第13話

「完成したぞ」


 仕上げに男性はおにぎり全体に塩を振りかけると莉亜に差し出す。男性が出してくれたのは蓬が握るものとほぼ同じ塩おにぎりであった。形や大きさも同じだが、この青年が握ったおにぎりの方がしっかり三角形になっていた。きっと蓬より強い力で握ったのだろう。

 莉亜は「いただきます」とおにぎりを口に入れるが、すぐに首をひねることになる。


(あれっ……。このおにぎり……)


 手の中のおにぎりをまじまじと見つめる。見た目は蓬のおにぎりと同じで、三角形に握った後に塩を振る姿も蓬とほとんど同一であった。

 それなのに青年が握ったおにぎりは蓬とはいくつか違っていた。その理由の一つははっきりしているが……。


「味はどうだ。誰かに食べさせるのは久しぶりということもあって気になっている。感想を聞かせてくれないか」

「……少し塩辛いです」


 蓬が作るおにぎりとのはっきりとした違いの一つ。それは塩の分量であった。蓬のおにぎりも程々に塩辛いものの、米の味を邪魔しない程度のしょっぱさであった。一方、この青年が握ったおにぎりは米の味をかき消してしまいそうなくらい塩辛く、子供や塩分を気にする人は到底食べられそうになかった。

 米に対して塩の分量が多いのか、食べた後も舌には塩のざらりとした食感と塩本来の味と思しき苦い味が残っていた。それが塩辛さと共に口の中で後を引いていたのだった。

 それ以外にも、男性のおにぎりは蓬のおにぎりと大きな違いがあったが、それが具体的に何か言葉に出来なかった。分かりそうで分からないのが、ひどくもどかしい。学校の試験で答えられるのにど忘れして答えられない問題を目にした時と同じくらい焦れったい。

 莉亜の率直な感想に青年は黒い目を丸くしたが、すぐに高笑いをしたのだった。


「そうかそうか。やはりおれの塩むすびは辛いか。うむ……。料理と言うのは奥深いものなのだな」


 纏う雰囲気まで蓬に近似した青年は何度も頷いていたが、やがて真顔になるとじっと莉亜を見つめてくる。


「ここの店主はこの味を再現しようとしている。お前はこの味を覚えて、店主を助けてやってくれないか」

「私が蓬さんに……? でも、貴方が直接教えればいいだけでは……」

「おれは会えない。会えない、宿命なのだ……。神がおれに、与え給うた試練なのだ。一番近くに居て、悔やみ、嘆く姿を見ても、言葉を交わすことさえ許されぬ」


 青年は痛みを堪えるような顔になって顎を少し引く。そして「時間だな」と、引き戸に視線を送りながら独り言ちたのだった。


「さっきの塩むすびを食べている時のお前の様子を見ていたが、どこか得心がいかないといった顔をしていた。気づいたのだろう。おれが作る塩むすびと店主の作る塩むすびの違いに」

「それは……」

「今はまだ言葉に出来ずとも良い。だがいずれ言葉にして、店主に指摘してほしい。これ以上、が苦しむ姿を見たくないのだ。おれの代わりに……を頼む」


 青年が言い切ったのと同時に引き戸が開けられる。入って来たのは蓬であった。莉亜が居ると思っていなかったのか、驚いたような声を上げる。


「もう来たのか。今日は早いのだな」

「今日は授業が休講になったので……。蓬さんは出掛けていたんですか?」

「食材の仕入れであやかし街に出ていた。それより炊事場を使ったのか? 何やら片付けたはずの調理器具が出され、掃除したはずの料理台が汚れているのだが……」

「私じゃないですよ。蓬さんにそっくりな人が使っていて……」


 そう言って炊事場を振り返った莉亜だったが、先程の青年は跡形もなくいなくなっていたのだった。

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