第27話 アリスのいないお茶会①

「ふにゃあ……」

 香鈴奈に頬っぺたを摘ままれて、美月は変な声をあげた。

「こーらーぁ! 何考えてたぁ?」

「もぅ、止めてよー」

「あーやーしーいー、最近妄想の世界に行ってること多すぎぃよ美月さーんっ」

「妄想って」

「あ、妄想じゃなくて夢想か」

 橘さんに助けて貰ってから、自分でも困ってしまうくらいあの日のことが忘れられない。渡邉先生との怖い思い出というより、橘さんとの暖かい思い出がだ。


 あの日も、寮に戻ってから自分の時間が出来た8時頃、秀ちゃんに電話をしようと思った。

 渡邉先生のこととか、助けてくれた橘さんのこと、それと橘さんに頼んだ秀ちゃんのこととか、話したいことはいっぱいあったから。けれど、迷った挙げ句、簡単なメッセージを送ることにした。

『今日、放課後渡邉先生に話しかけられたよ。でも橘さんが助けてくれたから大丈夫。

秀ちゃん橘さんに頼んだとか言ってよ(≧Д≦)めちゃ恥ずかしい!

でもほんとはすごく心強いよ。ありがと。』

 電話を止めて、メッセージにした理由は2つある。

 1つは、秀ちゃんの声を聞いたら、怖かったこととか全部話してしまうし、弱音も出て、心配をかけちゃうし、困らせてしまうから。

 今ですら、橘さんに頼んで学校の職員になって貰うなんて、相当な心配をさせているのに、これ以上心配を増やして秀ちゃんに迷惑をかけたらダメだ、と思った。だから、メッセージの内容も、あっさりしたものにした。橘さんとだって連絡は取っているだろうから、必要なことは橘さんから伝わっているはず、と都合良く逃げた。

 2つ目の理由は、美月のズルい我が儘だ。

 あの日は夜まで、夢の中まで橘さんがいっぱいだったから、秀ちゃんと話したら、橘さんへのドキドキした感情を気づかれてしまうと思った。

 秀ちゃんにめちゃくちゃ心配をかけながら、橘さんにドキドキしている不届きな私がばれてしまう。そんなの、出来れば避けたかった。

 秀ちゃんのことだからすぐ電話をかけてくるかな、て待ち構えたけど、電話も、その日は返信もなかった。

忙しかったのかな……、て逆に少し気になったけど、秀ちゃんに隠し事をしなくていい安心感の方が強かった。


 何日も経った今でも、あの笑顔とか、声とか、抱き締められた感触とか、気がつけば思い出していて、ドキドキしてしまう。

 あの仕草も私へのメッセージだった!!

 『いつも見守っている・・・・・・・・・

「さては、イケメン守護神ガーディアンのことでも考えてるんでしょー」

 ドキッとして香鈴奈の顔をチラ見する。

「もー美月のブラコンは分かるけどねー、あんなお兄様いたら私だってブラコン一直線だけどねー、独り占めしないでー!!」

 あは、そうだよね、香鈴奈が知ってるはずはない。美月はホッとして香鈴奈に笑いかけた。香鈴奈が言う守護神ガーディアンといえば、秀ちゃんだ。

 私もずっとそう思ってた。琥珀色の守護宝石を持つ唯一無二の守護神ガーディアン

 でも、今『イケメン守護神ガーディアン』と聞くと、真っ先に思い出すのは橘さんだ。

 なんて贅沢なんだろう……美月は自分の幸福を思った。

 渡邉先生のことで、なんで私が、て不幸を呪ったこともあった。けれど、相殺されるくらいの幸福があるのだから、負けちゃダメなんだ、と自分を納得させられた。

 もう1人、秀ちゃんに引けを取らない守護神ガーディアンに守られるなんて。

 秀ちゃんが琥珀の守護神ガーディアンなら、橘さんは……太陽の守護神ガーディアン

「ふにゃあ……」

 橘を思い出してわき上がるドキドキに恥ずかしくなった美月は、照れ隠しに変な声を出して机に突っ伏した。

「あー! 言ってるそばから~ずーるーいー」


 事件は放課後に起こった。

 クラスメイトが一人、教室で雑談している香鈴奈と美月のところへやって来た。

「一条さん、一条さんの知り合い? だと言う人が校門で待ってるの、知ってる?」

「え? 知らない」

 学校を訪れる知り合いなんて、全く心当たりがない。

「もしや、秀平さん?!」

 香鈴奈がいたずらっぽく口を挟むが、クラスメイトも美月も首を揃えて振った。

「秀ちゃんなら来る前に電話くれるはず。校門とか、目立つところで会うのは好まないし」

「一条さんが来るまで待つって言ってるんだけど、……早目に言った方が良いかも。余計なお節介かもだけど、それじゃ!」

 クラスメイトはなんだか歯切れが悪く帰っていった。

 わざわざ戻ってきて伝えてくれたなんて、何かある。

 香鈴奈と美月は顔を見合せ、

「行ってみる?」

「うん」

校門まで見に行くことにした。


 校門へ近付くと、遠くからでも分かる違和感があった。

 門のところに一人の男性が立っていて、下校していく生徒達に手を振っている。生徒達は、えー何あれー、とか、ちょっとかっこ良くない? とか、誰待ちなの? とか面々好き勝手に騒いでいる。

 美月が近付くと、気づいたのか美月の方へ手を振り、手招きする。

 確かに、イケメンの部類に入るかもしれない、整った顔立ちの男性だった。が、髪はクリーム色に緑色のグラデーションが所々入っていて、耳には複数のピアス。革ジャンに胸まではだけたシャツとボロボロのジーンズ、シャツの間から露出した胸にはタトゥーの一部が見えた。

 明らかに、お嬢様女子校には似つかわしくない種類の男性。

 クラスメイトの歯切れの悪さとお節介の理由がすぐ分かった。この人と知り合いと全校に知れ渡るのは、かなり面倒なことだ。

 美月は香鈴奈と二人で来てしまったことを少し後悔しながら、男の前2メートルくらいで立ち止まると、男の方から声をかけてきた。

「一条美月ちゃん? 写真より可愛いじゃん」

 やっぱり、私はこの男の人とは初対面だ。でも、向こうは私の写真とフルネームを知っている。どういうことだろう……。

「ここじゃ迷惑になっちゃうみたいなんで、パンケーキ食べに行こうよ。俺奢るから」

 少し先に行った通り沿いにパンケーキカフェがある。

「香鈴奈……付き合ってもらっていい?」

 美月はボソリと香鈴奈にだけ聞こえる声で呟いた。

「いいけど、今から私、ハナコちゃんだから」

 香鈴奈も美月にだけ聞こえる声で呟いた。


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