第20話「罠」

”参謀長は女房役みたいに言われますけど、司令官と参謀長がこうも阿吽の呼吸で動くのは、後にも先にもあの2人だけでしたね。ヴェロニカ中佐は、女房役と言うより女房そのものでした”


第5軍司令部付き士官のインタビューより





「あなたも、初陣でとんでもないのを相手にしたわね」


 先ほどと打って変わり、ヴェロニカの表情は険しい。

 大地図には、付け根を折られてなおこちらの喉笛に迫る宿敵の槍の穂先があった。


「……感づかれたかしら?」


 ヴェロニカが問う。

 まるで世間話でもするように。


「いや、いくら彼でもそこまで読み切らないだろう。恐らく嗅覚とか勘とかの領域だね」

「経験と才能の賜りものという訳ね。おかげでやりにくくなったけど」


 敵戦車が分散された場合、突出した部隊を罠にはめて撃破する腹つもりだった。

 それによって生まれた余剰戦力で、残りを仕留める。

 機甲戦力を失ったパットンなど、拳銃を持たない保安官である。


 どうやらそのオプションが実行されることはなさそうだが。


「ヴェロニカ、君は暫く水を飲んでないんじゃないか? 少しリラックスした方が良い」


 金髪の参謀は喉に手を当てる。

 言われて初めて、渇きに気づいたらしい。


「そうね、そうするわ。ところであなたもずっと同じ姿勢よ? 体をほぐした方がいいわ」


 意趣返しなのか気遣いなのか、恐らく両方だろう。

 強張って堅くなった体に気づくアルフォンソである。


「済まなかった。何かあったら呼ぶから先に休息をとってくれ。あと皆も、交代で休みを取るように」


 立ち上がって肩を回す。

 その実緊張のあまり疲れているのかどうか、自分でも分からない。


「やはり一発勝負ね。私の作戦は完璧よ。あとはあなたが仕掛けた餌がパットンに通用するかどうかね」


 去り際のヴェロニカが言う。

 膝の上で組んだ指に力が入った。

 一見不遜な物言いだが、参謀長の言葉はこの作戦の本質を示しているとアルフォンソは思う。


 自分をスキピオの生まれ変わりに仕立てたのも、パットンの弟子だとヴェロニカが吹聴したのもすべてこのための仕掛けだ。

 彼らがパットンの目の前に吊るした餌は、アルフォ・・・・ンソ自身・・・・


 戦争を愛する彼が、最高の敵と舞台を得た興奮。

 それがアメリカが誇る勇将の勘を、ほんの僅かに狂わせるのだ。




◆◆◆◆◆




 数刻後。


 敵陣を思うさま引っ掻き回し、戦場深く侵攻した帝国派戦車部隊は遂に運命の戦場に到達する。


 正面には巨大な岩山が存在するが、航空偵察によって大砲の類が無い事は確認済み。そもそも砲を運び込む道も、固定する平地も無さそうだ。

 左右に分かれた道は、岩山の向こうで合流する。どちらでも問題はなさそうだが、左側の方が障害物は無く開けている。先鋒部隊の〔T34〕たちが順に、左へと回頭を始める。


 先頭を走っていた〔T34〕が吹き飛ばされたのは、突然轟いた特大の発砲音に誰もが身を固くした直後だった。


 慌てて戦車のスコープから周囲の様子を窺う指揮官たちは、その一角に妙に角ばった砲台・・・・・・・・を見付ける。

 こんな平野のただ中に、トーチカがぽつんと置かれている筈はない。戦車を壕に埋めて防御力を強化する、ダグイン戦術だと判断した。


 戦車を土中に埋めるのには、それなりに時間がかかる。突貫工事でも2両しか埋められなかったのだろう。


「焼け石に水だな。馬鹿な奴め」


 パットンから先鋒を任せられるだけあって、流石に指揮官たちの立ち直りも早かった。

 帝国派戦車部隊は一斉にその2両にと転進を始める。射程内まであと少し……。

 更に1輌が吹き飛ぶ。が、彼らにはそれでもまだ余裕・・があった。


 待ち伏せとは敵の進撃を阻める場所を選ぶものである。

 装甲が厚かろうと、散開して一斉に突撃させればなぶり殺しに出来る。近距離や側面への攻撃をものともしない戦車など、存在しない。


 今まで、大公派の旧式戦車に側面を狙われて苦杯を舐めたのは、他ならぬ彼らだったのだ。

 岩山と言う障害物があるとはいえ、隘路でもない平原にたった2両の戦車など、時間稼ぎにもなりはしない。


 〔シャーマン〕と〔T34〕の主砲が一斉に放たれる。ダグインだろうとこれだけの砲口が集中すればどれかは当たる。

 おそるべきあの攻撃力から見て、新型かも知れないが、それもたった2両では大して意味は無い。


 しかし、勝利を確信する帝国派戦車兵達の表情が驚愕に染まる。

 複数命中した75mm砲の徹甲弾は、甲高い音を立ててことごとく弾き飛ばされたのである。


 そしてまた轟くあの砲声!


 再び発砲したその大公派戦車からの砲弾が、堅固な〔T34〕の重装甲をボール紙のように撃ち抜き、命中した2輌を血祭に上げた。


化け物かチュドービシチェ!」


 ロシア人操縦手が呟く。戦場の誰もが息を飲んだ。


 ダグインで待ち伏せしていた戦車は、ヴェロニカが酷評したあの・・〔ポルシェ・タイガー〕である。

 「走らせず、無線も使わない」方法――それは、埋めてしまうことだった。


 何しろ、装甲の厚さと攻撃力だけなら・・・・ライズ世界でも最強のスペックを持っているのは事実なのだ。

 使い捨てる覚悟で戦場に居座れば、敵を撃破するだけでなく拘束することも可能。

 ご丁寧にも無線機のノイズ問題は、車体から地中に有線電話を引っ張ることで解決していた。



 予想外の新手と、その恐るべき高性能・・・・・・・に、帝国派の進撃は停滞した。

 このまま犠牲を出してでも前進するか、後退中に攻撃を受けるリスクを覚悟で右の道に変針するか。


 パットン率いる戦車軍団は、この戦いで最大の岐路に立たされていた。

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