第42話 そしてあいつはストーカー

 風が止む。

 静けさが戻る。


 異様なほど静かな競技場の中央に、太った魔法使いのカレブーが大の字で倒れている。ぴくりともしない。白目を剥いて完全に気絶している。


 竜巻でフルプレートの鎧は外れて吹っ飛び、小手やブーツくらいしか残っていない。中に着ていた高級そうな服もボロボロに破けている。


 うーーん、ちょっとやりすぎだった?

  

 カレブーを木っ端みじんにしないよう、手加減してキックしたつもりだったんだけど…………。


 改めて周りを見まわすと、カレブー側の応援席は砂まみれで大惨事だよ、これ。


 竜巻が通過した後の席には、逆さまになった男たちのすね毛の足がいくつも生えている。呆然と立ちすくんでいる者も服が細切れだ。風で飛ばされなかった連中が、我に返り「わーわー」言いながら、仲間を助け出し始めた。


 あれだけ人数がいて、誰も防御魔法とか使わなかった?

 とっさに対応できないなんて、呆れるしかない。

 でも、これで勝負はついたね。


 「し、勝者、女神エル!」

 審判の男がゴホゴホと咳き込みながら旗を上げる。


 「ハッハッハーー! 女神にひれ伏すんだよ!」

 ボクは鼻高々に両手を腰に当て、エラソーに胸を張った。


 でも、みんな竜巻の後始末にてんやわんやなので、誰も見ていない。わずかに自分の応援席の方からパチパチパチ…………とボロベガたちの拍手が聞こえるだけである。


 特別席の方を見上げると、もちょんそこに女神リリスの姿は無い。ちょっと顔出しして帰ったか!


 「どんな奴なのか顔くらいは見ておきたかったね」

 手をかざして見上げていると。

 「誰か! 救護係を呼んでくれ!」

 カレブーの周りに集まっていた審判の一人が叫ぶのが耳に入った。少し表情が硬い。何か不味い事態?


 風で舞い上がっただけだから命に別状はないと思うんだけど。

 

 「どうしたの?」

 近づいてみると、二人がかりで心臓マッサージをしているが、太っているためうまくいっていないようだ。


 「こいつ、息をしていないんだ! 女神様、お救い下さい!」

 主審だった男だ。


 「カレブー! お前に貸した金の支払いがまだなんだ! だから生き返れ!」

 「寮で晩飯を全部食った件はもう恨んでいない! 戻ってこい! 今度の昼食代は全部お前が払うと言ってたじゃないか!」

 なんだか、散々な事を言われてる。

 でも、仲間からは意外にも慕われているようだ。


 「女神様! お願いします!」


 「仕方のない奴ねーー。ちょっと見せてごらんなさい……」

 ボクは審判たちの前でカレブーに手をかざした。


 「うーーん、単に気絶しているだけのようだけど……」

 「本当ですか?」

 「うん、心配するような重症じゃない。だけど、何か後遺症があるとユーリに悪いし、念のため治癒を施しておくか。女神パワーッツ!」

 女神パワーで治癒の光がカレブーの身体を覆いつくす。


 「おおっ、これが必殺、治癒の光!」

 「素晴らしい!!」

 おい、本気で称賛してる?

 必殺って何だよ! 殺すわけないじゃん!


 「女神さま、さすがです!」

 審判の男が崇拝の目を向ける。

 そうだよ、こういうのでいんだよね!

 「ざっとこんなもんだよ」

 これは、得意気な顔をしてもいい場面じゃない?


 キラキラと光の粒がカレブーの全身に注がれる。

 それにしても、こいつ、まったく思い込みの激しい男だったよね。妹思いなのはわかるけどさぁ。


 しばらくするとカレブーがぱちぱちと瞬きして目を開いた。

 「おおっ! カレブーが生き返ったぞ!」

 男たちが互いの手を打ちあって喜ぶ。

 

 「どうやら大きなケガはなかったみたいで良かったよ。さあ、立ちなさい、カレブー、決着はついたでしょ?」

 ボクはカレブーの顔を覗き込んで微笑んだ。


 カレブーの丸い目に両手を広げて治癒を施す美女が映った。

 温かいその光はまさに女神の慈愛そのものだ。

 その心地よい優しい声に、カレブーの目がさらに大きくなる。

 

 「あまりにも美しいその姿! 聖なる光に満ちあふれた美女の微笑み!」

 カレブーが鳥肌もののセリフをつぶやく。

 これは聞かなかったことにしよう。


 「おおっ、我が女神よ!」

 白い肌にクリスタルブルーの瞳、光り輝く金色の髪、桜色の愛らしい唇。美しい女神の素顔を間近で見た瞬間、ズキューン!と男の胸を恋の矢が貫いた!


 しまった! やってしまったかもしれない。

 無駄なところで、女神のカリスマを発動しちゃったようだ。


 ほらっ、なんだかカレブーの目の色が妙だ。

 ほわほわと瞳にハートマークが浮かんでいる。

 気のせいだよね?


 ーーーー不味いことになりそうな予感と悪寒が同時に走る。


 「さあ、これで、ボクが誇りある女神だとわかった? ユーリが心配しているから、ちゃんと彼女の話を聞いてあげなさい」

 ボクは長居は無用とばかりに立ち上がる。


 ユーリとボロベガが駆け寄ってくる。

 マダナイの奴は……どこにもいない。あいつめ、まだトイレから戻ってこないんだ。


 「兄さん! 大丈夫ですか?」

 「おおう、ユーリ、兄は無事だ、女神様に癒していただいたのだ。ぶぅ」

 カレブーはパッパッと埃を払って身を起こす。さっきまで死んだと思われていた人間とは思えない身軽さだ。


 「兄さんたらっ! だから最初から言っているじゃないの、この方たちは女神と勇者様たちだって!」

 ユーリはキッとカレブーを睨んだ。


 「ボックたちに話を聞いて駆けつけ、すぐにあのキャンプ地の惨状を見たのだぶー。どう見てもお前を捕まえ、キャンプ地を襲撃した連中にしか見えなかったのは仕方がないとは思わないか?」


 「まあ、誤解が解けて良かったけど、お兄さんはだいたい、いつも、いつも…………」 

 ユーリが頬を膨らませ、まるで姉のようにカレブーを諭し始めた。


 カレブーがあたふたしている隙に、ボクらはそっと後退りして、逃げるようにその場を離れた。



 ◇◆◇


 競技場の外に出ると、ユーリのチームメイトの戦士ボックと神官ミカがそわそわしながら待っていた。


 神妙な顔をして、ボクの姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。


 ボックはまだ少年の面影が抜けきらない若い戦士。勇者の力はないようだけど、そこそこの戦士になれる資質が感じられる。

 ミカはこのまま力を素直に伸ばしていけば神官として大成するタイプだ。途中で変な風にネジレなければ、だけど。


 「女神エル様、このたびは大変失礼を致しました!」

 「すみません! 勝手に誤解したデスぅ」

 二人は深々と頭を下げた。


 「わかれば良いんだよ。これからは思い込みだけで判断しないようにすることだね。きちんと確認しないと危険だから。今回の逆だってありうるんだよ。簡単に見た目で判断しちゃダメ、信用したら実は敵だったということもあるからね」

 「肝に銘じます」

 「ご指導に感謝デスぅ!」

 「良い冒険者になるんだね」

 そう言って、人を導く高貴な女神らしくポーズをつけてみる。


 「それでぇ、女神様ぁ、お詫びに今日の夕食はぜひ私たちとご一緒にいかがデスか? 美味しい食堂を紹介しますデスよ」

 忘れてたけど、朝から何も食べていない!


 思わずお腹がぐぐう~っと下品な音を立てた。



 ◇◆◇


 「ここが名物料理を出す店か。意外なところにあるもんだな」

 マダナイが店を見上げる。ボックたちがいるので、いつもより無理してカッコつけているのが見え見えだ。


 ミカがその横顔を少しうっとりとした目で見たけど、ダメだよぉ~。そいつは覗き魔だし、へっぽこだし、小狡いし。ちょっと見かけはイケメンだけど、それに騙されちゃダメだよ。


 「ここが有名店なのデスぅ」

 「へーー、ここが?」

 なんだか期待していたのと違う。店は裏通りにあってボロいし、周りにいる連中も汚い格好をしているし。女神を招待するくらいだから、もっとこう、華やかな店かと思ってた。


 「ご主人様、うまそうな匂いがする。特殊な香草を使っている。これは期待できますな」

 ボロベガがクンクンと鼻を鳴らした。


 「ボロベガさん、よくわかりましたね、ここは香草や薬草を使った、体に良い料理を出す有名なお店なんですよ、あの天界一の聖女と謳われる女神ミネルダ様たちも、ここで夕食を食べて、女神レースをトップで出発されたんですよ」

 ボックが自慢気な顔をした。

 女神レース! 忘れるとこだった。

 それっていつの話だろ? 多分、数週間前だとか言うんだろうね。


 「そうデスよぅ! 美人が増々美人になるって有名デスぅ!」

 ミカがうれしそうに身をくねくねさせる。


 「入りましょう!」

 ボクらがボックに率いられて店に入ると、一斉に人々の目が集中した。


 美しい女神を筆頭に、顔だけはイケメンの勇者と、人の背丈の2倍はありそうな身長の筋肉男が入ってきたのだ。まあ、目立ちすぎる3人と言えるだろう。


 「女神エル様、なんだか私たち注目されているのデスぅ」

 ミカがささやいた。

 「ふふふ……突然現れた絶世の美女に、みんな驚いているんだね、無理もないことですよ」

 そうよ、ボクはこれでも美の女神!

 天界一の美しさなんだよ! 自称だけどね。


 「ふっ、この自信過剰な暴力女神。よーく見ろ、奴らが唖然としているのは、あいつの恰好が原因だ」

 そう言ってマダナイはボロベガを指さした。


 あっ! しまった! あいつ、今まではマントを着ていたからごまかせていたけど上半身裸だし、下半身ときたらモザイク必須、公然猥褻罪で衛兵が飛んでくるレベル!


 食堂に入るのだからと、入り口で旅装用のマントを脱いだのがまずかった。


 「ここはビックリギョの街だから、まさにびっくり仰天ってところだけどこれはさすがに不味い」

 「失礼ですが、女神様、本来この街の名前は、ビック・リギョ―ルが正式名です。大きなリギョ―ルの街って意味です。びっくり仰天じゃないですよ」

 ボックがこっそり耳打ちした。

 紛らわしい名前なんだよ! 思わず少し赤面したけど今はそれどころじゃない。アレをどうにかしなければ! ふんどし一枚のモッコリ股間はかなり不味い!


 「マダナイ! あんた、キャンプ跡でいろいろ拾ってたよね? ボロベガに何か服を着せてあげるんだよ! ほら、奥のトイレに行って、着替えさせて! ほらほら、席はボクたちが確保しといてやるからさ」

 「街についてらお前が買ってやると言ってなかったか?」

 こいつ、余計なことは覚えが良い。

 「そんな時間はなかっただろっ? いいから、早く着替えさせるんだ! そうしないと今にも衛兵が来る事態になりそうだよ」

 ボクは渋るマダナイの背中を両手で押した。


 やがてブツブツ文句を言いながらもマダナイとボロベガが奥に消えると店内はようやく少し静かになった。


 やはりさっきのざわつきは、超野性的なボロベガの服装に問題があったらしい。ボクの美貌にざわついたというわけではなかったのが、ちょっと悔しい。

 よく考えてみると、ボクの美しさがボロベガの猥褻物わいせつぶつに負けたという点が特に!

 む、ちょっとイラっとするね。


 「さあ、女神エル様、何を食べます? 名物料理のコースなんてどうですか?」

 席につくなり、メニューを開いてボックが言った。

 「私はいつもの美容コースなのデスぅ」

 ミカは相変わらずマイペースだ。この子の性格がだんだんわかってきた気がする。


 「さて、何にしようかな?」

 そう言って、メニューを見たボクはメニュー越しに見える窓に黒い物体が張り付いていることに気づいた。


 じいっ、とそいつはボクを見ている。

 脂汗を流しながら、瞳にハートを浮かべている。


 「げげげっ! カ、カレブーーーー!」

 あの特大デブ魔法使いのカレブーが窓に張り付いて、こっちを見ている!


 悪寒を感じ、ボクはさっとメニューの陰に顔を隠した。

 しばらくすると店内を覗いていた影は消えた。

 あいつ、何だったんだ?

 まさか仕返しってことはないよね?


 冷や汗を流しながら、ボクはサービスの水の入ったコップを掴んだ。


 その時、店内がざわついて、そのざわつきの原因である二人がトイレから戻ってきた。


 「やっと戻ってきたね、遅かったじゃ……ぶうううううーーー!」

 「うわああ!」

 思い切り吹き出した水が目の前のボックに降りかかった。


 「げほげほげほ……お前、何を考えて……げほげほ!」

 むせるのも仕方がないじゃない!


 「ボロベガ、あんた、どこかの小学生か! ……げほっ!」

 すね毛の足をむき出しにした半ズボンに白い半そでシャツ、しかも、無理して手足を入れているので今にも服がワイルドな事になりそうだ。


 「何をそんなに喜んで、むせているのだ?」

 隣に座ったマダナイが不思議そうな顔をした。

 いや、この原因はお前だから、お前のファッションセンスにやられたんだから!


 「ご主人様、やっぱり服が変であったか? マダナイのお勧めチョイスなのだが」

 やはりボロベガは見た目と違って常識人だ。

 服のセンスが変だと思っていたらしい。

 それにしても、魔族のこいつの方が常識を備えているってどうなんだろ? 勇者のくせに服のセンスは魔物以下だってことだぞ。ギロッとマダナイをにらむが、マダナイはどこ吹く風だ。


 そして、マダナイのせいでボクらは周囲からかわいそうな者を見る目を浴びながら食事をとることになった!


 料理はボックの言うとおり、確かに美味しい。

 絶品と言って良い!

 でも……美味しいはずなのに、周囲の目が気になって味がしない。なんか残念だ。

 しかも、ほら、時折黒い豚のような奴の影が窓に映るのも気になる。落ち着いて食事もできやしない。あれはカレブーだよね。もうほとんどストーカーじゃない?

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