第23話「その下を読む」

”たしかにあの2人の下で戦うのは、安心感がありましたよ。危機的状況でも、まだ隠し玉があるんだと思わせてくれましたから。

 一方で本当に心臓に悪い体験をさせられたので、もう一回はご遠慮願いたいものです”


司令部付幕僚のインタビューより




「あなたが見誤ったパットンに向けて、作戦を立てた。パットンはそれを見破り、そして私が更にその隙をついて総取りしたってわけ」


 ただでさえ存在感のある胸を張るヴェロニカは、得意の絶頂だ。

 確かにあれだけ苦しめられた敵将をペテンにかけるのは、さぞ気持ちよいだろうが……。


「人が悪すぎるだろう。何故言ってくれなかったんだい?」


 金髪の参謀は、我が意を得たりと笑う。

 この笑顔で敵を蹴散らしてくれるうちは良いが、それが自分に向くとなんともイラっと来る。同時に出し抜かれた事実を痛快に感じもするのだが。

 よくもこんなの・・・・抜擢したな。

 胸中でそう過去の自分を愉快半分になじってもみるが、過去に戻れても結局は同じ決断をするだろうと判ってしまうので、何も言えない。


「あなたが読むパットンに、私の見解が・・・・・含まれていたら雑音ノイズになるもの。

パットンに、自分が勝ったと思わせるには。その相手が“素のあなた”である必要があったわけ」

「……確かにね」


 そこまで聞いてもう半分の不機嫌、と言うより曲がったへそは忘却に追いやられる。

 何より彼女が、自分の失態をフォローしてくれたのは事実である。恨む筋合いはないし、その気も無い。


「で、そろそろ種明かしを頼むよ。地雷原は分かるとして、あの砲撃は何処から? そもそも敵は何故あの程度の攻撃で進路変更を諦めたんだい?」

「砲撃は簡単よ。事前に臼砲きゅうほうを運び込んで、蛸壺に埋めておいたの。潜んでいた砲兵が有線式の点火装置で発射したってわけ。あれだけの戦車を押しとどめる数の地雷は無理でも、組み合わせればこちらの戦力を過大評価させるぐらいは出来るわ」


 臼砲とは曲射を行う短砲身の大砲の事だ。

 「曲射」とは撃ちだした砲弾が山なりに飛んで行く事を言う。相手にボールを投げるのと同じで、砲口を真っすぐ敵に向けて撃つよりも遠くまで届くのだ。

 そしてここで用いた日本製の臼砲はそもそも砲身が無い。ロケット花火のように砲弾だけを飛ばすので、砲座も簡単なもので良い。

 当然、撃った後は木で組んだ簡素な発射台しか残らないから、砲を退避させる必要がないのだ。

 今回のような使い方だと照準は付けられないが、そもそも脅しが目的なので派手に音と爆炎を一度に多数まき散らせば、それで構わない。


「あなたはパットンの考えを読もうと必死だったけど、私はその下・・・を読んだの」

「その下?」


「実際に最前線にと立って戦う、小隊長や車長クラスよ。前面からは重戦車の砲撃、転進命令は出たけど、地雷と臼砲に阻まれてなかなか進まない。もちろん、その間にも化け物みたいな戦車砲からは狙われ続けてる。

 で、恐怖にかられた彼らは思うわけ。『後ろに下がれないなら前へ進むしかない!』って」


 もはや驚嘆の唸り声を上げるしかない。

 ヴェロニカは「どうよ」とばかり、馬上鞭を肩に載せる。


「パットンがあと数ヶ月早く着任していたら、この手は使えなかったでしょうね。彼は旗下の軍を掌握する時間が与えられない上に、補佐する幕僚たちも軍事顧問団から下らない書類やら視察やらを多々押し付けられて、無駄にリソースを削られていたのは調査済みよ」


「……僕の負けだよ」


 大げさに両手を上げて見せたが、実際のところ抜擢した自分ですら彼女を侮っていたと痛感する。

 お茶会の時、彼女が戦車兵たちに「ボス」と呼ばれていたのを思い出した。


 恐らくからかい半分であろうが、それ以上に自分たちが命を預けるに足る指揮官であると言う、意思表示だったのだろう。

 その割に、被弾を申し送りした車長は怯えた顔をしていたが。


 そしてパットンなら、勝手に進撃を始めた戦車を無理に呼び戻そうなどと言う、無意味かつ愚劣な命令に躍起になったりは絶対にしない。

 それこそ反転するまで撃たれ放題だし、こんな状況で秩序だった方向転換が出来るはずも無いからだ。


 いつも眉間にしわを寄せている彼の顔が、更に苦々しく歪むさまを想像して、アルフォンソは少しだけ後ろめたく感じる。


「さあ、仕掛けは上々よ。あとは竿を上げるタイミングを待つだけ!」


 2人はスタッフが移動させる駒を見守りながら、前線から々入って来る報告の無線に耳を傾ける。

 この時ばかりはヴェロニカにも余裕はない。馬上鞭を持つ手が震えているのが分かる。


「大丈夫。君が考えた作戦だ」


 彼女はこちらを向き直り、むっとした表情で睨んでくる。


「私の作戦に穴なんてない。別に心配してないわ」


 震える手は止まっていた。




◆◆◆◆◆




「新手だ!」


 帝国派の戦車兵たちが異口同音に、驚きの叫びを上げる。

 地面から這い出してきた……否、巧妙に隠蔽された塹壕・・・・・・・・・・から姿を現した敵軍の中型戦車は、1輌、また1輌と数を増してゆく。

 〔チハ改〕及び〔M13/40〕戦車は、旧式戦車を改造したロートルではある。スペックなら帝国派の新型戦車に遠く及ばない。本来は。


 しかし今、彼我の距離は50mを切っている。肉薄状態と言えるこの距離・・・・ではもはや砲の威力など、誤差の範疇些末な問題に過ぎない。

 当たれば火を噴く、ノーガードでの殴り合いだ。

 いや、日伊の戦車の方がむしろ戦いやすいとさえ言えた。車体も主砲もより小型だから、標的として狙い辛いし低反動で狙いがつけやすい。


「航空偵察はしっかり行った筈だ! 奴ら、いつの間にこんな大量の壕を!?」




 ヴェロニカがアルフォンソに無心したのは、各部隊に分散配置されている土系の魔導工兵の一時的な集中投入であった。

 魔導工兵はものの数分で地面を整地し、壕を造り、重機顔負けに陣地を構築出来はする。


 が、「甲級魔術師」と呼ばれるエリートを除き、通常の魔導工兵は戦車2両分の壕を掘るだけで疲れてしまう。

 それを数の力で押し切ってしまえと言う訳だ。


 アルフォンソは100名以上の貴重な魔導工兵をまさに力業で・・・かき集め、僅か30分あまりで麾下の戦車部隊主力を隠してしまった。


 一見誰でも思いつきそうな戦術だが、魔導工兵は戦場で最も頼られる存在である。彼らを引き抜く事への反発はとてつもなく大きい。

 今まで魔法で数分のうちに掘っていた隠蔽壕を、今日から人の手で掘れと命じられる兵士たちの反発、そんな”理不尽”を命じねばならない指揮官の苦労を考えれば、当然の事と言える。

 魔導工兵の集中投入は誰もが一度は思いつくが、そうであるが故に誰もが断念する戦術だった。


 ではどうしたかと言うと、アルフォンソおよび彼が選抜した交渉役が、現場指揮官達を訪ねて粘り強く頭を下げて回ったのだ。

 無論ヴェロニカも、そんな彼が司令官だからこそ立てられた、文字通りまさに力業の作戦と言える。




 敵味方入り乱れての乱戦になった事を確認すると、続いて大公派軍の軽戦車たちがぞろぞろと姿を現す。

 主砲も装甲もより貧弱なこれらの戦車も、乱戦に乗じて肉薄し足回りを狙い撃つなら立派な脅威となる。もちろん露出の少ないキャタピラを狙い撃つのは至難の業だから、そうそう撃破されるわけではない。

 だが「狙われている」と言う意識が、戦車兵達の集中を散漫にした。


「俺達の信仰を奪おうとする異教徒どもに、神罰をくれてやる! 鍛冶神ユニの加護ぞある!」


 神の御名を叫びながら突撃を行うブリディス都市同盟の義勇兵達は更に過激だった。

 大砲を持たない〔Ⅱ号戦車〕の武装では、たとえキャタピラでも破壊は困難。彼らは手近な戦車に横合いから体当たりをかけたのだ。


 彼らの〔Ⅱ号戦車〕の車体の先端には、指向性爆薬を固定したアームが取りつけられている。

 爆薬には戦車をダイレクトに破壊する威力は無いが、モンロー効果で装甲を突き破る事は出来る。灼熱の爆風が車内に吹き込み乗員を殺傷した。

 彼らは多大な犠牲を出しながらも、帝国派の強力な戦車を次々と物言わぬオブジェにしてゆく。


 圧倒的な性能差を持ちながら、撃破される戦車の数は明らかに帝国派の方が多い。

 乱戦になった状況では、戦車の単純なスペックや戦術ではなく、戦車兵の技量差が物を言う。


 大公派戦車兵には対戦車戦闘を編み出したドイツ士官と、人殺しと呼ばれるほどの猛訓練に定評がある日本下士官がついている。

 この点においての立ち遅れを取り戻すには、パットンをもってしても時間が無さ過ぎた。

 一部の帝国派軍戦車は戦場を離脱し、距離を取って戦線を立て直そうとする。


 展望塔キューポラから顔を出して周囲を警戒しようとした迂闊な車長が、脳髄を撃ち抜かれて車内に転がり落ちる。


「歩兵が潜んでるぞ!」


 その戦車隊の指揮官が絶叫するが、手遅れだった。

 身を乗り出して対戦車火器を撃ち込んで来たのは、蛸壺陣地で待ち構えていた大公派の歩兵たちである。

 車載機関銃どころか、キューポラから顔を出して小銃で撃ち合うほどの苛烈な戦いが幕を開けた。

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