第12話「謀略戦」

”新任の第5軍司令官が無心してきたあれこれのリストを見て、軍需相は語気を荒げて抗議し、ダウディング総司令は不快を露にした。

 だが大公陛下の一言が全てを決めた。

「信じましょう。私たちが彼を選びました。ならば最後まで信じるべきです」と”


クロア公国宰相ブルーノ・クロッツィ著『備忘録』より





 数日後、目の前には2人が昼夜を徹して練った作戦計画があった。

 ヴェロニカが書き上げた必要な物資と人材のリストを読んで、さすがの怒らない男も苦笑はする。


「まったくお手柔らかじゃないね」


 アルフォンソのやんわりとした抗議・・などどこ吹く風、優雅に肩にかかった髪を払うヴェロニカである。


「本当に、新型戦車にこんな使い方をするのかい?」

「ええ、〔Ⅳ号戦車F2型〕は唯一〔T34〕や〔シャーマン〕に対抗できるまとまった戦力よ。優れた兵器は一番過酷な戦場に投入するのが筋でしょ?」


 この新鋭戦車は、元々対戦車戦闘用に造られていなかった〔Ⅳ号戦車〕の砲を、戦車の装甲を貫ける様に延長した新型だ。

 性能としては〔シャーマン〕と同程度で、走攻守で〔T34〕には劣る。それでも貴重な機甲戦力であった。


 上層部からは慎重な運用を求められたが、そもそも財布を気にするなら戦争などするべきではない。平時の兵器は見せ金の高価な玩具で構わないが、戦場では使ってナンボである。

 とは言え、この手の容赦の無さはアルフォンソとしても望むところのようだ。下手に容赦されて中途半端な作戦を立てれば、万単位の人命を巻き添えに敗北する。当然と言えば当然の事だが。


 それよりも、この作戦の「キモ」である工作部隊・・・・の 編成には大いに苦労している。

 幾ら理を示しても、必要な人材を各部隊が手元から放さないのだ。それらを全て説得して回るのはアルフォンソの仕事だが、流石の彼も起こるであろう当然の反発を考えると胃がキリキリ痛む。


「そんなものより、敵をおびき出す『餌』の方に何か言ってくると思ったけど?」

「いや、こちらの件は了解したよ。確かにゾンムや帝国派をペテンにかけるなら、このくらい思い切ったやり方は必要だ」

「日本を説得できるの?」


 この作戦のカギは同盟国である大日本帝国だ。

 ヴェロニカは、竜神降臨の1000年も前から存在していたこの古老なる国の戦人たちに対し、「攻撃の勢いは手が付けられない程だが、予想外の事態では柔軟性を欠く」と言う評価を下していた。


 もっともクロアへの義勇軍の中では、その弱点を理解した上で補う事ができる若手の将官も育ってきている。

 陸軍の栗林忠道少将や、海軍・・牟田口廉也・・・・・少将・・らがそれだと考えているが、日本の軍隊は彼らを活用できれば一気に化けるだろう。

 帝国派を罠にかけ、偽装の撤退を本物・・と信じ込ませるには、彼らに動いてもらう必要がある。


「総研の飯村中将とは何度か会食した事がある。どうやら僕の事を気に入ってくれたらしくて、『是非またゆっくり話そう』と言ってくれたんだけど、それを今回果たして貰おうと思う」

「飯村穣中将!? 東條首相のブレーンで、軍制改革の立役者の!? 貴方、何者!?」


 幾らアルフォンソが貴族で高級軍人だからと言って、そうそうお知り合いになれる相手ではない。

 例えば、国家元首クラスならローマ法王と面識はあるかも知れないが、だからと言ってプライベートで酒席を共にしているかと言えば、そんな事ある訳がない。


 要はそういう話である事の筈なのだが――当のアルフォンソは、涼しい顔でのけぞる様な事をさらりと言ってのける。


「いや、一介の補給参謀だけど?」

一介の補給参謀・・・・・・・が、戦争計画の立案者と飲み友達な訳ないでしょ!?」


 ヴェロニカは言う。日本にとって謀略に長けた英国が味方に居る事は大きい。

 良くも悪くも無邪気な日本人に、「主張しない正義は正義ではない」という鉄則を。時間をかけて教え込んだのは英国である。

 本来的・本質的には経済戦争でしかないクロア内戦を、宗教の自由を巡る戦いに仕立て上げた・・・・・・のも彼らの入れ知恵だ。


 そしてもう1つ、英国が日本に教えたことがある。「インテリジェンスの活用」である。

 意外かも知れないが、日本の諜報組織は恐ろしく優秀だ。彼らは巧みに現地に入り込み、たちまちのうちに情報網と人脈を作り上げてしまう。

 欧州大戦で行った諜報戦の実態を知り、百戦錬磨の英国諜報部も冷や汗をかいたと言う。


 ところがそんな優秀な諜報組織も、所属上位組織ごとのセクショナリズムに阻まれ、情報そのものの”質”ではなく、情報を上申する責任者の肩書で優劣や優先度を判断される始末。

 収集した情報が全く活用されてないし、当然その分析についても“お寒いもの”と成り果ててしまっていたのだ。

 これは新鮮な生卵をハードボイルドにしてしまう英国人でも、許しがたい無駄遣いであった。


 そんな“お節介”のかいあって、やっと重い腰を上げた日本人が「インテリジェンス」と言うものを真に会得するまで、実に20年近くを必要とした。

 現在では、バラバラだった諜報組織が「曙機関」の下に省庁横断的に統合され、それらを吸い上げて分析するのが内閣所属の研究機関「総力戦研究所」だ。


 所長の飯村中将は「対米戦が勃発した場合、敗北は100%」と、御前会議大元帥の前で断言して物議を醸した豪の者である。

 現在の首相である東條英機と懇意で、彼が東條を説き伏せて大規模な軍制改革を行ったのは記憶に新しい。日本の戦争計画は実質、彼が立てているとさえ噂される。


 そもそもヴェロニカが目を付けたのは、日本海軍の暗号が更新間近である事だった。

 彼女はこれを利用して旧暗号を意図的に漏洩させ、その上で大公派が大規模な後退を行う事を示唆する通信を、故意にあちこちに 送らせる事を思いついたのだ。




◆◆◆◆◆




 アルフォンソがこれを魔法通信で持ち掛けた時、飯村中将には怒る以前に苦笑された。


『君の参謀長は、無茶苦茶な作戦を立てるね』


 暗号を漏らすと言うことは、情報の露出を増やすと言う事である。

 何気ない電文――例えばうっかり送った「何処何処に水を送ってくれ」と言う一文が。解読された為に攻撃目標が全て露呈すると言った失態は、古今東西で起きうる。


『その件ですが、重要な電文は全て盗聴不可能な魔法通信に切り替えましょう。減った分の無線通信には、攪乱を狙った偽情報を大量に割り込ませるのです。

 彼女が言うには、地球には「木を隠すには森の中に」と言う格言があると。漏れた情報は大量の偽情報で覆い隠します』

『君は当然、その意味を・・・・・分かっているんだろうね?』


 口調こそ厳しいが、魔導投影機越しの飯村は先ほどから口元が緩んでいる。

 あまりに突飛な意見に、面白くなってしまったらしい。


 偽情報云々は有効な手だが「騙されてくれる様な偽情報を大量に考える」「送られてきた偽情報を味方が正しい物だと誤認しない様な手続きを取る」の2点だけで、関係部署は過労死しかねない程の負担を負う事になる。

 しかも、この手の仕事は専門職で、容易に増員でやりくり出来ない。


 また、魔法通信はほぼ傍受不可能。安全と言えるが、高価な魔晶石を使用するため恐ろしく高コストだ。

 仮に日本海軍の暗号通信を魔法で代替したら、連合艦隊はたちまち破産か大幅な縮小かの二択を迫られる事だろう。


「暗号の切り替えまで約2ヶ月弱。現場にはどうにかそれだけ耐えて貰いましょう。帝国派のバックに居る米国は、合理主義の権化です。容易なフェイク情報では騙されてくれはしない。それは閣下がご存知の筈」


 飯村は暫し沈黙すると、『君は、賭けているんだね?』と念押しした。


「ええ、私は彼女に・・・賭けています」


 神妙に頷くアルフォンソに、飯村は言う。


『現場にはそれなりの手当てを出して耐えてもらう。足りない人材はダバート王国から一時的に出向してもらおう。魔晶石は、各部署がプールしている物を吐き出させる』

「……ありがとうございます」


 投影機越しに深々と頭を下げるアルフォンソに、飯村は言う。


『今回、我々は失敗しても失うのは金だ。その程度のリスクで安全保障上必要な同盟国を救えるなら安い買い物だ。失敗で即命を失う、君達に比べたら特にね』


 アルフォンソはもう一度頭を下げた。

 飯村は何も答えず、片目を瞑って見せる。日本人らしくない仕草は、公人としてではなく飲み友達へのエールだったのだろう。



 かくして、まさかの日本が行った大掛かりな欺瞞工作に、米国および連盟陣営はまんまと引っかかる事になる。

 代償として海軍及び曙機関は、莫大な魔晶石と機密通信用の経費を使い果たした。新暗号に切り替えるまでの僅か2か月間、それも戦争にも災害にも直面していない平時にである。

 陸海軍を事実上統括する兵部省の役人達は、毎日現場から上げられてくる通信費の報告書を眺めては胃薬を飲み下す日々だったと言うが、それはまた別の話である。

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