第15話「怒らない男と怒れる女(その3)」
”いやあ、お茶を運ぶたびに思いましたよ。
「自分はいったい何を見せられてるんだ」って”
アルフォンソ中将に給仕した従兵のインタビューより
1日中顔を合わせているおかげで、ヴェロニカも大分アルフォンソと言う人間が分かるようになってきた。
好意的な人間は、彼を「聞き上手な人たらし」と評する。確かにその通りで、行動を共にしているとつい多弁になってしまう。
一方で、彼が「怒らない男」であるとは思わなかった。
アルフォンソとて拗ねはするし不機嫌にもなる。ただそれを隠すのが上手いだけである。
それを感じたのは、アルフォンソがシュペクラティウスをお土産に公都の作戦会議から戻って来た時である。
「シュペクラティウス」と言うと、日本人やライズ人は語感から中世の刀剣かローマの将軍か何かかと想像する。実体は何のことは無い、ドイツ人が愛するジンジャーの効いたビスケットである。
「良く見つけてきたわね。この物不足の時に」
久しぶりに私物の紅茶を従兵に入れさせながら、ヴェロニカは故郷の菓子を皿に盛る。
「蛇の道は蛇だよ」
悪戯っぽく笑って、別に包んでおいたシュペクラティウスを何も言わずに従兵に手渡す。この辺りは流石だ。
「僕らは作戦が失敗したら歴史に無能者の名を残すんだ。この位役得が無いとね」
当然の様に「僕ら」と言う表現を使ったのが何となく腹立たしかったが、だからと言って嫌ではない。自分も丸くなったものだと内心で自嘲する。
「案外ちゃっかりしてるのね。でも何でこれなわけ? こっちのドイツ菓子は、シュトーレンの方がメジャーだけど?」
アルフォンソはきょとんと毒気を抜かれたように呆け、そして笑った。
「その辺り、君は無頓着だね」
笑われているのは明白だったので、睨みつけてやる。
実は何のことを言っているのかは分からなかったのだが。
彼はそんなヴェロニカにと「悪かったよ」と謝罪して、シュペクラティウスを手に取る。
「君が故郷の話をした時、良く焼いてもらったって言ってたじゃないか」
そう言えば、そんな話もしたような気がする。
わざわざ記憶しているのは、流石「人たらし」である。
「お礼は言っておくわ。ありがとう」
何故か腹が立つ。
にっこりと口元にえくぼを作るアルフォンソに向けて、半眼で視線を返す。
「マメな事ね。さぞモテたでしょう」
アルフォンスは皮肉にむっとするどころか、がっくりとうなだれた。それはもうかわいそうなほど。
いつもの憎まれ口のつもりだったのだが……。
「……気に障ったのなら、悪かったわよ」
いつに無くへこんだ様子のアルフォンソに、ヴェロニカは恐る恐る謝罪する。
「……2週間だよ」
「2週間?」
謎の数字を出されて、怪訝そうに聞き返す。
「付き合ってから振られるまでの最長期間だ。8割が弟目当てで……。残り2割が、僕が父に嫌われていると話したらそれはもう潮が引くように。唯一受け入れてくれた子にも、『大事にしてくれるのは嬉しいのですが、少し重くて』と気まずそうに言われた。それが2週間」
大変失礼なのは自覚していたが、声を上げて笑ってしまった。
「酷いなぁ」と渋い顔をするアルフォンソだったが、盛大に笑い話にされてすっきりしたようだ。
2人はタイミングを合わせたように、あははと笑った。
「貴族のご令嬢を気まずくさせるなんて、どれだけ御姫様扱いしたのよ?」
「聞かないでくれ。当時としてはそれが普通だと思ってたんだよ」
「まあ、普通じゃないのは今も同じだと思うけど。今なら女性も選び放題でしょうに。男が好きなの? レナート少将とそう言う関係って噂もあったわよね?」
再び黙るアルフォンソ。
視線を逸らして紅茶を流し込む姿が、妙に子供っぽく思えた。
「……もしかして、本気で拗ねてる?」
アルフォンソは、視線を戻さずに言った。
「僕にだってプライドはあるよ」
仏頂面で紅茶を啜るその姿を見て、昔飼っていたダックスフントを思い出した。
意地悪して遊んでやらないと、「分かっているでしょう?」と恨みがましい目で見てくるのだ。その顔が可愛らしくて、ついついいぢわるしてしまうのだが。
ヴェロニカは初めて、この人たらしが自分に似ていると思った。
自分が孤独に弱い事はなんとなく理解している。それを悟られたくなくて、つい突っ張った生き方をしていることも。
ひょっとしたら彼も、表現が異なるだけで同じなのかも知れない。
「貴方の敗因は、その不貞腐れた顔を相手に見せなかった事ね。そうしたらこんなのでも可愛げがある男だと思ってくれたかも」
茶化されて無言でマグカップを置くアルフォンソに、今度は確信した。
あ、今度こそ完全に拗ねた、と。
「それは君にも言える事だな。もっとさっきみたいに笑えば、僕なんかより余程周囲に人が集まるよ」
「えっ!?」
どうやら、意趣返しで言ったようだ。それだけの意味でしかない。分かっているのだが……。
数秒遅れて、彼も自分が何を言ったか気が付いたらしい。
「……じゃあ、仕事に戻ろうか」
咳払いをすると、畳んでいた図を広げ直す。
「そうね」
ヴェロニカも肩にかかった髪を払って、書類に目を落とす。大変気まずかった。
その光景を見ながら菓子の皿を片づけていた従兵は、後に書き残している。
「こいつら、中学生か」と。
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