第14話 それぞれの絶望地獄4 知恵を失うグリ、絶望の幻に泣くピー

5人の堕落したシスターの一人グリは、膨大な本がある図書館の中にいた。


「…なるほど、ここは地獄で私たちがいたのは辺獄ねぇ…」


 本のページをペラペラとめくり地獄に関する知識を得ていく。


 辺獄には生前罪の軽い者が劣悪な環境の中で暮らし、地獄の奥では亡者が罪深い者に永遠に責め苦を与える。グリ達は魔法があったから亡者を撃退して進み、辺獄に偶然辿りついてしまった。


「亡者はこちらの攻撃を受けても死なないか…確かに魔法が効いている様子もなかったから…はぁ、面倒なところに来てしまったわね…」


 手に持っていた本を閉じテーブルの上に置く。既にテーブルの上には10冊ほど本が置かれたった数分で読破してしまった。魔法の力が自分の代でなくなり、親から見捨てられたグリによって本は唯一の友であり癒しであった。


 知識だけが信じることができ、いつしか博識となった教会の中で中堅の地位を手に入れたがやはり魔法が使える者が優遇されて日陰に追いやられた。


 どうして魔法の名家である自分が年下で平民の子に命令されないといけないの?


 なんで、自分はちゃんとした魔法の血を持って生まれなかったのか?


 劣等感が日に日に高まり、魔法が使えるエルフにも敵愾心を持つようになった。


 だが、ガエルの実験に選ばれシーマから魔法の力を奪って手にしてから、魔法が使える平民や何も罪のないエルフを鬱憤を晴らすため首を切り落とした。


 首を切り落としたのは、自分は貴族でありそれ以下が自分と同じ目線など許せないからだ。


「亡者と戦うだけ無駄ね、辺獄で隠れられる場所は…」


 生き延びるために本を探すグリ。適当に本を取りページめくる。地獄の抜け道や隠れ場を探すうちにグリは呆けた顔になる。


「あれ、私…何してたっけ…?」


 自分達の隠れる場所を探していたはずなのに…あれ? 私たち? 他に誰かいたっけ?と急に仲間のことを忘れていた。


「まぁいいか…」


グリは何か大切なことを忘れた気がしたが、本に集中する。


 地獄に住む亡者の正体は、悪しき者から苦痛を受けた者の記憶から切り離され生まれた存在で不死身の存在である。そして苦痛を受けてきた者の魂は一切の苦しみを持たず楽園で暮らすことができる。


 地獄の底の世界は一切の光もない闇の世界で、そこは生も死もない無の空間である。


 地獄から逃れるには、神に認められた者から赦しをもらうことで楽園への階段が表れる。


「ふ~ん、楽園かぁ…あれ、私…なんでこんなところに?」


 テーブルに積まれた本がさらに10冊増えたところで、キョロキョロと周りを見る。グリはどうして自分がこんなところにいるのか不思議な顔をしていた。


「まぁいいや…ふぁ~~」


 自分の異変に気付く様子もなくそのまま本を読み続けた。そして、30冊ほど読み終えたところで恐怖で震えあがる。


「あれ…ここ、どこ…私…だれ?」


 グリはもはや自分が何者で、どこで生まれたのか忘れていた。いや、記憶を奪われていた。


 ここは地獄の図書館。地獄に関する知識を得る代わりに、これまで蓄えた知識や記憶を失う。既に仲間のギンやイーロ達だけでなく、自分を見捨てた家族や力を与えてくれたガエルのことも思い出せない。


どうやってここに来たのか? いままでどうやって生きてきたのか? 


蓄えてきた知識や知恵が失われグリは泣き叫んだ。


「うぁぁぁぁぁ!!!!!! 誰か!! 誰かぁいないのぉぉぉ!? 」


 寂しさと恐怖で叫ぶが返事が来ない。震えて縮まるグリは心の安定を求めて床に散らばった本を手にした。記憶を失っても本を読めば安心できる。普段の習慣が体が覚えていて、次々とページをめくり、さらに発狂していく。


「あはぁ…じ、じごく…で死ぬと、その存在は主の思うまま…う、ひひひ…」


 やがて言葉すらも口にできず、知識と知恵におぼれた少女は本しかない場所で一人寂しく横たわる。


「くしゃくしゃ...ぺっ...」 


 空腹だが既に食べ物すら認識できず本のページを口にしては吐き出し、やがて餓死して動かなくなった。



 絶幻ぜつげんの間。地獄のどこかに存在して望んだ物を映し出す空間。


 色欲におぼれた男なら、自分好みの美女のぬくもりや臭いが再現される。


「はぁ…はぁ…お前は、本当にいい女だなぁ…」


 男は何も言わず無言で抱かれる美女を強く抱きしめた。男は生前、ゴリラのような体格と顔つきのせいで友人や親族から「獣」だと馬鹿にされた。女は寄り付かずいつしか女に対しての劣情が募り、戦時中は敵味方関係なく女性を襲い続けた。


 他にも、この空間に堕ちた者はいた。貧しさと空腹に耐えきれず石で殴殺して食べ物を奪い続けた少年は大量のパンをひたすら貪る。


「ごっく!! ぐぅ!! はぁ、ぜんぶ、ぜんぶおれのだぁ!!」


 さらに他にも、無能で回りを困らせていた老人貴族は顎で優秀な臣下を使い排泄から入浴など全て自分では命令を下して臣下にさせて怠惰な生活を送っていた。


「ふほぉ、ふぉ!! そら、しっかりとワシの尻をふけよぉ。それと、食事は最高級の肉とワインを…後、ベッドは硬めのに…」


 傍若無人に老親は命令を続けるが臣下たちは嫌な顔をせず堕落した老人の命令を忠実にこなす。


 ここでは誰もが初めは望んだ物が手に入り欲望が満たされ幸せな顔を浮かべる。しかし、幸福に絶頂した次の瞬間には幻は絶望に変わる。


「う、うぁぁぁぁぁ!!!!! な、なんだてめぇぇはぁぁぁ!!!!! ぐぅぅぅぅ!!!!」


「うほぉ!! むぅほぉ!!」


「や、やめろぉぉぉぉ!!!!!!」


 ゴリラ男が抱いていた美女が突然、自分似の雌ゴリラに姿が変わり無理やりキスさせられた。力いっぱいにメスゴリラの手から逃れようともがくが、強力な腕力で逃げることができず、体中を触られ男として大切な性器を弄ばれ、自身が女性達にしてきた恥辱の苦しみが永遠に続く。


 次に、パンを貪っていた少年に異変が起きた。口から大量の血があふれ出て歯が全てボロボロになり、少年がパンと思って口にしていたのはパンの幻で隠された石だった。


「ぐぇぇぇ!!!!! げぇ!? な、なんでぇ…い、いきがぁ…げぇ…」


 これまで石で殴殺してきた少年の体内にはパンだと思い大量に食べてしまった大量の石が入っていた。しかも、喉に石が詰まったせいでわずかな鼻呼吸しかできず胃袋の中で石が当たり腹痛に襲われて横たわる。


 そして、最後に残った老人は。


「や、やめろぉ!!!!! わ、わ、ワシの体をかえせぇぇぇ!!!!!」


 臣下たちの手により体をバラバラにされ老人はベッドの上に首だけが生きたまま乗せられていた。臣下たちは「ご命令をもらう口以外は不要なので捨てます」と老人の目や鼻、耳までも奪い、何も見えず聞こえない口だけになってしまう。


そして、首以外の体を処分すべく切り刻み焼却して処分しその痛みは老人に伝わる。


「あがぁぁぁぁ!!!!!! ぎぃぃぃぃぃ!? やめろぉぉぉぉぉ!!!!! わしの体をがえぜぇぇぇぇ!!!!!」


 命令を下す「口」以外全てを失った老人の叫びは無視された。


 そして、この3人以外にも一人ピンク髪の少女が幻の中両親と楽しく夕食を摂っていた。



「よかったわね、ピー。素敵な婚約者が見つかって」


「これで我が家も安泰だな!!」


 暗殺者であったはずのピーは貴族の娘として、幸せな毎日を送っていた。優しい両親や使用人と共に暮らし、良家の婚約者との結婚を控えていた。


「父様、母様…」


 普段の無口な彼女と違い、この幻の世界のピーは殺しどころか血すらまともに見たことのない少女だった。


 花嫁に行く娘のためにと部屋の隅にはウェディングドレスが飾られていた。もうじき、あの純白の衣装を着て新しい人生が始まる。期待を胸にピーがドレスを見ていると屋敷のどこからか悲鳴が上がる。


「きゃぁ!!」


「ぞ、賊だぁ!! ひぃぃぃ!!!!!」


 使用人たちの断末魔が徐々に近づき、父親が様子を見るため扉に手をかけた瞬間。扉ごと父親が細切りになり、血肉が部屋中に散った。


「え…え…?」


「あなたぁ…い、いやぁぁぁぁ!!!!!!」


 母親は目の前で夫が散ったショックで悲鳴を上げるが、侵入者は鋼糸を巧みに操り母親の体を引き裂き瞬時に血肉に変えた。


「父様…? 母様…?」


 さっきまで幸せな光景があった食堂は親愛していた2人の血肉で染まり、純白のウェディングドレスは真っ赤に穢れた。


「なんで…なんで、こんなことを…」


「これは、あなたがしてきた事よ」


 侵入者が明かりの元に姿を現す。それは小柄でシスター服を着たピーだった。


「なんで…私、と同じ顔…?」


「私には家族がいない、なのに他人には家族がいて憎いから壊してきた。あなたが、全て。」


「な、なによ…私が何って…?」


「これはガエルに命令されて最初に壊した幸せ。あと少しで公爵家の男と結婚して安泰になるはずだった少女の最後。これから、あなたには犠牲になった者の絶望を受け続ける」


 シスター服のピーが手を軽く振り、令嬢のピーは血肉となって散った。


「はぁ!? はぁ、はぁ…ゆ、夢?」


 悪夢から目を覚ましたピーは額の汗をぬぐいベッドから飛び起きた。


「どうしたんだ? こんな夜中に…?」


「ご、ごめんなさい。あなた…」


 隣で寝ていた夫が眠たそうに起き、腹部が膨らんだピーは謝る。二人は最近になって新婚になり既にピーの体内には新しい命が宿っていた。


「あぁ、そんなに汗をかいて…ほら水を」


 夫から水を渡されごくごくと飲み干した。少し苦い味がしたが、悪夢の後で気にする余裕もなくピーは夫に抱かれる。


「大丈夫かい? もしかして出産が不安?」


「えぇ…少し、悪い夢をみて…」


「大丈夫さ、もう少ししたら僕ら3人の新しい生活が始まるんだ…だから…」


 夫の言葉は続かなかった。ピーの体が夫の首から噴き出た出血で染まり、力なくベッドから倒れた夫の背後にはまたシスター服のピーが立っていた。


「いやぁぁぁぁ!!!!! あ、あなたぁぁぁぁっっっっっ!?」


「これは、出産する女性に醜い悪意を持った時に殺した夫婦の最後。自分はガエルの実験で体を改造され子宮を摘出されて子供が生めないから、子供にも憎しみを抱いたあなたの姿」


 シスター服のピーが説明すると、妊婦のピーは突如血を吐き出した。


「ぐぇぇぇ!? ぎ、ぃぃぃっっっっ!!!!!!」


「血に汚れた私を抱ける男なんていない、子供が生めない私を誰も見てくれない。憎い憎い憎い…子供なんて生まれてこなければいい、だから二度と出産できないように子宮を壊す毒を使った」


「ぐぇ、ぞ、ぞんなぁぁぁ…」


 血を吐くピーに残酷な現実が突きつけられた。いつの間にか夫を殺害して、まだ生まれていない子供を毒殺した暗殺者は姿を消していた。


その後、ピーは騒ぎを聞きつけた隣人に助けられすぐに医者に運ばれると命だけは助かった。だが、暗殺者が水に仕込んだ毒のせいで子宮は死滅してしまった。


「あなた…ごめんなさい…」


 大切な人を失い、二度と子供が生めない体になってピーは絶望に泣きシーツを破き一人首を吊って亡くなった。


 三度目の幻は母親の悲惨な最後だった。


「やめてぇぇぇ!!!!! 娘たちには手を出さないでぇぇぇ!!!!!」


 母親であるピーはガエル配下の騎士に連れていかれた2人の娘に手を伸ばす。


 娘たちも必死に母親を見て「助けて、母さん!!」と叫ぶ。


 ピーの夫が敵に情報を売り渡したスパイの容疑がかけられ、一家は教会に連行された。


 既に夫は処刑されてピーは硬いベッドの上に拘束され目の前にいるもう一人の自分に拷問されていた。


「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!! いぎぃぃぃぃぃ!!!!!!!」


 拷問官のピーに先端に太い針がついた管を何本も刺されて苦痛の叫びを上げる。どんなにやめて、助けと叫ぼうが自分と同じ顔をした拷問官はやめない。


「これは、ガエルが魔法の血欲しさに適当な人間を捕まえた時。ここに連れて来られたら最後、全身の魔法の血を抜かれて死んでいく」


「そ、そんなぁぁぁぁ!? あぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 管から血が流れ体から体温が奪われていく。全身に刺された針が痛く、ベッドの拘束は固くて逃げることはできない。


(あぁ、私の娘達…どうか、無事でいて…)


 唯一、心の支えであった娘達の安否を願うピー。だが、突如目の前の風景が変わり娘達2人は自分と同じようにベッドの上で硬く拘束されて全身の血を抜かれていた。


「だずげでぇ…おぁざぁん… おねぇぇぇじゃぁぁぁ…さむいよぉ…」


「はぁ…あぁ…」


 姉妹の全身には血を採取するため太い管が刺さっていた。やがて、全身の血を失い幼い姉妹は冷たくなり動かなくなった。


「いやぁぁぁぁ!!!!!! やめでぇぇぇぇぇ!!!!!! なんでもするから!! お願いだから娘達はたすけでぇぇぇぇ!!!!!」


 母親のピーが必死に叫ぶが既に娘達は死んでいる。この一家は平民でありながら魔法の血がほんの僅かにあったため嘘の罪により連行された。そして、その工作をしたのはピーだった


「あぁ、そんな…こんな、むごい…こんなの、現実じゃない…」


「いいえ、これはあなたとガエル達がしてきた事よ。ガエルの命令を聞いて何も罪もない家族を陥れて、そして何百人もの人間はこうやって死んでいった」


 娘達の無残な最期を見て母親のピーは黙ったままだった。


「そして、この地獄は永遠に続く。これまで、あなたが壊してきた幸せの数だけ」


「ひぃ!?」


 いつの間にか真っ暗な絶幻の間に戻りピーはいやだっ!!いやだっ!! と首を横に振った。ほんの少しの幸福と死に至る絶望をこれまで自分が壊してきた数だけ繰り返され、暗殺者の少女は泣き叫んだ。


「いやだぁ、いやだぁ、いやだぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 家族が欲しかった、自分を抱いてくれる男が欲しかった、自分の体で子供が生みたかった。

 幸福よりも長く苦しい絶望に耐えきれず、発狂したピーは鋼糸で自らの首を絞め首を落とした。

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