第10話 敗北地獄へ堕ちた闘士 2 老いた闘士

ジャンヌが処刑される前。暗黒時代の戦時中の話。


 グシャ ベチャ


「や、やめろ!!」


「なんで、こんなことを!?」


「あんたも、同じドワーフなのにぃ!!」


 ジャンヌらが囚われのドワーフを解放した闘いにて、ザドジは残虐の限りを尽くした。


 強敵を求め続けるザドジにとって同族であろうが女子供だろうが弱者は闘いの邪魔でしかなく容赦なく敵の頭をハンマーで粉砕する。


「てめえらの、つまらねぇ兵器なんて使いやがって!! クソつまんないぞ!! 死んで俺に詫びなぁ!!」


 敵国の使用していたドワーフ達に作らせた大砲は確かに強力だった。だが、一度潜入して内部から崩せば何も問題はなかった。兵器に頼りすぎて兵の育成が緩み、たった数時間で壊滅まで追い込まれていた。


 己の肉体と武器で戦う事で生と死の刹那を楽しむザドジは強制的に兵器を作らされた同族は「闘いをつまらなくした」と勝手な理由で虐殺してしまった。


 その後もひたすら目の前にいる敵兵も同族の頭を粉砕し虐殺していく。


「や、やめろぉぉぉ!!!!!」


 ザドジの背後から木剣をもったドワーフの子供が襲撃するが、すぐに壁に叩きつけられ動かなくなる。


「ぐがぁぁぁ!!!!」


「けっ!! 力もねぇ奴は這いつくばってろ」


 ザドジの一方的な虐殺は進み、ジャンヌが急いで後を追うが手遅れだった。


「ザドジ!! あなた、なんてことを!!」


 ザドジの目の前に突如、姿を現したジャンヌ。ブオウに取り上げられる前に、神からいただいた三つの魔法道具マジックアイテムの一つ転移玉で移動したが、彼女の目の前には死体の山が積まれていた。


 ジャンヌはザドジに詰問するも「敵がいたから仕方なかった」といつもの言い訳をしてその場を後にした。


 ジャンヌは遺体に向け両手を合わせ祈る中、ドワーフ解放の闘いは終結した。



 だが、いくつもの目撃証言からザドジが同族であるドワーフを殺害したことにジャンヌは顔を蒼くしたが、ザドジの罪はこれまでの功績から不問となった。


 やがてザドジにあこがれて素行の悪い者が集まり、品性が求められる闘技場の評判を落としてしまった。


 そして地獄の闘技場でザドジはひたすら闘いを求め、ジャンヌの忠告を無視した結果。


「ぜぇぇ…ぜえぇ、ぐぇぇぇ」


 共に戦場を駆けてきたハンマーを杖にし、すっかり老け込んだザドジが息を荒げた。



「や、やべぇぇよ…お、俺もうだめだぁ」



「くそぉ、体がぁ、重い…」


「いやだぁ、いやだぁ!!」


 老いたザドジと無限に沸いてくる白人間に闘士たちは敗者の門へ駆けた。門に足を踏み入れると弾かれてしまった。だが、老いて武器や鎧を持てず捨てた者だけがすんなりと入ることができた。


 愛用の武器や特注の鎧を捨てることに闘士たちは苦悩したが、老いて動けなくなったザドジを見て下着姿になって自ら敗北の門を通る。


「お、おま、えら…ま、まてぇ…」


 かつて同族を殺害した肉の張った手は枯れて細くなり、枝のような腕で敗者の門へ逃げた者達に向ける。


「ぐぞっ、こし、ぬけどもがぁ…」


 既に喉が枯れてまともな声がでない。戦えない体になっても決して逃げたことのないザドジは宙に浮かぶジャンヌからの警告。


 無用な戦は、やがて全てを失う。を無視して、今度は小さく木剣をもった白い子供が一人とことこと歩いてきた。


「はぁ、はぁ、ごんな、がきぃ…」


 既にハンマーを持ち上げることも動かすこともできない。足を上げて踏みつぶそうとするが、動きが緩慢で目や鼻のない子供は軽くよけて木剣の一撃を膝に加えた。


バキッ と骨の音が聞こえザドジは地面に伏せた。


「いだぁぁぁ…くぞ、ごんな、がきにぃぃぃ…ぐげぇぇぇ」


 痛みに足を抱えて地面に伏せたザドジは、子供の木剣の乱打をひたすら受ける。


 エルフの強力な魔法を耐え抜き、ウンディーネの住む湖の水を割ってきた強靭な肉体はもうない。ザドジは子供をにらみ、怒りが膨れ上がっていた。


「でめぇぇ、じょうじのんなぁぁぁ!!!!!」


 汚いつばを飛ばし子供をつかもうとするが、ひらりと回避されて木剣の一撃を受け指が折れた。


「いぎぃぃぃぃ!!!!!」


 ザドジの悲痛な声が広がる。すでに闘技場にはザドジと子供。そして、観戦席にいるしゃべるミイラたちしかいない。


「「かえぜぇぇぇ、わかさを、かえせぇぇえ」」



「「もとのからだ、もどしてぇ」」



「「もうたたかわないから…ぶきも、よろいもすてたから」」



「「はいしゃのもんを、ここからだしてくれぇぇ」」



「「とうし、やめるからぁぁぁ」」



「「ひぃっ!!」」


 ミイラたちの「闘士をやめる」「敗者の門」の言葉が聞こえザドジは理解してしまった。ミイラたちの正体が自分と同じ闘士であることに、敗者の門をくぐらず最後まで戦いあんな無残な姿になったことに気づいて、ザドジは敗者の門へ這いずった。


「いやだぁぁ、あんな、あんなのに、なりたく、ない…」


既にミイラに近づいている体には大した力はなかった。背を向けると子供がさらに背や足に木剣を打ち付ける。


「やめろぉ、おれはもう、たたかいたくなぃぃ…」


 子供やミイラたちに見下されている恐怖に震えながらも、皮と骨だらけの体で門へ這いずって進むが、子供に足をつかまされて引きずられる。せっかく来た道を戻り、必死に地面に指を食い込ませるが、爪が割れて血が流れる。


「はぁ、はぁ…やめろぉぉ、おれは、もうたたかいたく、ない…」


自身の脚をつかむ子供を見て、ザドジは泣いた。


自分はどうしてこんな小さい奴になぶられている? このガキはなんだ?


子供は木剣を振り上げると、


「けっ!! 力もねぇ奴は這いつくばってろ」


「なぁ!?」


 かつてドワーフの子供を殺した時の言葉をマネて、子供が木剣を振るいザドジの枯れた絶叫が続いた後、闘技場の観客席にミイラと化したザドジが未来永劫離れることができない石で作られた席で、次々に現れる闘士たちに向け手を伸ばした。


「もうたたかわない、から…おれのからだぁ、もとにもどしてくれぇぇ」


 闘士たちの鍛えられた肉体や若さを見て、ザドジは戻らない力と若さを求めひたすら手を伸ばし、かすれた声をあげるしかなかった。



「やはり、闘いを捨てることはできませんでしたか」


 うなだれるジャンヌの瞳にはすでに死ぬことのないミイラとなったザドジの姿があった。


 戦場で敵をなぶり殺し、その虐殺を止められなかった自責の念で涙が浮かぶ。


 ザドジに何かしらの罰を与え、反省を促す機会はいくらでもあった。だが、戦時でザドジの戦力に頼り切っていた当時の自分ではできなかった。


 ジャンヌの瞳がザドジから敗北の門をくぐった闘士たちを映す。門は闘技場の外につながり、地獄の中で比較的に安全な場所へとつながっている。


 そこは、わずかな水や食料が残され罪の軽い者達が集まり生活している「辺獄」


 辺獄で人々が作り上げた村で、魔法を放ち村人を虐殺している少女達の姿がジャンヌの瞳に映る。

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