第6話 Bidirectional Shooting Star

 11月12日火曜日、登校してくる生徒達の中を走り抜け、一人の生徒が2年1組の教室に飛び込んで来た。

「美月ぃ~っっっ!!」

 朝、教室についたばかりの美月を香鈴奈が襲来する。

「お、おはよ。か……」

「おはよっかもんっっ」

 腕を掴まれ、美月は教室の外へと強制連行された。

 辿り着いたのは、運動場に面した校舎の二階の廊下で、運動場を見下ろせる窓に多数の観客ギャラリーが集まっていた。すみません、通ります、と観客ギャラリーの隙間を窓際へと進んでいく香鈴奈に引っ張られながら、美月も周囲に頭を下げつつ着いて行く。

 窓際の一角には、バレー部の1年から3年までが6~7人居て

「香鈴奈、おかえり!」「間に合ったね、何も動いてないよ」「一条さん、おはよー」

等と声をかけられた。

「おはようございます。なんの騒ぎですか?」

 尋ねながら窓の下に目をやって美月は息を呑んだ。

「噂の事務員さん、高尾が運動施設案内したいからって、バレー部の朝練途中で中止させられたんだよ」

「それなら一緒に案内したいって言ってみたんだけど、追い出されるし。高尾まぢムカつくんですけど!」

 窓の外を注視しながら、バレー部の子達は不平をこぼした。

「見て! 美月、つむじしか見えないけど、噂通りかっこいいオーラを感じるよ!」

 香鈴奈が本気なのかふざけてるのか分からないようなことを言う。

「つむじだけでかっこいいとか分からんって」

 バレー部による速攻ツッコミが放たれる。チーム連携ワークは高めのようだ。  

 高尾先生と事務員さんが立つ後方の斜め上から見下ろす形になるため、事務員さんの方へ顔を向けている高尾先生は別として、周囲の構造物と比較して捉えられる全体の背格好と、後頭部しか見えなかった。

「顔見たいな~。高尾と位置逆ならいいのに」

 昨日彼を間近で見た美月の脳内では、記憶補正により、表情優しく高尾と会話する彼の姿が再生されていた。

 つい、吸い込まれるように窓枠に手を掛け、窓ガラスに顔を寄せると、彼がゆっくり振り返り、こっちを見上げた。

「「わ! こっち見たー!!」」「「かっこいい!」」

 観客ギャラリーは騒然とする。

「えー、なんで?! めっちゃラッキー! ほんとにイケメンだぁ~。うちらが見てるのに気づいたのかな」

「こっち見てるよね、手振っちゃう?!」

 バレー部の子達は色めき立ってあれこれ話し始めた。別の窓から見ている子達も同じように騒ぎ始め、廊下は手を振ったり、ジャンプするもので溢れた。

 ……こっちを見てる……って、自意識過剰かな。

 美月が彼の顔を見つめていると、彼がすっと右手を顔の高さまで上げた。

「「きゃー! こっちこっちーっ」」

 手を振り返して貰えると思った観客ギャラリーは大はしゃぎで窓下に向けて手を振りまくる。

『パチンッ』

 彼は顔の横の高さで指を鳴らすような仕草をすると、少年のような笑顔を見せた。

 え……それって……

「「きゃーっっ!! 笑ったーーっ」」「めっちゃヤバい!! かっこ良すぎ!」

 廊下の盛り上りは最高潮に達した。

 彼はしばらくこちらに笑顔を向けていたが、すぐに高尾先生に向き直り、二人で何やら話しながら運動場を後にした。

「あ~行っちゃったぁ……」「やば! ホームルームの時間になっちゃう!」「行こ行こっ」

 観客ギャラリーも彼らに続き、廊下から撤収を始める。

「うちらも教室に戻ろう。香鈴奈また後でねー!」

 バレー部の子達も散り散りに走り去る。

「美月、うちらも行こ!」

「うん!」

 美月と香鈴奈も教室へと急いだ。


 ホームルーム後、いつものように、授業の準備をしながら香鈴奈とのおしゃべりタイムが始まった。

「噂以上にかっこ良かったね! 事務員さん」

「うん。笑顔にキュンとした」

「お! 美月の厳しいイケメン判定をクリアした?!」

 香鈴奈が嬉しそうに美月の顔を覗き込んだ。

「もー! 厳しいつもりはないけど、秀ちゃんにも匹敵するくらいイケメンだとは思うよ。……実は、昨日温室に寄ったらあの人がいて、ちょっとお話したの」

「えぇっっ!! まぢ?!」

「まぢ」

 美月は少し申し訳なさそうに答える。

「嘘ぉ~!! 昨日部活行かなきゃ良かったぁぁ!! 温室で逢引とかズルい!」

「逢引ぢゃないよー。……まぁ、ズルいとは私も思うけど」

「え!」

 少し驚いた香鈴奈に、美月は照れ臭そうに明かした。

「実物は声も仕草も表情も格段かっこいいの。めっちゃドキドキしまくりだった」

「えぇー! どんな話したの? じゃあ、朝のあれ・・も、もしかして美月にだったとか?」

 香鈴奈ってほんと勘が鋭い。少なくも、私はあの時そう思った。

 美月はそんな図々しいことを思う自分をたしなめ、正直に答えることにした。

「んー、どうだろ?温室のこと誉めて、澤木さんが良く手入れしてたのが分かるって話と、花の名前と花言葉を教えて貰った」

「何それ! 花に詳しい男?! 意外なとこ攻めてくるな」

 香鈴奈はこういう時、嫌味に受け取らないでくれる。すごくホッとする。

 楽しそうな表情かおを見て美月は自然に笑顔になった。

「今度一緒に行った時に教えるね!」

「ありがと! あれはどんな意味?」

 香鈴奈は顔の横で指をぱちんと鳴らす。

「それはわかんない。温室で会った時も一度そんな仕草したから私も一瞬ドキッとしたけど、単に癖なのかも」

「そっかー。美月への合図だったら、かっこ良すぎてドキドキだよね。まぁ、ちょっと会ったくらいの生徒にそんな特別扱いしないか」

「と思うよ。もしされたら、多分絶対惚れる」

 警戒心を解いた訳ではない。でも、それ以上に惹かれる気持ちがあるのは自覚している。

 冷静さを失わないために口にしたら、逆に物凄く恥ずかしさが襲ってきた。

「えぇ!!そんなにかっこ良かったの?!」

 だいぶびっくりした顔の香鈴奈に見つめられ、余計恥ずかしくなって美月ははにかんだ。

 すると、香鈴奈はすごく嬉しそうな表情かおで微笑んだ。

「そうかそうか~。今度二人の時に橘さん温室に来ないかなぁ」

「橘さん?」

「あれ? 知らないの? 自己紹介しなかったの?」

「事務員さん、橘さんって言うの? 向こうも私も、全然自分のこととか話さなかったよ」

 気づいて急に悲しくなってきた。

 そう言えば、相槌あいづちを打っていただけで、会話したと言えるような話はした気がしない。

 ……香鈴奈だったら、きっと昨日一日で特別仲良くなって、朝、当然のように手を振られるんじゃないかな。

 自己嫌悪とリスペクトの想いで香鈴奈を見やると、慌てたように香鈴奈がフォローしてくれた。

「やだ美月、そんなことで凹まないで~。橘さん、自分のことは知られてると思ってるかもだし! 女子校の情報網すごいからさ。私が聞いた情報やつ全部教えるから。次会ったら美月の名前も覚えて貰おう! 橘さんはね、……」

その日一日、お昼休みには他の友達の聞いた情報も合わせて、美月は新人事務員橘さんの話をたくさん教えて貰ったのだった。お昼休みはそれだけではなかったけれど。

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