第4話 暴食地獄へと堕ちた王と民衆。3 永遠の食材たち
地獄の底深い闇の中、まがまがしい黒と赤の鎧を着たジャンヌは骨の椅子に座っていた。
平和を築きあげた聖女から、地獄の主へと変わったジャンヌ。目を閉じると信じていた民衆やブオウらに裏切られた記憶がよみがえる。
「王よぉ!! これは何かの間違いです!! 私がドワーフ達に武器製造を命じたなど!!」
「嘘をつくではない!! この悪魔め!! すでにドワーフ達から証拠の武器も押収した!! 貴様が裏で行っていたハーピィや孤児院の子供の人身売買などいくつもの証拠は得ている!!」
裁判者で白い髪を腰まで伸ばしボロ服を着せられたジャンヌがブオウらに無実を訴えるが、誰も聞き入れよとはしなかった。ブオウはすでに奴隷商や他の種族の重役を金や金品で買収していた。さらに、ジャンヌの着ていた純白の聖衣を着た青髪の女「ヘル」が告げた。
「このジャンヌの行った奇跡はすべて嘘です。自ら戦争を起こし、多くの種族を陥れてきたこの悪女には正義の鉄槌を!!」
「ち、ちがぅ!! 私は何もしてない!!」
権力や謀略の前ではジャンヌは無力だった。牢屋に入れられ、同族の仇だとエルフから魔法の的にされ体中を傷だらけになり、ドワーフ達から石を投げられ痣をつけられる。
「まっで、ちがうぅ…私は…」
ジャンヌの言葉に誰も耳を貸さなかった。ウンディーネはジャンヌを海に何度も沈めて傷だらけにして何度も溺死しかけた。さらに、ハーピィたちからも磔にされた状態で鋭い爪で傷をつけられジャンヌは心も体もボロボロだった。
「はぁ、う…ぐぅ…」
体中から異臭を放ち城の庭に磔にされたジャンヌ。わざと日差しの強いところに置かれ瞳から涙すら流れず水も食事も何日も与えられずやせ細っていた。
日差しと睡魔との闘いが何日も続いたある日。
「ふふっ…いいざまぁね、悪女?」
かつてジャンヌが着ていた清らかな衣を着たヘルが従者を連れてジャンヌを見上げた。
従者たちはジャンヌを磔から下ろすと鎖で厳重に拘束してヘルの前に膝をつかせた。
「くさいし、汚いし…これから焼いたらもっとすごい臭いがしそうね?」
従者たちが笑いジャンヌが茫然とした。裁判所で自分を糾弾していた時と違う、邪悪な笑みで自分を見下すヘルはハサミを取り出す。
「まずは、その邪魔なのを取らないと。顔がよく見えないわねぇ」
「やめ、てぇ…」
ジャンヌがわずかに口を動かし体を揺さぶるがすぐに従者たちに地面に強く取り押さえられた。
従者たちの中にはかつてジャンヌを信仰していたものがいたが、金で買収されてジャンヌが不正をしていたと嘘の証言してヘルに協力した。
ちょきん ちょきん
「あ、あぁ…」
薄汚れたジャンヌの髪が切られていく。幼いころ、母がよく櫛で梳かしてくれた長い髪が無残にも短くされ、ジャンヌは女としての尊厳も失ってしまった。
その後も見せしめの拷問が続き、ジャンヌは民衆やかつての仲間の前で豪華に焼かれ処刑された。
△
「私に力がなかったから…こうなったのは私の責任」
地獄の底で一人ジャンヌがつぶやいて、かつて腰まであった髪に触れた。
今は肩まで切りそろえられ、その顔や体には拷問による傷はない。だが、かつて空のような蒼い瞳だったジャンヌの瞳は紅蓮に染まっていた。
「ブオウ、どこに逃げようが平和を貪ってきたあなたは決して逃しはしない」
ジャンヌの瞳は地獄の全てを見通すことができ、彼女の瞳は巨大豚の目を通してブオウを見ていた。
△
「いやだぁ、いやだぁ いやだぁ!! 死にたくない、死にたくない!!」
「頼む!! 金ならいくらでもやるから、俺だけはっ!!」
「そ、そうだ!! 俺よりもこの豚の方がうまいぞ!! 」
瓶の蓋を開けようとする巨大豚に王の側近たちは我先に命乞いを始めていた。
中には王であるブオウを差し出す声があり、醜い争いが起きる中ブオウは不敵に笑みを浮かべていた。
(バカどもめ…お前らは食われるが、ワシだけは違うぞ)
精神が狂いおかしくなったわけではない。マントの下に隠しもっていた玉を握りしめて心から笑っていた。
不思議な力を持つ魔道具マジックアイテム。ジャンヌから取り上げた転移玉は一度行ったことのある場所であれば遠くからでも転移できブオウは一人だけ逃げる算段だった。
そして、瓶が開かれたところでグオウが転移玉を使い同族を見捨てて姿を消した。
「ぐはぁぁぁ!!! どうだ豚ども!! がはぁぁぁぁぁ!!!!」
廃れた玉座の間にてブオウは一人高笑いして、家臣たちを見捨てて逃げたブオウには罪悪感のかけらもなかった。
「さぁて、まずは女どもを抱きに…」
グオウの言葉は続かなかった。突如、目の前がぶれて次の瞬間にはブオウは豚の口の中だった。
グチャ ペチャ
「うぎぃぃぃぃ??? いだぁぃぃぃぃ!!!!」
ブオウらは知らなかった。すでに自分達が住んでいた世界が地獄に堕ちていることに。地獄であれば豚が名前を呼べばすぐに食材たちが手元に返ってくるためどこに隠れても無駄に終わる。
豚に食われて薄れていく意識の中、ブオウが最後に見たのはあらゆる種族が調理された皿だった。
ウンディーネの油あげ、つぶされて肉の塊となったエルフ。溺死したドワーフのちぎった生肉、羽も爪もなくなったハーピィのから揚げ、そして鉄串で頭から肛門まで鉄串で貫通され直焼きにされた人族。
あらゆる種族たちの成れの果てを見てブオウの目の前が真っ暗になった。
その後、豚たちは皿に盛られた肉たちを貪った。暗黒時代を終え、平和の時代で自分らの欲を満たすために、ジャンヌが苦労して作り上げた平和をしゃぶり尽くした者の末路だった。
豚らが食事を終えると、空になっていた瓶に再び栓が閉められる。すると、食われた者たちが元の姿のまま瓶に閉じ込められていた。
「え? な、なんで…? 私、生きてる?」
「お、俺は確かに水の中で…」
揚げられたウンディーネや溺死したドワーフらが自分は死んだのにどうして、生きている? と疑問に思っていると豚たちは再び調理の準備にとりかかる。
「いやだぁ、いやだぁ…いやだぁぁぁ!! ファイヤボール!! ウィンドカッター!!」
「ぐぇ!! あ、あづぃぃぃ!!!!!」
「ばか!! やめ…ろ…」
再び調理されると察したエルフたちが狭い瓶の中で無茶苦茶に魔法を放ち、同族を火の玉で燃やし、風の刃で首をはねて血が溜まっていく。しかし、魔法の力に長けたエルフの力でも瓶には傷はない。
「このぉぉぉ!!!!!」
「ぶちこわしてやるぅぅぅ!!!!!!」
ドワーフ達生き残るためもっていた金槌や工具で力いっぱい瓶に攻撃するが無駄に終わる。ウンディーネも体内や空気中の水を使い瓶の破壊を試みるが結果は同じだった。
「だ、だめだ…」
人族の誰かがつぶやいた。人族も魔法の血が流れている者であれば魔法は使える。だが、ドワーフほどに岩石を砕く力はなく、エルフのように飛べる魔力はない。ウンディーネやハーピィのように特定の場所で素早く動けるわけではない。
他種族の中で一番無力な人族は、すぐに心が折れて一人また一人と膝を崩した。ブオウを除いて。
「く、くそぉぉぉ!!!!! ワシは、ワシ食われんぞぉ!!」
再び転移玉を使い、玉座に逃げる。だが、瞬きをした瞬間に豚の口の中に強制的に移動させられる。
「あぎぉぉ!! いだぁぁぁ!!!!! やべろぉぉぉぉ!!!!!」
巨大豚に食われ再び復活する度にブオウは、転移玉で何度も逃げる。だが、巨大豚は瞬時にブオウの名を呼び何度も食われて生き返って逃げて、また食われての繰り返しだった。
ジャンヌから奪った転移玉があっても無駄に終わり、他の人族たちと同様にブオウは同族たちと共に力なく倒れた。
「いやだぁ、いやだぁ、たべられたくなぃ、いただいのいやだぁぁぁ」
ついにブオウの心が折れて転移玉が瓶の底に転がった。その後もブオウはギロチンの刃以上の大きさと切れ味のある包丁で小さく切られ食われ、冷蔵庫に何時間も入れられ凍え死にデザートとして食われても豚たちは調理と食事を何百回も繰り返した。
ここは暴食地獄。平和を貪った者たちが無限の食欲を持つ巨大豚に食われ続ける場所であり、今もブオウらは豚に食われ続けている。
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