6 辺獄の元人間達 物となり消費されていく

第16話 辺獄の元人間達 1 貴族たちは食べ物となり食われる立場になる

これはまだ、世界が地獄に堕ちる前のとある人間の貴族の話。


「おい、なんだこれは!! こんな平民の食べる物を僕に出しやがって!!」


 戦時中で民が飢える中、屋敷の中で貴族のわがまま息子が声を荒げた。肉しか食べておらず太った体系の少年ドッペは、メイドに人参を投げつけた。


「ぼっ、坊ちゃま、野菜を食べないとお体に…」


「うるさい!! こんな平民の食べ物を僕に見せやがって!! おまえはクビだぁ、消えろ!!」


「そ、そんな…お許しを!!」


 料理を担当したメイドが無慈悲にも男達に連れていかれた。人参やジャガイモなど畑の野菜は平民の食べる物と忌み嫌われていると貴族の子供は教育を受けたので、こうした偏見はあたり前のようにあった。


「あぁ、くそ!! こんなもの!!」


 ドッペは床に落ちた人参を踏みつけ舌打ちすると、そばにいた若いメイドにいやらしい目を向ける。


「おい、僕は今イライラしているんだ…わかっているよな?」


「は、はい…」


 メイドは震えながらうなづいた。先ほどクビを言われたメイドのようにここを追い出されれば働き場を失う。この戦争中にひ弱な少女がまともに稼げる場所は限られており、このわがままなドッペの性的な相手も我慢しなければならない。


 ドッペだけでなく貴族社会は身分差別が激しい。身分による不当な利益接収、奴隷商や犯罪組織との悪徳関係など平然と行われている。ジャンヌはこの差別を変えようと戦争が終わった後も奮闘したがそれが貴族たちの逆鱗に触れてしまった。


 ジャンヌが処刑された後も、権力の暴走は続いてしまった。犠牲となった者の魂は老いも悲しみもない楽園へと昇り、間違った権力者たちは永遠に地獄に閉じ込められるのであった。



 5人のシスター達により貴重な食料や水を奪われた辺獄の住民。


 比較的罪の軽い者とはいえ、ジャンヌに対し石を投げ冒涜したとして神々に見捨てられた事には変わらない。


「おい…メシは、もうないのか…」


「だめだ…もう腐った野菜ぐらいしかねぇ…」


「くそ…もう、食い物がねぇぞ…」


 人族のみの集落から食料を求めて猟師である男達が立ち止まっていた。水も緑のないこの世界でわずかな食料を分け合い食料を求めて旅立ったが、既に食料が腐った野菜しか残っていなかった。


「このまま俺たち飢えて死ぬしかねぇのかよ…」


「あぁ、もう駄目だ…」


 男達が絶望に嘆き村に引き返そうとした時、何かが傍を通った。


「ぶひぃ?」


 一匹のよく肥えた豚が男達の視界に入った。


「あっ…あ…」


「にく、にく…」


 なんでこんなところに豚が? どこから来たのか? 考える事はあったが、空腹を押し殺して最後の食糧である腐った人参を置いてその場から立ち去った。


一方で豚の方も空腹で、鼻を動かし腐った人参に気づいてゆったりと歩く。


(食べ物…食べ物…)


 豚の正体は一度死んで豚として蘇ったドッペだった。空腹のせいで生前粗末にしていた人参にかぶりつく。豚になったおかげか腐っているのも気にせず平らげてしまった。


「くちゃ、ぺちゃ…」


 久しぶりに何かを口に入れ満足な声を上げると、どこからか弓が飛び足に刺さった。


「ぶぎぃぃぃぃ!?」


(い、いだぁぁぁぁ!!!!! )


「捕まえろ!!」


「おい!! すぐ解体すっぞ!! 頭、押さえてろ!!」


「頭を砕くぞ!! おらぁ!!」


 隠れていた猟師たちが足を怪我したドッペ豚をロープで拘束すると大岩で頭の骨を砕き瀕死になる。


(いだぁぃ、いだぃぃ、ぃだぃぃ…あだま、われるぅぅ)


 動かなくなり意識が朦朧とするドッペ豚。男達は久ぶりの肉に大喜びしてさっそく解体を始める。大きく太って腹にナイフを通し、大量の血が流れ内臓を引き出され手足やシッポも切り取られていく。


(あぁぁぁぁぁぁ!!!!!! やめでぇぇぇ、 いだぃぃぃぃ、 おながぁいだぃぃぃぃ たずげでぇ!! どうざまぁ!! がぁざま!! )


 全ての肉を解体され、男達の腹の中に入った後にドッペはまた豚になって生き返る。


(うぁぁぁぁぁ!! やだぁ、やだぁぁぁぁぁ!!!!! 誰がぁだすげでぇぇぇぇ!!!!)


 豚となり言葉すら離せないドッペを助けてくれる者はいない。食料がないこの辺獄では貴重な食料であり人前に出れば間違いなく狩られる。


「ぶひぃ…ぶぅ!?」


 ドッペは宛もなくさまよっていると見おぼえのある女性を見て手足を必死に動かした。その女性は生前ドッペの身の世話をしていたメイドの一人で、人参を入れクビになった人だった


(おい。おまえぇ!! なんでこんなところに? いや、それよりも僕を助けろ!!)


「ぶっ!! ぶっ!!」


「ぶ、豚…? 」


 元メイドは突然現れた豚に驚き逃げる。


(お、おぃ!!)


 ドッペは彼女の後を追って古びた小屋の中に入っていく。


(くそぉ!! あの女…どこに…いだぁ!!)


 小屋に入ると突如、頭上から家具が降ってきた。気づけば、包丁や棒など武器を持った女性達に囲まれドッペは動けなくなるまで彼女たちに攻撃された


(ぐぇ!! やめろぉ、僕にごんな、ごどしでぇ、ごろじでやるぅぅぅ…)


 ドッペが彼女たちに聞こえない叫びをあげた。


「この、豚…あのクソドッペに似てイラつく!!」


「クソドッペ!! クソドッペ!!」


「女の敵ぃ!! 死ねぇ!!」


(ひぃ!?)


 ドッペが自分の名前を呼ばれ彼女たちの正体に気づいた。


 この小屋にいる数人の女性達は、ドッペに仕えていたメイドたちだった。


 ドッペにより使い捨てにされた彼女たちは権力者に蹂躙された者で本来なら楽園へ導かれるはずだった。だが、クビになり荒れてしまって犯罪に手を染めてしまった。


 生きるために強盗や殺人を罪を重ねて楽園に行く権利を失い彼女達は辺獄へ落とされてしまった。


 そして彼女たちは目の前の豚がドッペだと気づかないままリンチを続けた。


「私は何も悪くないのに…坊ちゃまが…あの子が悪いのよ!!」


 人参を入れたせいでクビになり、汚れ仕事と盗みを続けてきた元メイドがドッペの腹を何度も、何度もナイフで刺した。猟師たちの解体と違い乱暴に刺され、痛みが増し大量の血が流れていく。


(いだぃ、いだぃ!! いだぃ!!)


 ドッペはやがて恨みと怨嗟を持った元メイドたちに時間をかけて暴力を振るわれ動かなくなる。


「はぁ、はぁ…」


「熱く、なりすぎた、わね…さぁ、解体するわよ」


 かつて貴族の子供のせいで未来を奪われたメイドたちは辺獄でも逞しかった。すぐに豚を解体して彼女たちの胃を満たした頃にドッペは再び辺獄のどこかで生き返る。


(いやだぁ、いやだぁ…人間に戻りたい、もう食べられたくない!!)


 ドッペは人気のない場所を求めさまようしかなかった。人間以外のドワーフやエルフにも見つかり食料としてすぐに殺され、また生き返りを繰り返した。


 どんなに悲鳴を上げようが、心の中で自分は人間だと叫ぼうが誰も気づくことはなかった。


(とうさま…かぁさま…)


 父や母を探し何度も食われて生き返るうちにドッペは果実が実った木々の前に倒れていた。


(木の実だ…たべたぃ、たべたぃ…)


 木々に実っている木の実を見て立ち上がるが四足で短い手足では木の実には届かない。


(食べ物、食べ物、食べ物…)


ドンッ ドンッ


 大きな体を使い木を体当たりして木の実を落とそうとするが、落ちない。すると、どこからか声が聞こえた。


(やめてくれぇ!! 私も人間だぁ!!)


(ひぃ!?)


 突如、木から人間の声が聞こえた。すると、他の木からも大小様々な声が聞こえてドッペに助けてくれ、自分も人間だと叫んだ。


(こ、この声…ノッゾおじさん!?)


 ドッペはさっきまで体当たりしていた木が自分をかわいがってくれた親戚だと気づいた。そして、ノッゾの傍にある木から聞き覚えのある声がして駆け寄る。


(ドッペ!! あなた、そんな姿に…)


 (ぉお、ドッペよぉ!! 我が息子よぉ!!)


 大きな実を宿した二つの木から、両親の声が聞こえドッペは涙を流し寄り添った。


(父様!! 母様!!)


 辺獄で何度も殺され愛しい人に会えて安らぎに涙が流れた。


 ここに木にされた者は腐敗した貴族だった。ドッペを見ればわかるように身分を利用して悪いことばかりして他人から搾取してきた。そのため、今度は自分達が搾取される側になった事実に、すぐ気づくことになる。


「お、おい!! 食べ物があるぞっ!!」


 どこからかやってきた人間達がノッゾ達元人間の木の実を見つけ駆け寄る。


 ぶちっと木の実をもぎ取り、人間の男はおいしそうに熟した木の実を食べ毒がないとわかると仲間たちは木の実を次々と口にしている。


一方で木の実を取られた元人間の方は。


(やめでぇぇ!! いだぃ!! 木の実とらないでぇ!!)


(うがぁぁ、いてぇ、やめろぉ!! それは、俺たちの体の一部なんだぁ!!)


(この、ゴミ平民ども!! いだぁぁぁ!! )


 木の実は彼らの体の一部で、取られると痛みで苦痛の叫びをあげる。だが、人間の彼らはその声は聞こえず、唯一人間でも木でもない豚のドッペだけが木の悲鳴が聞こえていた。


(く、くるな!! 私は×××家の当主だぞ!! 貴様たち、今すぐ私たちを助けっ…ぎやぁぁぁ!! 返せ!! その実をとるな!! かえせぇぇぇ!!!!!)


 ノッゾが取られた実を返せと叫ぶが、男達は実の味にはまり次々と口にして、ノッゾの木の実は瞬く間に全て食われて、ノッゾは痛みで呻き声しか出せなくなった。


(いやだぁ、いやだぁ、もう食べられたくなぃぃぃぃぃ!!!!!)


 ノッゾの実が全て食われ、人間に狩られ食われる恐怖で両親を見捨てて逃げていく。


(ドッペッ!! 助けてぇ、いやぁぁ!! 返して!!)


(ドッベッ!! ドッペッ!! ぐぁぁぁぁぁぁ!!!!!!)


 背後から木の実をもがれ痛みに悲痛な叫びをあげる両親の声が聞こえたが、ドッペは短い手足を必死に動かし振り返らず走った。


「おい。あそこに豚がいるぞぉ!!」


「逃がすな!! 捕まえて、解体するぞ!!」


 男達に見つかり追われるドッペ。頼りにしていた者たちは木になり搾取され、傲慢な貴族の子供はこの先も辺獄の人々に餌として食われていく。


(いやだぁ、いやだぁ!! 助けて!! 僕は人間だぁ!! 豚じゃない!! 食べないでぇぇ!!)


 ぶひぃ!! と悲痛な叫びを上げるがすぐに男達に捕まり解体されて肉塊になった。


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