第41話
「最初こそ主人の頼みでしたが、今は店員という形で人と関われることを楽しんでいますの。正直に申し上げますと、当初は蓬様のお店で働きたいと思い、おむすびについて学びましたの。ですが、お店の手伝いは不要と固辞されてしまいまして……。場所やお店は違いますが、その時に蓄えた知識を披露する機会に巡り合えて本当に良かったですわ。ただそうは言いましても、まだまだ閑古鳥が鳴いておりまして……。あやかししか来ておりません……」
「このお店は中央通りの飲食店街から少し離れているので、なかなか見つけづらいのかもしれませんね。私もハルに案内されなければ見つけられませんでした」
図書館も面している広い中央通りは駅と直結していることもあって、飲食店や商業施設が集中していた。駅の中にも飲食店街が展開されているので、そこで食事を済ませてしまう人も多いのだろう。
駅から外に出ればすぐ目の前に飲食店が軒を連ねているので、そっちに目を引かれてしまうというのもあるかもしれない。
中央通りから少し外れる路地に建つこの店まで辿りつく者があまりいないのだろう。
「そうですわね。ここに来るあやかしというのも、ハルちゃんがどこからか連れて来て下さる方か私どもの知人ばかりですの。人に来てもらうには、もっと人について知る必要がありますわ。人がどんなことを考え、行動をするのかも把握しなくてはなりません」
「それならもっと宣伝に力を入れてみましょう。インターネットを利用してブログや口コミサイトで情報を発信するだけでも目につきやすいと思いますよ。それを見て興味を持った人たちがお店に来て、その人たちが自分のブログや口コミサイトでお店を取り上げる。今度はそれを読んだ人たちがお店に訪れるようになって……って、それが続けば、自然と客も増えますから」
「そうなのですね。ですが、私や主人、店主もインターネットには疎いものでして……。インターネットに詳しいあやかしに頼まなければなりませんね……」
金魚は悩み始めてしまったが、やがて「そうですわ!」と何かを閃いたようだった。
「莉亜さんがこの店を宣伝してくださればいいのですわ! 莉亜さんは人の世に詳しいようですし、きっと私どもよりインターネットにも熟達されているかと存じます」
「えっ!? 私はブログをやっていないので……」
本当は莉亜の推しキャラクターである忍さまこと花房忍に関する情報取集用兼布教用のブログはあるのだが、それを教えるのもどこか気恥ずかしい。だが今時の人間ながらブログをやっていないというのは、逆に怪しまれて深堀されるかもしれない。
どう言い訳しようか莉亜が視線を彷徨わせながら考えていると、金魚は微笑する。
「謙遜しないでくださいませ。見たところ、人の世に住んで長いようですし、私どもかくりよから移住してきたあやかしより、人の生活に馴染んでいるようですわ。初めてお会いした時から、とても垢抜けた方と思っていましたのよ。あやかしの妖力を完全に隠して、人に変化されておりましたもの。最初は人と見間違えましたわ。うちの子供たちにも莉亜さんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですのよ」
どうやら金魚は莉亜のことを、人の世に長く住んでいるあやかしだと思っているらしい。人間に化けているのではなく、元々人間なので化けようもないのだが、金魚がしきりに褒めるので訂正しづらい。それとも今後また蓬の店で会った時に備えて、ここは正体を隠しておいた方がいいのだろうか。
ここは話題を変えるためにも、お店を宣伝することを約束した方がいいかもしれない。
「ブログはやったことが無いので、記事として投稿するまで時間が掛かるかもしれませんが、大学……人間の友人たちに宣伝してみますね」
「ありがとうございます。それでは店内にどうぞ。店内飲食とお持ち帰りのどちらになさいます?」
「じゃあ、店内でお願いします」
金魚に案内された店内は小さいながらも、カウンター席とテーブル席がそれぞれ数席ずつ並んでいた。莉亜の他に客がいなかったからか、好きな席に座るように勧められたので、カウンターに寝転がったハルの隣に腰掛ける。莉亜たちが外で話している間に、ハルはすっかり寛いでいたらしい。白いお腹を見せて伸びのポーズをしていたので、片手で柔らかな白毛を撫でながらメニュー表に目を通したのだった。
(そういえば、蓬さんのお店以外のおにぎり屋さんに来るのは初めてかも)
蓬のお店のメニューは塩おにぎり一択だったが、ここのお店は色んな具材のおにぎりを選べるようだった。定番の梅、昆布、鮭、ツナマヨネーズ、おかか、いくら、辛子明太子、野沢菜、高菜などを始め、野沢菜、カルビ、紫蘇、海老マヨネーズ、牛そぼろ、たまご、すじこなどがあった。またメニューの中に塩もあったが、塩については海苔の有無も選べるらしい。
「品数はいかがでしょうか。人の世のおにぎり屋を複数件調べて、今の品数になりましたの」
どれがいいか迷っていると、お茶が入った湯呑みを運んできた金魚が気遣うように声を掛けてくれる。立ち昇る香りから中身は黒豆茶だろうか。
「たくさんあるので何にしようか迷いますね……。オススメはありますか?」
「蓬様のおむすびを食べ慣れている莉亜様に申し上げるのはお恥ずかしいことではありますが……。塩おむすびが当店自慢のおむすびですわ」
金魚の話によれば、ここで提供している米や塩、海苔、各具材は店主が直接生産者の元に足を運んで厳選したものを使用しているらしい。
とりわけ米と塩の組み合わせにはかなりこだわったそうで、匂いや見た目以外にも口に入れた時の味や食感、後味までを考え抜き、何度も試作を重ねた結果、今の米と塩を選んだとのことだった。それらを直に味わえる塩おにぎりは店主の自慢の一品であり、このお店のオススメでもあるという。
せっかくなので、莉亜はオススメという塩おにぎりを海苔なしで頼み、他にも大好物の鮭のおにぎりを頼んだのだった。
店主が店内の厨房で用意をしている間、金魚から店内飲食を利用の際には味噌汁がサービスとして付くことを聞かされる。具材は日替わりらしいが、仕入れの業者――あやかしが担当しているらしい、から安く購入したものを使っていると密かに教えてもらったのだった。
そうして金魚も店の奥に引っ込むと、莉亜は店内を見渡す。昔から建っていた建物を改装したのか、外観は多少古ぼけていたものの、内装は比較的白い壁や新しいカウンターやテーブルが印象的であった。ハルが寝転んでもカウンターから落ちないということは、カウンター自体もサイズが大きく作られているのかもしれない。それなら椅子の並べ方次第ではゆったりと座れそうだった。
今後昼食や夕食時に店内飲食をする者が増えて、カウンター席に並んで座ることを考えた場合、隣席との距離が近いと食事している最中に肘や身体がぶつかることもあるだろう。カウンターの椅子もあまり高さがあると、子供のように身長が低い人や体重が軽い人が座ろうとした時にひっくり返ってしまうかもしれない。
最初からある程度、カウンター席同士のスペースを開けておけば、ベビーカーで来た人やスーツケースなどの大荷物を持って来た人たちが荷物を置いて寛げるだろう。
また店近くの中央通りは駅と繋がっているので、観光客を始めとする旅行、出張帰りの地元民などの利用も想定した方が良い。宿泊先や自宅に戻ってから食事の用意をするのが手間と考えて、店内飲食をする人も少なからずいるだろう。
持ち帰りも出来るとのことだったので、そういった人たちが持ち帰りで購入することも想定するのなら、持ち帰りを注文した客が待つ場所や商品の受け渡し専用のレジカウンターもあると、混雑時も混乱せずに済むに違いない。
また店内には少しながらテーブル席もあるので、小さい子供を連れた家族や学生などの友人同士、昼休憩中の会社員同士でも訪れやすいように思う。案外、図書館帰りのママ友たちをターゲットに、小さな子供連れでも入れる店としてここを提供するのもありかもしれない。
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