地の代わりに賠償金の上乗せをするか、いずれかを選べ。


 ちゃんと選択肢を与えてくれるあたりは親切だよな。

 ただ、馬鹿王は駄々を捏ねやがった。

 さすがに、こりゃもう無理だと諦めて土地の割譲を薦める家臣を側近から外し、じゃあ、アデレード王女を王太子妃に迎えてやっても良い、ときたもんだ。

 おい、その交渉はとっくの昔に決裂してんだ。


 いい加減、怒ったグルンステインがレステンクールに進攻してきた。問答無用に西部を大幅に削られ、こちらさんは完全敗北した。


 『グルンステイン継承戦争』に関するレステンクール側の諸々のは、俺が産まれる二年前の話だ。

 それからも、我等が馬鹿王は執拗に結婚話を持ち掛けたらしいが、グルンステインはレステンクール自体に無視を決め込んだ。


 戦争から六年後、エドゥアール王太子の妃にはカラマンの皇妹が選ばれて、大々的に結婚式が行われた。

 馬鹿王と馬鹿王子は条約違反だとイキリたったらしいが、そもそもそんな条約は結んでねえ上に、コイツらは賠償金を滞らせていた。

 何で相手にされると思ってるのか、謎でしかねえ。


 女を下に見るのは、まあ、何処の国でもありがちだが、祖母であるフィリップ十三世の妹に引き取られて育てられた王女は、比較的まともだったらしい。

 馬鹿共の所為で格好の嘲笑の的になったのは憐れと言うべきか。

 他国に嫁ごうにも、条約違反と金欠とキチガイ主張を繰り返す国と姻戚関係を結んだ所で迷惑を被るだけだ。

 だが、行きそびれると思われた王女は、思わぬところへ嫁ぐ事になった。


 カラマン帝国の公爵家だ。傍系だが、皇家の血筋である事に違いはない。

 グルンステインよりも格が高い! と揚々と支度を整えて送り出して二年後、王女は転落事故で死んだ。妊娠中だったらしい。

 俺が引き取られたのは、それから間も無くの事だ。

 グルンステインの王太子が結婚して三年目。つまりレステンクール包囲戦争の一年前になる。


     *   *


 二番目の父親は殺人の訓練中、ずっと俺にカラマンとグルンステインの恨み言を吹き込み続けた。


 普段は冷静でどんな物事にも動じず、俺が生き物の死を観察するのが好きだと知ってからは進んで小動物を買い与え、それを解体する様子を微笑ましく眺めていた奴が、この二国の事になると途端に憎悪を剥き出しにする。


 何でか、と興味も湧かなかったが、お貴族様ってのは自己陶酔するのが常らしい。聞いてもいないのに、滔々とうとうと抑揚を付けてお喋りをしてくれた。


 この二番目の父親の姉妹が馬鹿国王の王妃で、王女は姪になる。行き遅れだった王女の面倒を王太后の死後に見ていたのが、この大貴族様だったわけだ。


 二番目の父親は、王女様の死にはカラマンの陰謀があると信じ込んでいた。

 転落事故の時に一時帰国していたグルンステインの王太子妃が近くにいたって事だから、当時には色々と黒い噂が飛び交ったんだろう。

 何でも王女がグルンステインに嫁げなかったのは、その座を狙っていた皇妹アリンダの妨害があったとか、無かったとか。


 結局、事故か殺人か自殺かは、俺は知らねえ。どうでも良い。

 だが、それからレステンクールがカラマンとギクシャクし始めたのは確かだ。

 そして、カラマンを怒らせる決定的な何かがあった。


 俺が七歳の時に、レステンクールはカラマンと戦争をおっ始めた。

 不意を突いての侵撃で、最初はこちらが優勢だったらしい。カラマンも古き良き文化を大事にする国だったらしく、勝負はそれなりに良い線を行っていた。

 だが、カラマンは突如こう宣言した。


「レステンクールの土地を公平に分配する。周辺国はレステンクールを殲滅せしめよ」


 まず最初に進攻を開始したのは南部のサウスゼンだ。

 次いで北西のシュテインゲン。国領の東部にはファンデンブルグもあったが、こちらはすでにサウスゼンと別件で交戦中で、ゆとりは無かったようだ。

 グルンステインは当初は無視を決め込みたかったようだな。

 だが、シュテインゲンが南下政策を取っている事と、オーベール一世の時代の戦争でグルンステインに奪われた土地の奪還をサウスゼンが虎視眈々と目論んでいる事は無視出来ず、両国の国力の拡大を抑制する目的もあって、最後に参戦を決めた。


 戦費の枯渇。徴兵による働き手の不足。

 それなのに戦費を賄う為の税の圧迫。


 四方を取り囲まれて、村々は戦場となり、国の内へ内へと逃げる国民。国土は確実に蝕まれて、捥ぎ獲られ、最低限の衣食住にも困窮し、王の都は浮浪者や餓死者で溢れた。


 レステンクールがカラマン帝国との開戦からたったの半年で滅亡したのは、そういった国民達が王家を見限った事も大きいだろうな。


 四つの軍が包囲をせばめ、じきに王の都へ到達するってなった頃、籠城の為の食糧を運んでいた馬車が浮浪者達に襲われた。浮浪者達はそのまま王宮に雪崩れ込み、さて、どうなったか。


 誰が自分達を苦しめた連中の無事を願う?

 むしろ、コイツらが馬鹿な真似をしなけりゃ、パンを買う金も残っていたし、畑や家も焼き払われるこたぁ無かった。

 貴族連中も、軍隊も、王家も、飢餓で正気を失った国民達とそりゃあイカした殺し合いを繰り広げた。


 ああ、その場に居たかったな。

 どんな悲鳴が響いて、誰が頭をカチ割られて、裂けた腹からはらわたを撒き散らすのか、見てみたかった。空腹に耐えかねて、それを貪る奴等も居たかも知れねえ。


 そんなわけで、四カ国同盟が王都に到達した時、王宮は目を覆うような有り様だったらしい。辛うじて逃げ延びた国王一家も、カラマンの伏兵に捕まった。密告があったようだ。


 カラマンの帝都に引っ立てられた王族は、全員絞首刑だ。

 通常、王族や貴族辺りは名誉を重んじられて斬首が一般的だ。だが、それを許さなかったところに、カラマン皇帝の怒りの度合いが知れるってもんだ。

 一応、世間ではレステンクールの王族は臣籍降下を拒んで自ら自害した事になってるが、ありゃ嘘だ。さっさと国外に逃亡した特権貴族共が、見栄を張って言いふらしたデマがそれっぽく伝わっただけだ。


 俺は、戦争が始まってすぐに、二番目の父親とその家族に連れられて国から逃げた。

 ある意味で全ての元凶の様な奴等は、まんまと生き延びたわけだ。


 逃げた先は、グルンステインの辺境の田舎だ。

 小さな小さな村は、グルンステイン王国に対してレステンクールが唯一被害を与える事の出来た場所だった。

 俺はそこに置いて行かれた。

 置き去りにされたんじゃなく、ここから復讐を始める為だ。


 俺は、オリヴィエという名前以外の全てを捨てさせられた。




                二、レステンクールという王国 終わり

 

 



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