イリッシュ大戦車戦・改 ~第二次異世界大戦機甲録 A.D.1942~

萩原 優

第1話「鉄槌」

”恩知らずの我が祖国よ、お前は我が骨を持つことはないだろう”


スキピオ・アフリカヌスが墓石に刻ませた言葉



降臨暦942年(西暦1942年)9月28日。



 無限軌道キャタピラの足と、鉄の砲弾を吐き出す大砲剛腕を振るう鉄騎。戦象のごとき体躯で蹂躙し、全てを踏みつぶす巨人。

 人はそれを戦車タンクと呼ぶ。


 彼らにとって既存の陸戦兵器など過去の存在だ。

 手榴弾などライターの玩具に過ぎない。いかなる小銃もその皮膚を破れない。対戦車砲ですら息を潜めて待ち伏せしなければ傷一つ付けられない。


 巨人を殺せるのは巨人だけ。


 戦場の支配者として思いのままにふるまっていたそれ・・は。不意にその身を震わせて、爆ぜた。


 飛竜の鱗すら破砕する戦火いくさびとともに。

 一瞬でくろがねの棺となって、ごうごうと炎を上げて松明のように戦場を照らすそれを生み出したものは――。

 ひとまわり小さい、その同類・・・・だった。


 ペリスコープ潜望鏡から燃え上がる敵戦車に一瞥をくれて、”彼女”は舌打ちをした。

 狭く熱気に満ちた戦車内にさらけ出された癖毛の金髪は、汗と火薬の燃えカスで酷い有様だったが、その艶は隠せない。


 ドイツ陸軍から義勇兵としてこの異世界にやってきた生粋の戦車乗り。

 泥沼のクロア内戦で、大公派が誇る熟練の指揮官。

 それがヴェロニカ・フォン・タンネンベルク少佐だった。


「相変わらず硬いわね! 肉薄しないと撃ち抜けないわ!」

「ボス! さらに距離を詰めますか?」

「ボスはやめなさい! そんな暇はないわ! 帝国派やつらがいくら間抜けでもそろそろ反転してくるわよ!」


 操縦手と怒鳴り声を交わすうちに、既にベテラン装填手が砲弾を薬室に押し込んでいる。

 2秒と空けず砲手が照準を定め、トリガーに指をかける。


 再び発砲。


 背面の薄い装甲を撃ち抜かれた怪物は黒煙を吐き出し、停止した。


 ヴェロニカの取った戦術は至ってシンプル。

 眼前を通過する敵戦車を息をひそめてやり過ごし、背後から闇討ちをかける。ローマの名将スッラが行った戦術の応用だ。


 重装甲の大型戦車と言えど、背面の装甲は薄い。この方法で彼女が率いる定数割れの大隊は5つ目のキルマークを頂戴した。


 その甲斐あってうまく背後を突いたのは良いが、奇襲の効果ご祝儀もそろそろ打ち止めだろう。


『各車追撃やめ!』


 ヴェロニカの決断は早かった。

 ただでさえこの〔Ⅲ号戦車〕は小型でありながら敵の新型戦車より鈍足なのである。

 彼女の戦車が遅いのではない、敵が巨体でありながら速すぎる・・・・のだ。


 〔T34〕


 それが、迫りくる怪物モンスターの名前。


 この新型戦車は大公派の擁するあらゆる戦車をスペックで上回る。まさに捕食者プレデターだった。

 その装甲は砲弾を雨粒のように跳ね飛ばす。わが方の戦車が決死の覚悟で放つ砲弾であろうともだ。そして攻撃に転じれば、いかなる大公派戦車の装甲板も蝋のようにひしゃげさせてしまう。


 眼前に出現した別の新型が、巨大な砲火を吐き出した。わが方の短砲身5cm砲よりもはるかに巨大だ。

 生贄に選ばれたのは右前方を走る〔Ⅲ号戦車〕だ。

 直撃! あまりの威力に砲塔が吹き飛ぶ。

 生贄となった戦車は生きる屍のように3メートルほど前進し、そのまま永久に停止した。


 車長はヴェロニカと同郷のドイツ人下士官で、故郷の料理を仲間に振る舞うのが趣味だった。

 彼のごった煮スープは2度と味わうことはできない。


 旗下の戦車たちが慌てて応射するも、その努力は徒労に終わる。彼らの放った砲弾は正面装甲に跳ね飛ばされ、みじめに飛び去ったからだ。

 ヴェロニカは悔恨と屈辱とともに、唇を噛む。

 だが、内心を悟られてはならない。

 それが指揮官である。

 余裕ある態度を装って、命令を下す。


「ならそろそろお暇しましょうか。通行料は十分に頂いたし、足止めもしたわ」

了解ヤーボス!』

「ローサ大尉! 殿を任せる!」

『光栄です隊長!』


 歴戦の部下たちはもう慣れたもの、相互支援しながら組織だった退却を始める。

 損な役割を命じられたローサ中隊・・も、恐怖や戸惑いを感じさせない。一糸乱れぬ動きで他の中隊に続く。


『しかし、命令は敵戦車部隊の撃滅では……』


 余計な無線を寄越してきたのは新任の小隊長だ。

 こう言う生真面目な新米士官は義務を果たそうと率先して戦い、率先して戦死を遂げる。ついでに率先して部下を巻き添えにする。

 彼にはもう少しずるく立ち回ることを教え込まねばならない。それがクロア公国この国の現実なのだから。


『では、上の命令に従えばあの戦車化物を撃滅できるの?』

『それは……』


 ヴェロニカは回答を待たず一方的に会話を打ち切った。新米は言葉に詰まったまま何も言い返さない。

 後ほど彼の犯した愚行をたっぷりと言い聞かせるとしよう。精神論で貴重な時間を浪費させた過ちをだ。

 ただし、彼が生きて帰れたら。


「どうせ追ってこないけれど、煙幕を!」

『了解! ボス!』

「ボスはやめなさい!」


 クロア仕様に追加装備されたスモーク・ディスチャージャーが発煙弾を次々発射する。

 彼女の読み通り、帝国派の戦車は追っては来なかった。

 これ以上大公派の勢力圏に留まれば、夜が明けて航空攻撃の餌食になる。敵はそれを知っていた。

 喪失1に対して撃破した戦車は5。十分以上に大戦果と言える。

 だが、ヴェロニカはそれを喜べなかった。日々増強される帝国派の戦車部隊相手に、彼女たちは徒手空拳で戦わなければならない。

 彼女の大隊は、既に2個中隊に毛が生えた程度の戦力しかない。

 人員はまだいい。戦車ものがないのだ。


(なんとかする策はあるわ。でも、一介の戦車将校の提案ではどうにもならない。もし私の作戦を預けるに値する将軍がいれば、きっとこの状況を覆せる)


 さきほどまで軽快なエンジン音を鳴らしていた1輌の戦車と、彼との運命を共にした乗員たちの顔が浮かぶ。    

 無性にあのごった煮スープが飲みたくなった。




 この日の戦闘は被害を出しながらも敵戦車の撃退に成功したが、大公派の出血は増える一方。

 大公派は、真綿で首を絞められるがごとき戦いを強いられてゆく。


 だが、ヴェロニカは知らなかった。

 彼女が駄目で元々と送り付けた上申書がある無名の将軍の手に留まったことを。

 その物好きはヴェロニカ・フォン・タンネンベルクを直ちに公都クロアに招聘すべしと厳命したことを。


 そして彼女を目の敵にする師団長他上官達の反対も、その決意に微塵の影響も与えなかったことを。




 竜神に愛された世界ライズ。その片隅で始まった内戦は、争いの炎を燃え滾らせていた。

 多くの不幸と熱狂の中で。


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