第17話「レナート・アッパティーニ」

”レナートと言う提督は掴みどころがない。

 話が飛躍したと思えば、その内容は正鵠を射ている。思い付きで言ったかのような提案は、しかして合理性に満ちている。

 何事も丁寧に事を進める兄とは、まさに対極と言っていい”


フェルモ・スカラッティ著『クロアの野火』より




 降臨暦942年10月27日 未明


 陸の決戦に先立って、帝国派勢力圏内の公国領海上では既に大規模な戦闘が行われていた。

 帝国派は大量の偽情報に幻惑されており、同派側に付いた海軍部隊も大公派側からの奇襲など、全く予想だに出来ていなかったのだ。


 無防備にも少数編成で、平時と大差ない気分・・のままに哨戒行動を行っていた旗艦の戦艦〔コンテ・ディ・カブール〕は、突如現れた大公派の第3遊撃艦隊の攻撃を受けて炎上し、ゆっくりと海面下へ没しつつあった。


 奇襲を目論んだ第3遊撃艦隊はごく少数ながら、最新型の〔ルンガ・ランチャ〕魚雷を運用していた。

 これは日本海軍ご自慢の〔酸素魚雷〕と、英国の〔トーペックス爆薬〕を組み合わせた超絶兵器である。

 威力・射程共に史上最強、しかも気泡を出さないので目視による早期発見・回避が困難と言う、極めて厄介な兵器であった。


 もちろん使用する純酸素の管理が極めて難しく、燃焼用に空気を用いる従来型の魚雷との併用とされているのが現状ではあるが。

 第3遊撃艦隊旗艦であり、大公派が現在でも自由に動かせる唯一の戦艦〔カイオ・ドゥイリオ〕が引き付けている間に、忍び寄った駆逐艦がこれを撃ち込んだのだ。


 設計の古い〔コンテ・ディ・カブール〕は、右舷に一発の〔ルンガ・ランチャ〕魚雷を受けただけで戦闘力を完全に喪失してしまった。

 対して大公派こちらの被害は、重巡洋艦〔ザラ〕が副砲1門を使用不能にされたのみ。きわめて軽微と言って良い。


 〔カイオ・ドゥイリオ〕も設計は古いが、日伊ク3国が合同で計画した「旧式戦艦の近代化改修試験」のテストベッドとして選ばれ、ソフト・ハードいずれも別物と言って良い程に大改修されている。

 敵艦〔カブール〕とは主砲の口径、門数こそ同じであったが、発射速度や射撃指揮装置の性能が隔絶しており、仮に〔ルンガ・ランチャ〕無しでの砲戦であったとしても勝負にならなかっただろう。


 もっとも、大改装魔改造後の〔カイオ・ドゥイリオ〕は破格の性能を示しはしたが、あくまでも「旧式にしては」の域を出るものではなく。

 加えてその改修もあまりにも金がかかり過ぎた為に、以後の計画は凍結。同型艦の内で改修が行われたのは彼女のみである。


 そんな戦艦を1隻しか持たない第3遊撃艦隊は、帝国派の〔カブール〕級戦艦2隻を同時に相手にする状況を恐れていたが、これで懸念は払拭された。


「レナート提督、そろそろ朝日が出ますが、攻撃は続行されますか?」


 喜色満面な参謀長をよそに、レナートは極めて不謹慎な事を考えていた。


(うちの参謀も、妙齢の女性だったらなぁ……)


 壮年の幕僚に「どうかされましたか?」と声を掛けられ、レナートの意識は戦場に戻る。


「君はどう思う?」

「今から陣形を修正して湾内に突入すれば、離脱は夜明け後になります。敵航空機の空襲を考えれば、ここで引き返しても良いかと。戦艦1隻撃沈なら、戦果として十分と思われますが?」


「いや、不十分だよ」


 しかし、レナートは頭を振る。


「堅実は美徳だけど、確実に戦果が上がるのに少々のリスクを恐れて躊躇できる・・・・・程、大公派我が方は優勢にない」

「と、仰いますと?」


 この参謀長はレナートの下に就いたことで、自分の作戦案で艦隊を縦横無尽に動かすなどと言う妄想を早期に破棄している。

 優秀過ぎるボスの聞き役に徹してアイデアを引っ張り出し、必要があれば修正するのが仕事であると割り切ったようである。

 作戦を上申はするが、敢えてラフに作ってたたき台にしてくるなど、彼と仕事をすると大変やりやすい。


 難点があるとすれば、戦闘時無駄にテンションを上げ過ぎる事と、先述のように妙齢の女性では無い事であろうか。


「奇襲には成功したんだ。今頃ドダス軍港はパニックの筈。襲撃前にわざわざ陣形など立て直す必要は無い。各艦バラバラに突入して適当に砲弾を撃ち込み、離脱してからの遁走中の帰路で再集結すればいい」


 それは投機的な作戦であった。

 陣形を組まない撤退は、敵の追撃の餌食だからだ。


 絶大な砲火力を持つ虎の子の戦艦も、潜水艦を追い払う装備を持っていないし、駆逐艦が群がってくれば沈めきれずに横腹に魚雷を食らう。

 軍艦は相互に補うように出来ているから、高価な大型艦だからと言って万能な存在ではない。故に「艦隊」と言う、集団を形成して戦うのだ。


 だが、この時のレナートには十二分に勝算はあった。

 2隻しかいない貴重な戦艦を、あのように雑に扱っていたのだ。敵艦隊帝国派はこちらの奇襲をまったく予想だにしていないと言う証――つまり、これ以上ない好機である。


「そこまでやれば、明日の決戦で帝国派は海上を警戒しながら陸戦を行わなければならない事になる。とっとと逃げてしまった我々の影に怯えてね。仮に本艦が沈んでも、代償にルスドア市を落とせれば、十分以上にお釣りがくる」


「敵潜水艦の攻撃はどうされます?」

「イタリア艦の売りは高速性能だよ? 重油も余裕はあるし、対潜哨戒機が来てくれるまでの間はそれを存分に発揮してもらおうじゃないか」


 無茶な戦法ではあった。通常、艦隊は駆逐艦が大型艦をぐるりと囲み、ソナーで潜水艦を警戒しながら進む。

 それを陣形など無視して、とにかく突っ走ってしまえと言う訳だ。


 確かに20ノットも出せば、鈍足の潜水艦は魚雷の射点につきにくい。

 ただ経済速度を無視して進む事になり、機関にも連続高負荷運転で無理をさせる事になるのでコストパフォーマンスは最悪の一言であるが。


「成程、流石の決断力ですな」


 称賛する参謀に、レナートはすまし顔で言う。


「いや、今回は特別だよ。何しろ陸上での決戦・・では兄さんが指揮を執るんだからね」


 そうは言ったものの、海軍に比べても陸軍の戦力不足は深刻である。

 もともと公国にあった海軍偏重の風土が、ボディーブローの様に戦力増強の足かせとなっているのだ。ルスドアを本当に落とせるかは、竜神のみぞ知る、である。


 だが、それでも悪い事にはならないと思っている。兄が「何とかする」と言った時は、必ず「何とかなってしまう」からだ。


 レナート・アッパティーニにとって、兄アルフォンソは同志であり目標であり、そして一生かけて超えるべきライバルであった。




◆◆◆◆◆



※ライズ世界の軍艦は、地球列強から持ち込まれた設計図で各国が建造しており、クロア公国はイタリア艦を建造・運用しております。

※その際、同じ設計図を使用した地球艦があれば名前を貰う慣例があります。


※詳細は現在第1部まで連載されている『王立空軍物語』の劇中で語られております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る