第33話 クリスマス・ツリーと熟考する獣

 12月7日土曜日、肌寒さが残る昼下がり、鎌倉市内は一部始まった紅葉を楽しむ人々で賑わっていた。

 店内フロアの真ん中に、2メートル程の高さの可愛らしいクリスマスツリーが飾られた古民家風カフェの半個室テーブル席で、サニーと秀平は暖を取っていた。

「凄いなコレ……」

 テーブルの上に置かれたタブレットの画面に、秀平は息を飲み込んだ。

 画面の中では、あるビル街の一角が映し出されている。画面右下の日時が倍速で進むのと共に、複数の男達がビルに入っては出てを繰り返す。自分達が撮影さとられているとは微塵も思っていない映像だった。

「こんな簡単に監視カメラで撮れるのかよ……。おちおち街も歩けないな」

「秀平は特にだね」

「え?」

「いや、冗談。でもないけど。設置できる場所さえあれば簡単だね。普通は設置場所それが難しいんだけど、ここはなんでもありの雑居ビル街だから」

 4人用のボックス席で、秀平の向かいに座っているサニーはタブレットを操作しながら言った。

「まぁ、普通は突然カメラが付けられてたら、外すか警戒するか」

「そう安心するのも危険だけどね。恒常性バイアスはあるし、そうでなくても防犯カメラは増えてるから、それを利用する方法だってあるし……、撮られてるかもって意識を持つのは賢明だと思うよ」

 サニーは映像の中のある男を静止画で切り出していた。

「一方的なつきまといとか、ありそうじゃない?秀平の場合」

 にこやかに説明するサニーに、秀平は恐る恐る尋ねる。

「…あるのか…?サニーおまえ……」

「まぁね」

 タブレットに目を落としたまま微笑む友人に、秀平は心底納得して、質問を変えた。

「恒常性バイアスってあれだろ?異常に気づいてても受け入れられなくてスルーしてしまうっていう…。防カメを利用する方法ってのは?」

「日本の防犯カメラの普及はすごいからね、しかもほぼ管理されていない・・・・・・・・・・・・放置状態でだ。そこからデータを盗み取るのは自分でカメラを設置するより簡単だよ」

「確かに。……無法の……監視社会か」

「制度や危機管理が技術の普及に追い付いていない、なんていうか…『日本らしい』よね」

 切り出した男の画像を拡大し、画質を調整、画面の一部にストックしたサニーは、秀平ににっこり笑いかける。

「大人の服を着た子ども、みたいな?」

 まるで自分のことを形容したような、無邪気な笑顔だった。

 サニーは内部フォルダから開いた別の画像を画面上に並べると、秀平に示した。

「木曜金曜を中心に人を集めて電話をかけてる。これがリーダー格の男だ」

 派手な外見のチンピラ風の男とスーツを着こなした実業家風の男の写真が並んでいた。

 髪の色も体格も違って見えるその二枚は、並べてみるとかろうじて同じ人物だと分かった。

「これこそ詐欺だろ……」

「胡散臭いよね!」

 愉快そうに笑うサニーに、秀平はその言葉を返したく思った。

「この映像だけでそんなに分かるもんなのか?」

「いや、何人かに聞き取りはしてる。音声データも少し貰ったし」

 そう言ってサニーはポケットから黒いボタンのようなものを取り出した。

 秀平の目の前でひらひら掲げたかと思うと、マジックさながらに手の中から消したり取り出したりして見せる。

 盗聴器……じゃなくて小型録音機か。大方誰かのポケットに入れたり抜き取ったりしたのだろう。

 唖然とし疲れた秀平は、サニーから目を離して、頼んであった焙じ茶に手を伸ばした。

「この間教えて貰ったUSBもだけど、スパイ映画みたいだな。サニー、お前何者なにもんだよ」

 古伊万里の急須から、揃いの湯呑みに茶を注ぐと、芳ばしい香りが広がった。

「あぁ、渡邉のスマホのデータをコピーしたやつ?あれは、ちょっと特別仕様だけど、これ・・くらいのやつなら普通にネットで買えるよ。盗聴器こういうものを売ってる人間に個人情報提供するような危険なこと、怖くて出来ないけど!」

 小型録音機をポケットにしまい、サニーもテーブルのすみに置かれていた急須を手元に引き寄せた。湯呑みに白濁した液体が注がれて、甘い香りが漂ってくる。

「……じゃあ、怖がりのサニーさんはどうやって入手する訳?ネットじゃ手に入らないような特別仕様まで」

 口に運んだミルクティーの柔らかい甘味に、ほっこりと顔を綻ばせたサニーは、

「友達にそういうの・・・・・に詳しい奴がいてね。言うとピッタリなものを用意してくれるんだ、ない時は作ってくれる。今回のUSBみたいに」

 皮肉たっぷりに聞いた秀平を面白がるように、けらけらと笑いながら答えた。

「秀平もその分野の欲しいものがあったら言って」

「……そうするよ。で、この情報はなし、どうするんだ」

 暖かい焙じ茶が喉に染み入る。身体が中からポカポカと温まって来る感覚が、リラックス出来て秀平は好きだった。

「警察に渡して、捜査して貰おうと思ってる、秀平が問題なければ」

 秀平は真剣な表情かおでサニーの様子を伺った。

 サニーは古伊万里の湯呑みを彩るミルクティーを飲み干すと、ゆっくり二杯目を注いでから、視線を秀平へと向けた。今日一番の真剣な表情かおのように感じられた。

「ここから先を調べるには警察の力がないと無理なんだ。この男こいつが住居代わりにしている物件が横浜にある。そのビルの非常階段が金井栞さんの事故現場なんだ」

 秀平はタブレットの画面を今一度注視した。

 派手な外見のチンピラ風の男とスーツを着こなした実業家風の男、別人のような二枚の写真の男が同じせせら笑いを浮かべたように見えた。

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