第39話

(セイさんから蓬さんの情報を得られないのなら、もっと違うところから調べてみよう)

 

 振り出しに戻った莉亜だったが、今度はセイが用意していたという神饌――おにぎりに目を向ける。蓬から話を聞いた時は、セイの作るおにぎりと蓬が作るおにぎりの違いは、セイの時代に使われていた水との違いだと考えた。水源は枯れたらしいが、どこかに枝分かれした水源が残っていないだろうか。例えば、大きな湖から生じた細い川が、その後水害や土地開発の影響で大きな川になったとか。

 三度、区画整理の新聞記事の絵図とスマートフォンの現在の地図、明治時代の地図の三者を比較する。すると最初に基準とした大きな川から、いくつもの小さな川が派生していることに気付く。その内の一つがセイの神社の近くを通っていたのだった。


(ひょっとして……)

 

 気になった莉亜は書棚に向かうと、この辺りの治水工事に関する本を取り出して目を通す。

 地図上でセイの神社近くを通っている細い川を遡っていくと、やがて小さな湖へと辿り着く。近くに浄水場らしき建物と人工的に作られた貯水池もあることから、ここがセイたちの時代に使われていた水の元となる水源なのだろうか。

 治水工事に関する本を開いて、この辺りで現在使われている浄水場の一覧を見つけるが、その中に明治時代の地図に書かれていた浄水場の名前は無かった。肝心の湖も地図上から消えていることから、水源となる湖が枯れたのか、埋め立てられたかしたのだろう。その答えも読んでいた治水工事の本に書かれていた。

 貯水池があった辺りは地盤が弱いようで、セイが生きていた時代の遥か昔から大雨や台風などで度々水害が起こっていた。そこで近隣住民からの被害や嘆願を聞き入れ、大規模な治水工事が行われた。そうして莉亜たちの祖父母の代に浄水場は取り壊され、貯水池と湖は埋め立てられた。湖の代わりとして長い水道管を設置して別の水源から水道を引くことにしたらしい。

 水源と思しき湖が失われた以上、やはりセイが使っていた水と同じものを手に入れるのは叶わないのだろうか。


(蓬さんは当時の水源に近い場所から水道を引いたと言っていたから、それよりもっと水源に近い場所ならセイさんが使っていた水と似ているのかな……)


 そこまで考えて思い当たる。もう一度セイの神社近くを通っていた川を辿ると、今度は反対方向に源流となる大きな川の上流を登っていく。すると上流にダムが築かれており、その側には浄水場もあった。浄水場から少し離れたところには給水場もあり、どちらも現在使われていることが分かった。莉亜が住んでいるところからかなり離れているので、自宅の水道や蓬のお店の水道とは違う水だろう。大学で知り合った友人の中に、この浄水場が供給している地域に住んでいる友人がいたので、水を分けてもらえないか頼んでみるのもいいかもしれない。


(でも、本当に水だけの問題なのかな……)


 どこか釈然としないが、時計を見ると図書館に来てから相当の時間が経っていた。昼時も過ぎたからか、ここに来てから飲まず食わずの莉亜の腹が空腹を訴えていた。調べるのはこれくらいにして、帰りながらどこかで昼食を摂ってもいいかもしれない。この辺りは来たことがないので、目新しいお店もあるだろう。

 莉亜は立ち上がると、使っていた本を片付け始めたのだった。

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