第2話 発熱
次の朝、起き上がろうとしたら、頭がずきずきして体が重かった。ひどい寒気がする。熱を測ると三十八度近くあった。ピアスをはめた両耳も腫れぼったい。
私は大学の近くのワンルームマンションを借りて暮らしている。寝込んでも誰も世話をしてくれる人はいない。その日は大学を休むことにしてベッドに戻った。
夕方になっても体調は回復しなかった。食欲もないままベッドで横になっていると、ドアのチャイムが鳴った。重い体を起して玄関に出て行き、扉を開けると、知香が心配そうな顔をして立っていた。
「こんにちは、
「今日は、ちょっと熱があるのと、頭が痛いので休んじゃった。たぶん昨日のピアスのせいね」
「やっぱり、わたしがあのお店を紹介してしまったせいだったのね。ごめんなさい」
「知香さんが悪いわけじゃないわ。気にしないで」
「瑞葉さん、顔色がよくないよ。ごはんはちゃんと食べてる?」
「食欲がなくって……」
「食べないとよくならないわよ。いろいろ持ってきたから、何か食べられるものがないか見てちょうだい」
知香はトートバッグにいろんな食べ物を入れて来ていた。部屋に上がってもらって、ミニテーブルに広げてもらう。レトルトのおかゆや缶入りのポタージュスープ、スポーツ飲料などがあった。だけど、どれを見ても食欲はわかなかった。
「こんなのもあるわよ」
知香はトートバッグから取り出した保冷バッグを開けた。ぷっくりと丸い桃が二つ、ガラス容器に入ったプリン、ヨーグルトドリンクと保冷剤が入っていた。桃の甘い香りが広がる。
「ひんやりしたものの方が喉を通りやすいんじゃない?」
桃の香りを吸っていると少しだけお腹がすいてきたような気がした。
「桃だったら食べられるかな」
「よかった。じゃあ、剥くわね」
友香は桃を取り上げてミニキッチンに向かった。
「ここ、使わせてもらうわね。椅子に腰かけて待っていて」
友香は桃の調理をてきぱきとこなした。表面を水ですすぎ、皮に爪をかけてするりと剥いた。種に沿ってナイフを入れ、両手で捻って二つに分けた。半身ずつになった果肉をナイフでそぎ切りにしていく。
「はい、どうぞ」
ガラスの器に盛られた桃は涼しげだった。薄いクリーム色の果肉は中心に近い部分がほのかに赤く染まり、沁みだした果汁でつややかに光っていた。
添えられたフォークで口に運ぶと、果肉は口の中でずぶずぶと崩れ甘い果汁があふれ出した。そのまま飲み込むと気持ちのいい冷やかさが身体に広がっていった。
「おいしい」
「よかった」
知香が笑顔になった。桃を食べていくうちに少しだけ食欲が出てきたので、二人でプリンを食べた。つるりとしたのど越しが気持ちよかった
その次の日も頭が痛く、熱も下がらなかった。私は体調が完全に回復するまでは大学をお休みすることに決めた。
知香は毎日通って来てくれた。昼前にやって来て、持ってきた食材で食事の支度をしてくれ、一緒に昼ごはんを食べる。しばらくたわいのない話をした後、晩ごはんの準備をしてから帰って行った。
知香が午後の講義のない日は、私はベッドで上半身を起こし、知香はベッドのそばによせたミニテーブルと椅子に座って、一緒にテレビを見たり、話をしたりして過ごした。晩ごはんも一緒に食べた。
知香とはゼミで何回か話をしたことはあったけど、そんなに親しくはしてなかった。でも、こうして一緒に過ごしているうちに、互いに知香、瑞葉と呼び合うようになった。
知香は術後の手当ても手伝ってくれた。消毒薬を細いブラシで耳の前後の傷口に塗らないといけないのだけど、後ろ側は鏡を使ってもよく見えないので、自分ではどうしてもうまく塗れない。知香が「痛かったらごめんなさい」と言いながら、そっとなでるように塗ってくれた。それでもチクチクと痛むのだけど、痛がると知香が困った顔をするので、出来るだけ平気な顔をしているようにした。
一度、私がベッドでうとうとしている間に、知香がたまっていた汚れものを洗濯してくれていたことがあった。とても申し訳なく思い、こんなことまでしてもらうわけにはいかないと話したのだけど、知香によると、汚れものが放置されているのが許せない性分だからやっただけ、別に気にしなくていいとのことだった。
体調の悪いのは相変わらずだけど、くったくのない知香の笑顔を見ていると少しだけ気分が晴れるのを感じた。
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