第40話
図書館を出た莉亜は飲食店が立ち並ぶ中央通りを散策する。ラーメン屋やレストラン、ファストフード店を覗くが、どこも店内は混雑していた。休日ということもあって、昼時を過ぎても飲食店はどこも人で溢れ返っており、人気店に至っては外まで列をなしているようだった。
どこか手ごろに空いている店は無いか探していると、建物の影から小さな塊が飛び出してくる。足を止めた莉亜が見下ろすと、そこには面識があるキジ白の成猫が座っていたのだった。
「ハル?」
「にゃあ!」
莉亜の声に答えるようにハルは鳴くと足にすり寄ってくる。最初こそおにぎりやお守りを取られてしまったが、店に足繁く通い続けたことですっかり懐かれてしまった。切り火たちも好意的に接してくれるが、ハルも同じであった。足にじゃれついてくるのと、膝の上に乗ってくるのは日常的であり、肩や頭に飛び掛かられることや。甘えてもいい相手と思われてしまったのだろうか。莉亜も懐かれたのを良いことに、スマートフォンで好き勝手に写真を撮っていたので、あまりハルのことを言えないが……。
蓬の神使だけあって頭が良いのか、莉亜の要望に答えてハルは色んなポーズを取ってくれた。招き猫のポーズや反った魚のポーズといった普通の猫はやってくれなさそうなポーズにも答えてくれるので、莉亜のスマートフォンにはハルの写真ばかり増えてしまった。あまりに賢いので、前世は人間だったと言われても驚かないかもしれない。
「今日はお散歩しているの? あれから蓬さんは元気にしてる?」
答えてくれないと分かっているものの、気になって尋ねてしまう。味覚を失っていたとはいえ、甘い味噌汁を出して客を怒らせたことで自分の料理にすっかり自信を無くしたのか、あれから蓬は店を休み続けていた。雨降り小僧や他の客たちも店が開店していないことを知ると寂しそうに去って行き、門番の牛鬼にも蓬の様子について何度も尋ねられた。莉亜も毎日店まで行ったものの、明かりが消えた暖簾も出ていないお店はどこか入りづらい雰囲気を出しており、引き戸を開ける勇気を持てずにいたのだった。
ハルの喉を撫でながら蓬のことばかり聞いていたからだろうか。ハルは急に立ち上がると中央通りを外れた細い路地に入って行く。莉亜も後を追いかけると、しばらくしてどこかの店の前で立ち止まったのだった。
「ここって……おにぎり屋さん?」
最近オープンしたばかりなのか、出入り口の前の真新しい立て看板を読み上げる。看板の下の方に書かれているメニューを読もうとした時、入り口の扉が開いたのだった。
「あらあら。ハルちゃんったら、また来ましたの?」
「にゃー」
紺色のエプロン姿の店員らしき女性に話しかけられたハルは肯定するように返事をすると、そのまま我が物顔で店に入っていく。他人ならぬ他神の猫とはいえ、飲食店に生き物が入っていくのは衛生上良くないのではとハルを止めようとしたところで、女性は「あらっ」と莉亜に気付いたようだった。
「貴女は莉亜さんでしたね? こんなところでお会いできるなんて偶然ですわ」
「どこかでお会いしたことがありましたっけ?」
「数日前に蓬様のお店でお会いしましたわ。金魚です」
「ああっ! 金魚さん!」
蓬の店で会った時と違って雰囲気が違うことに加えて、見慣れない洋服姿と簡単に施された化粧というのもあって、誰か全く分からなかった。ようやく思い出した莉亜が驚き入っていると、金魚は優雅に微笑んだのだった。
「すみません。すぐに思い出せなくて……」
「分からなくても仕方がありませんわ。先日お店で会った時とは違って、今は人に化けておりますの。人の世で生活している以上、あやかしの姿のままでは何かと不便がありますので」
「あやかしも大変ですね……、ところでハルがお店の中に入って行きましたが、止めなくていいんですか?」
「ハルちゃんはよく遊びに来ますのよ。貴重なお客様ですわ。まだ開店したばかりでお客様も少ないので、ハルちゃんや他のあやかしぐらいしか立ち寄ってくださいませんの」
「じゃあこのおにぎり屋さんは、金魚さんのお店ですか?」
「いいえ。店主は私と同じように人の世に暮らしているあやかしです。主人が面倒を見ているあやかしのひとりでして、お店を開店すると聞いてお手伝いをさせていただいていますの」
金魚の夫は仕事の傍らで人に悪さを働くあやかしたちの更生指導も担当しているそうで、人を襲おうとして捕らえられたあやかしたちの元を訪れては、人との共存について教え、人の世で生きていけるように教育や支援を行っているとのことだった。
この店の店主も人を襲おうして捕まってから、ずっと金魚の夫が世話をしてきたあやかしのひとりであった。更生の甲斐があってか、人の世で店を開くことを目標に料理について学ぶようになり、先月ようやく自分の店を開店させた。しかしまだまだ人の世に疎いところがあるそうで、開店前に様子を見に来た金魚の夫は店主が一人で店の切り盛りをすることを案じたらしい。そこで人の世にある程度詳しい金魚が店員という形で店を手伝うことになったという。
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