第20話 ハロウィン・パーティー

10月31日金曜日 15時30分頃


「じゃーん!! ちょっと攻めた、小悪魔ちゃんです!! 美月はなんの仮装するのー?」

 赤い角のカチューシャを着けて、赤と黒の可愛い衣装を両手に見せびらかしながら、香里奈はご機嫌で話しかけてきた。

 今日は学校内のハロウィンパーティーがある。何日か前から皆で装飾したレクレーション室に、調理実習などで作ったお菓子やケーキを並べて、ハロウィン日当日は仮装して参加する。3学年合同の放課後レクレーションのようなものだ。

 仮装の衣装などは個人負担で、基本自由。仮装しなくても出入口で貰える仮面マスクを着ければ誰でも参加できる。

 寮生はそのまま帰ることができるから、結構気合いを入れて楽しむ生徒が多い。

 気の合う友人同士で楽しめることから、例年なかなかの盛り上りを見せている。

 去年美月たちは雰囲気が分からず制服に仮面マスクで参加して、来年は自分達も仮装して参加しよう! と目を輝かせたのだった。それから何度か何の仮装をするか話題に上がったけれど、決めきれない美月たちは、どうせなら当日までお互いに秘密にしよう、と今日を迎えていた。

「かーわーいー!! 角めっちゃ似合ってるよ!」

「みんなに言われる! 美月のは?」

「じゃじゃーん! 魔女セットにしたー」

 美月は持ってきた袋から黒い塊を取り出した。

「うわ! セクシーミニのやつ?! 胸とか肩とか出ちゃうやつ?!」

「ごめんそれは無理だったー。普通の膝下丈の半袖ワンピだよ。あととんがり帽子。……こうして見ると、少し地味だったかな」

「んー、でも、魔女だからね。黒いのは仕方ないよ。中身が可愛ければOKじゃない? 寮の先輩あっちで集まって支度してるから、行こう! メイクキラキラにしよ!」

「うん!」


 パーティー会場は薄暗いオレンジ色の照明を基調に、所々カラフルな電飾が点滅していて幻想的な雰囲気に包まれている。おしゃれな洋楽が低いベース音と共に流されていて、魔女や悪魔やお化けや何かのキャラクターみたいなのまで、めいめいが楽しそうにスナックやドリンクを手にしている。

 美月は寮生の集まりと一緒にテーブルにつき、先輩達の面白可笑しいトークを楽しんでいた。

「それで寺嶋ちゃんがさ、あ、ジュースなくなりそう。取ってくるけど皆何飲む?」

「先輩! 私取ってきます」

「美月ちゃんありがとー!! スナックも適当にお願いします!」

「はーい!!」

 食べ物や飲み物が置いてあるテーブルは部屋の隅と真ん中に設置されていた。美月は大きめのトレーを持って、先輩達が好きそうな食べ物と、頼まれた飲み物を探しながらテーブルを回って歩いた。トレーが重みを増した頃、隣に全身黒マントが現れた。

「たくさん載せたねー。それ、運べるの?」

 聞き慣れないフレンドリーな口調で、一体誰だか美月には分からなかった。

 仮面マスクを持ち上げて笑いかけてきたのは、渡邉先生だった。

 ふっと温室でのことが頭をよぎり、全身が強張ったように感じた。けれど、渡邉先生に気取られてはいけないと美月は笑顔で答えた。

「気がついたら欲張り過ぎてました! 頑張ります」

 トレーを持って皆のところへ帰ろうとすると、美月の手に重なるように渡邉先生の両手がトレーを持った。

 うわっ!

「持ってってあげるよ」

 仮面マスクの下からくぐもった声で渡邉が言った。渡邉先生に手を触られているのが嫌で、美月はトレーから手を放し、お願いすることにした。先生は先輩達には人気だし、連れていったら喜ばれるかもしれない。

 それにしても、塩対応で有名な先生が自分から来るなんて、なんだか口調も雰囲気もいつもと違って親しげだし、渡邉先生ハロウィンに浮かれてるのかな。こないだみたいな雰囲気にならないなら助かるけど。

 なんて考えていたら、渡邉先生は何も聞かずにスタスタと進んで行く。

 え?先生、場所分かるのかな? ……方向違うけど……。

 慌てて追いかけながら渡邉に問い掛ける。

「先生、どこ行くんですか? そっちじゃないんですけど……」

「ちょっと寄り道。一条さんに見せたいものがあるんだ」

 仮面マスクのせいで表情が見えない。声も違って聞こえるから、渡邉先生じゃないみたいだ。

 この仮装、怪人ファントムかな? と考えながら美月は渡邉の後をついていった。



 渡邉がトレーを下ろしたのは、ベランダに続く掃き出し窓のある角のテーブルだった。周囲に電飾が少なく、他より暗めのことと、スピーカーがないのか音楽が小さく静かなことから、比較的人も少ないエリアだった。

 美月は直感的に、早くこの場を離れたい、と思っていた。

「ここ、出てみてごらん」

 ドアを開けてベランダへと促されて、仕方なく渡邉のマントの脇を潜りベランダへと出た。

「うわっ!」

 ベランダの外の木々にも鮮やかな電飾が配されていて、ちょっとしたイルミネーションのように輝いていた。部屋の照明あかりが暗い分、綺麗に見えている。

「きれいーっ……知りませんでした。外も飾ってるんですね」

 渡邉を見上げようと顔を回すと、すぐ近くに渡邉の顔があった。

 え?!

 仮面マスクは着けておらず、白い肌が間近に映えた。目の前にある口から白い息を吐いている。眼鏡が光を反射していて、奥にある目は見えない。

 驚く間も無く、美月は後ろから渡邉のマントにつつまれる形になった。

「せっ渡邉先生?!」

 身体が硬直して動かない。

「少し寒いからね、風邪を引くといけない……」

 マントの中で、先生の手が私の肩に触れる。肩とか、腕とか、首とか、鎖骨とか……。目で確認できないから、感触だけで判断してるけど、身体で判断しなきゃと意識を感覚に飛ばすと、余計にどこを触られているのかわからなくなってくる。腕に絡むように進んだ手は、私の手のひらを捕まえて指を絡ませてくる。

 絶えず動き続ける手が、別の生き物みたいで生々しくて、……いやらしい。

 顔のすぐ横で渡邉先生が囁き始めた。

「意外と知ってる人は少ない特別席なんだ、綺麗だよね。一条さんと僕だけの秘密にしようと思って」

 声と一緒に出る吐息が耳や首筋にかかる。

「な……んっ……で……」

 なんでこんなことするんですか、やめてくださいって叫びたかったのに、絞り出せた声はこれだけだった。

「他の生徒はみんな僕に好意的なのに、一条さんって少し余所余所しいよね。何故?」

 怖くて、怖くて、震えて、もう声が出ない。

「震えてるの?寒いならもっと温めないと」

 あぁ……もうどこをどう触られているのかわからない。

 分からないけど、渡邉先生とすごく密着していることだけは分かる。

「一条さん、可愛い。余所余所しいのは、僕のことを男として意識しているからでしょ」

 首筋に生暖かいものが触れる。

 秀ちゃん! 秀ちゃん! 秀ちゃん! 助けて!

 イルミネーションが涙で滲んで、秀ちゃんは助けに来ないって告げていた。

 嫌だ! 秀ちゃん! 私に勇気を!

 ペロッ

 首筋に触れていた生暖かいものに舐め上げられた瞬間に、美月は渾身の力を振り絞って渡邉を突き飛ばした。

 ━━━けれど、渡邉のマントから飛び出しただけで、少し体勢を崩した渡邉は変わらず窓の前に立ち塞がり、美月をベランダに閉じ込めていた。

 ハァッハァッ……何故か息があがり苦しい。目は潤んで視界が滲んで、逃げ出せる道はまったく思い浮かばなかった。

「そんなに勿体振らないでくれよ」

 何事もなかったように美月の手はまた渡邉の手に捕らえられた。必死で振り払おうとするけれど逆に引き寄せられてしまう。

「知ってるんだろ?大丈夫、誰にも言わないから、同じことを俺ともするだけだよ」

 渡邉の胸に押しつけられ身動きが取れない美月に渡邉が囁く。押さえつけられる力が緩むのと同時に、渡邉の顔が近づいてきた。美月は必死で逃れようと身体を捻り続ける。

「王子様だって? 義理のお兄さんとはどんな風にしてるの? 俺との方が良いって思わせるから……」

 ガラガラッ!!

 渡邉の背後の窓が勢い良く音を立てて開いた。

 とっさに美月を背に隠し、渡邉は部屋の方を振り向いた。美月も必死で渡邉の背から首を伸ばす。

 全開の窓枠の向こうに立っていたのは、3年生の金井栞だった。

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