第7話 School Noise

 11月12日火曜日、トイレや教室間を行き来し談笑する生徒達の間を、挨拶を笑顔で返しながら、一人の教師が2年1組の教室の前までやって来た。

「渡邉せんせーぃっ!!」

 教室の中をのぞこうとした渡邉を目ざとく見つけた香鈴奈が声をかけた。

「大西さん。」

「先生、もしかして昨日と同じ話で来ました?」

「そうだよ。一条さんは……」

 香鈴奈はぴょんっと廊下に出て、渡邉を廊下に足留めすると、

「ごめんなさーい、ほんと、ごめんなさいっっ! ……やっぱり今日も無理になっちゃったんです」

と両手を合わせて頭をペコペコと下げた。大袈裟な仕草に周囲の生徒達が「香鈴奈何やったの~」なんて興味を示す。

「え……」

「友達の誕生会リモートでやろうってことになって。すぐ寮に帰らないとなので今日は無理! です!」

「それじゃぁ……」

「なんだか昨日に引き続きで、うちら先生に申し訳なくて……金井さんのことで話したいことって何ですか?今ここで話すのだとまずいことですか?」

 香鈴奈は真剣な顔で、本当に申し訳なさそうに首を傾けた。

「ここじゃちょっと……というか、話したいのは金井さんと話をしてた一条さんだから、大西さんとじゃ……」

「お呼びじゃないですよね」

 香鈴奈は残念そうな顔でボソリと呟いた。

「いや、そういうことじゃないけど……」

 現れた時からずっと優しさをたずさえていた表情が初めて曇った。

「先生は美月が金井さんとどんな話をしたかが知りたいんですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「え?! 違うの? じゃあ何??」

 香鈴奈は渡邉の顔をまじまじと覗き込む。

 追及の厳しい香鈴奈に、渡邉は一瞬嫌悪感を抱いた。

「都合がつかないなら、またにするよ。一条さんにはそう伝えておいて」

 立ち去ろうとする渡邉を良く通る声が追いかけた。

「先生、来て貰ってもまた都合がつかないと先生に申し訳ないから、今度はうちらの方から先生に声をかけさせて貰っても良いですか?」

 え? と渡邉が振り向く。周囲の生徒達も何事かと会話を中断して注目している。

「美月と予定調整して、だいじょぶそうな日を先生にお知らせするので、連絡するまで待っててください」

 ごめんなさいっと顔の前に手を合わせるポーズをすると、香鈴奈はそのまま頭を下げた。

「わかった。ちゃんと頼むよ」

 渡邉は苦笑いをして足早に去っていった。

 渡邉の後ろ姿を見送りながら、ふぅ、と息を吐く香鈴奈に、周りに居た友人達が「どしたのー」と声をかけつつ集まり始めていた。


「撃退成功しました~」

 美月達が机を寄せている席に戻った香鈴奈は、ぴしっと美月に正対して敬礼をすると、

「とりあえず時間稼ぎ出来た。先生、美月と金井さんが話した内容が気になるみたいだよ? もしかして、噂通り金井さんと渡邉先生ってできてたのかな?」

と椅子に腰掛けながら爆弾発言を落とした。

「「ええー?」」

「香鈴奈やめてー。渡邉先生のイメージがどんどんヤバくなる……」

「香里奈たちがアンチなのはもう十分分かったけど、うちらはそんなにアンチじゃないんだからねー」

「そうだよー。私どっちかと言うとファンだもん」

「私は天文部ぶかつの顧問だから、やりづらくなることあんまり考えたくないんですけどー」

美月以外の4人が困惑を見せたので、香鈴奈は「ごめん、ついー。美月とこじんまりにしとく。」と、立ち上がる。

 机を戻して、美月と二人で話すことにした。

「香鈴奈、なんかごめんね」

 美月が申し訳なさそうに謝る。

「全然。みんなも、渡邉先生がキモイの感じ始めてるから、これ以上考えたくないんだろうし。今日も結構しつこかったよ」

 香鈴奈が珍しく顔を曇らせて言った。

 本当なら香鈴奈だって、イケメン先生だーってきゃあきゃあ渡邉先生のいる学校生活を楽しめてたはずなのに、私が巻き込んだせいで、こんな表情かおをさせてしまってる…。

 美月もまた自己嫌悪に顔を曇らせた。

「あ! でも大丈夫だよ。こっちから声かけるまで待ってくれるように頼んだし、他の子達にも聞かせたから、しばらくは向こうからは来れないと思う」

 香鈴奈は本当に良く考えてくれている。さっき爆弾を落としたのだって、みんなが抵抗を示すのは分かってたはずだ。でも、私のためにわざと落としてくれた。きっと香鈴奈が居ない時でも、祥子ちゃんたちが居れば渡邉先生から私を逃がしてくれるだろう。

 言葉にならない思いで香鈴奈を見つめていると、香鈴奈は少し照れて、「キモイのキモイの飛んで行けーっっ」と手を広げておちゃらけた。美月が笑うのを見て、また話を続ける。

「ねぇ、金井さんとそんな特別な話をしたの? 何話したのか聞いてもいい?」

「……雑談。私が、人見知りな話、に金井さんが無理しなくて良いんじゃないって言ってくれた。あと、人の言葉よりも自分の直感を大事にした方がいい、とか。それだけかな」

 美月は目を伏せて考えながら呟いた。

「え? それだけ? なんじゃそりゃ」

 拍子抜けしたように香鈴奈は言う。

「あとは、そんな私が気に入ったから友達になろうって」

 こんなに心配してくれる香鈴奈に嘘はつきたくない。でも、すべてを言うことも出来ない。

 美月は隠したいことだけを除いて、他が違和感なくつながるように話した。

 実際、渡邉先生が何を話したくて来るのか分からないし。

「えー? 全然渡邉先生関係ないじゃん」

「意味分かんないよね」

 目をぱちぱちまたたかせて私を見る香鈴奈に、私は苦笑いで応えた。

「うーん……、それだけであんなゴリゴリ来るかなぁ? やっぱりただの口実なのかもしれないね。金井さんの話は」

「口実?」

「んー……。美月と二人きりで話したいことが別にあるのかも。うちらには知られたくないことで」

 ふと、美月の脳裏に秀平の顔が浮かんだ。自然に眉が寄る。

「絶対嫌だ……」

「うん……」

わずかな間だが沈黙が流れる。

「それか、金井さんの事故死に渡邉先生が絡んでて、金井さんが美月に何かしら話したんじゃないかと心配してるとか。それなら、実際話した内容にそれらしいものがなくてもおかしくないし。先生の取り越し苦労ってやつ? さっき言った、先生と金井さんができてたって話になるけど……」

「金井さんと渡邉先生が……?」

 それはないんじゃないか? だって金井さんは渡邉先生から助けてくれた。いや、でも金井さんは男性に騙されたような、ひどい目にあったようなことはこぼしていた。「あいつら」の一人、それが渡邉先生なのだろうか?金井さんと渡邉先生が噂通り・・・の関係なら、他の3人も噂通り・・・・・・・・の可能性は高い。それってつまり、渡邉先生がみんなを騙して不誠実に関係を持っていることになる。

「だって噂通りなら、渡邉先生、二股どころか四股だよ!! しかも未成年との……って倫理観ぶっ壊れでしょ。金井さんを事故死に追いつめるとか、ありえそうじゃない?全部学校に言います! なんて言われて、そんな困ることさせないぞーみたいな」

美月が考えたことと同じことを香鈴奈が演技めかして言う。美月はちらと香鈴奈をみると、また目を伏せて考え始めた。

あの日、金井さんは渡邉から自分を守ってくれた、ように思う。それは、渡邉に自分自身が騙されて嫌な思いをしたからだろうか? これ以上被害者を出したくなかったからだろうか? 渡邉がすぐに退いたのは、金井さんが全てを知ってる相手だったから? だとしたら、私に話していないか心配するのは当然だ。ハロウィンのあの・・日は、そう心配するのが当然のシチュエーションだった。

 ちら、ともう一度香鈴奈の顔を伺う、と香鈴奈は

「さすがにないかー。ちょっと悪のりし過ぎたね」

と気まずそうに笑った。

 そんなことはない。金井さんが話した、金井さんを騙した男、それが渡邉先生なのかもしれない。でも、そんな、不確実なことを言うのは不適切な気がした。

「あ!」

 大切なことを思い出し、慌てて美月はスマホを取り出した。

「どしたの? 美月」

「昨日秀ちゃんに連絡するの忘れてた」

 香鈴奈に、ゴメン、と断ってから、メッセージを打ち始める。

「出た! 美月のスーパー守護神ガーディアン!!」

 香鈴奈はイタズラっぽく笑うと、

「いちお、渡邉先生のことも知らせておいたら?美月のこと心配して守護しまもりに来てくれるかも知れないじゃん?」

 ふざけているのか本気なのかわからないテンションで言った。気軽に話せる香鈴奈には、秀ちゃんのことを結構よく知られている。それゆえのテンションに、

「さすがに、学校には・・ないよ。」

と苦笑いした。

「秀ちゃんがその気になっても、学校内に入るのはさすがに無理だし」

「ざ~んねん! 久しぶりにスーパーイケメン守護神ガーディアン見たかったなぁ」

 香鈴奈がそう言い終わったところで、午後の授業の予鈴が鳴った。

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