第3話 ニンフ達の遊興①

一条邸が警察の訪問を受けた11月より5ヶ月前の6月

希望ケ丘女子学校 講堂


「今年の阿久津さん、ザ・刑事って感じの人だったねー」

 1年に1回、希望ケ丘女子学校では地元警察署に依頼し、全学生に向けた講話を実施している。

「刑事ドラマみたいな雰囲気がかっこいいって騒いでた先輩たち居たけど、私は途中で眠くなっちゃったなぁ。警察官でも、秀平さんみたいなイケメンを呼べばいいのに! 皆もっとしっかり話を聞くと思うんだけどなぁ~」

 講堂からの廊下、軽く伸びをしながらしゃべる香鈴奈に、横を歩く美月は首を振った。

「いや、逆に厳しいと思うな。秀ちゃんが50分も真剣な顔で話したら、もうそれ、ちょっとした写真集だよ」

「写真集? 何それ」

 2人の会話に興味を持った近くを歩く同級生クラスメイトが近寄ってくる。美月は彼女たちにも目線を配りながら続けた。

「お父さんとお母さんがトロントに行ってから、秀ちゃんの保護者キャラが年々強くなってるのね。真面目なこと言われること増えたんだけど、整った顔に真剣な眼差しって破壊力すごいの。見慣れてる私でもうっかりするとつい見惚れちゃってて、秀ちゃんの話全然聞こえてなかったりする……」

「「えぇ~っ」」

 贅沢な悩みに一同ワッと盛り上がる。淡々と困り顔で話す様子に、少しも嫌みを感じないのは美月の長所かもしれない。

「うわっ想像出来た。動く写真集。確かに何も聞こえなくなりそう……」

 香鈴奈の同意に、他の子達もめいめい話し始める。

「めっちゃ見すぎてて、私と目があった! とか、私を見てた! とか騒いじゃうやつだ!」

「あー! ライブとかで良くあるやつ!」

「1対1とかムリ!」

「「絶対ムリ~っ」」

「阿久津さんくらいがちょうど良いのかもね!」

前言撤回! と香鈴奈は美月に笑いかける。

「ちょうど良くても寝てたくせに~」

 美月は愉しそうに笑い返す。

「えぇ~! 眠くはなったけど、寝て……たのバレた?!」

 「「バレバレだよ~っ」」


 ワイワイとはしゃぐ下級生の少し後ろに、距離をとりつつを歩く3年生の集団がいた。

 ━━2年の大西香鈴奈だ。

 3年1組の、林真帆を中心とした仲良しグループの4人は、前を歩く下級生を眺めながら皆同じことを心に思っていた。

 大西香鈴奈は、去年入学してきた新入生の中で、一際明るい存在感を放っていた。楽しそうなおしゃべりの声や、笑い声が聞こえると思って見ると、いつもそこには大西香鈴奈がいた。

 特に美人という訳ではないが、小さな顔にバランス良く配置された目鼻、愛くるしく変わる表情。中学生らしい細く伸びる手足は、常に元気に動いていて小鹿バンビのような魅力にあふれている。「周囲に愛されている」を体現するような少女。

 ━━気に入らない。

 当時2年生だった真帆たち4人は、大西香鈴奈という存在を認めるやいなや、否定することになった。

「騒がしい子が入ってきたのね」

「ご両親は地方公務員ですって。だからじゃなぁい?」

 旧財閥系企業の役員で、政財界にも力を持つ父を持つ真帆の敵ではないと思った。

「家柄通り、外見も庶民的じゃない」

「真帆とは勝負にもならないわよ」

 真帆は余裕たっぷりの表情で微笑むことで、同意を返した。

 いつも先に周りが口にするので自分から言うことは少なかったが、真帆自身、女優として芸能活動の経験もある母譲りの容姿には、誰と比べても、自信と満足を感じていた。

 そして、同等クラスの両親を持ち、外見にも磨きをかけている、このとりまきの友人たち。中等部では一番華やかなグループで、その中心は私。

 あんな小鹿バンビ、気に留めるまでもない。

 そう思っていたのだが、状況は望まぬ方向へと変わっていた。

 一ヶ月ひとつきも経たないうちに、大西の側にいつも一人の少女が居るようになった。いや、逆なのか。

 一条美月、どちらかといえば地味な存在だが、清楚で可憐、真珠色の肌に緑の黒髪、大きくぱっちりとした目と赤みの強い唇でビスクドールのような美しさの少女だった。普通に考えれば常に目を惹きそうな容姿なのだが、一人でいると他の生徒の中に埋没して存在をまるで感じさせない。正直、大西のそばに現れるまで、そんな新入生が居たとも知らなかった。

 それが、大西の側に居ることで、常に大勢の目を惹くようになった。大西の明るさが、否応無く彼女を照らすのだ。また、彼女の美しさが、大西の放つ明るさに華を添えた。小鹿バンビに黄金の角が生えたようだっだ。二人の存在感は、学内で徐々に強まり、一年経った今、真帆たちグループは無視ができなくなっていたのだ。


「また、周りに聞こえるような大きな声で」

「一条さんのお兄さんの自慢話、好きよね。自分に自慢出来るネタがないんだろうけど、一条さんのネタで自慢とかうっとおしー」

 とりまきがディスりトークを始める。

 自分達だって、私をダシにしてマウント取るじゃない、自爆してるわよ、と真帆はいつものように内心で皮肉った。

「もう学内で知らない人いないんじゃない? 一条さんのお兄さんがスーパーイケメンって」

「騒いでるのは大西さんだけでしょ? どの程度のイケメンなんだか」

 大西香鈴奈が広めて回っている一条美月の兄。

 ここ横浜からそう遠くない有名大学の大学院生で、王子様級のスーパーイケメン。頭脳明晰、容姿端麗、性格も人柄も良く、妹溺愛の守護神ガーディアンとかいう女子校受け抜群のオプション付き。

 普通に考えれば素直にうらやむしかないのだが、無理矢理否定していることが「敗北」を感じさせるのよね、と真帆は思った。

 いつもは当然のように私をダシにして「自分達・・・」が「勝利」しようとするのにそうしないって。「私でも勝てない」って、私のことまで「敗北」決定してくれてる訳なのよね。確かに私の周りには、そんな異性はいないけど、貴女たちに勝手に敗北決定されるのは不愉快なんですけど。

 真帆はつい、無言になった。気づかないのかとりまきは話し続ける。

「イケメンだったら、今春から来た理科の渡邉先生がダントツじゃない?」

「同感っ!! 優しそうな雰囲気と笑顔が最高!」

「大人の雰囲気がね~! あ、そう言えば、2組の川島さん、お姉さんの同級生の高校生と付き合い始めたらしいの、聞いた?」

「えーっ知らない、そうなの?」

「そう、ちょっと調子乗ってるみたいで、皆に話して回ってるみたい」

「それって、……下品ーっ川島さんらしいといえばらしいのかも、ね? 真帆」

「ほんとね。自分で広めるとかいやらしい」

 川島は、一年の頃、何かと真帆に張り合ってくるような同級生クラスメイトだった。真帆の中では相手にもならないような存在だったが、それだけに何かと噛みついてくるのを煩わしく感じていた。

 真帆が同学年で相手として認めていたのは、金井栞一人だけだった。

 両親の社会的地位と本人の容姿の美しさ。2組の金井栞だったら、張り合われても気分が良かったかもしれないし、自分磨きにプラスになったかもしれない。このニュースも金井栞の話だったら焦ったりしたのだろうか。

 川島では自慢気に広めている下品さしか感じないわ、と真帆は少し可笑おかしかった。

「いやらしいと言えば、ほんとにいやらしいの! 川島さん! この夏には、その彼氏とロストバージンするんだって言って回ってるらしいの!」

「「えぇーっ!!」」

「高校に上がる前には経験しておきたいとか、エッチを知らないとかダサいとか、結構凄いことに言ってるみたいよ」

「「いやらしい~っっ」」

 真帆は愉しそうに笑うとりまき達に合わせて笑ったけれど、心の中が無性にチクチクし始めるのを感じていた。

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