第5章 ビックリギョの街
第41話 コロセウム
ここはビックリギョの街。
かつてこの辺りを支配していた王国の都がおかれていた古都で、とにかく大きな街という印象。
その周囲は幅広い堀と強固な城壁に囲まれている。城壁は一定の間隔で円筒形の塔がそびえているが、その塔の半数は勇者と魔族の戦いによって無残に崩れ、半壊したまま放置されている。
ここは数週間前、女神レース前半戦の最大の山場と言われる激戦地になったところで、街を占領した魔王軍を追い出すため勇者・女神連合が壮絶な戦いを繰り広げ、ここで脱落した女神も一人や二人ではない。
ここでの勇者・女神連合の勝利が戦局を大きく動かした。
つまり、魔王軍の侵攻がついに食い止められ、ここから女神たちは反撃に入り、次々と占領されていた人間の街を解放しながら魔王軍を旧国境線近くまで押し返すという局面に入ったのだ。
街の中央を南北に貫く大通りに面した建物にはその時の戦いの爪痕が数多く残されているが、一歩裏通りに入るとここで戦いがあったことなど信じられないほどで、ごく普通の市民生活が垣間見える。
特に街で一番目立つのは円形競技場だ。
重厚な石造の歴史的建築物で、古代遺跡をそのまま修復して使っているらしい。かつてこの円形競技場は、王宮に隣接して建てられていたらしいが王宮そのものは既に失われている。
◇◆◇
その歴史ある円形競技場の中央ににらみ合う二人の姿がある。
乾いた風が大地を吹き抜け、二人の決闘者の衣装を揺らす。血生臭いコロセウムにははっきり言って場違いとしか言えないひらひらのドレスを着た美女と鎧にマントを羽織った豚……いや男だ。
純白の美しいドレスをまとった女神は、もちろんボク。
入場とともに露出度の高い服と風に舞うやけに短いスカートが観客の男の目をくぎ付けにしている。ヒューヒューと口笛が鳴らされる。
長いマントをバタバタと風にはためかせ、向かいあって立つ古式ゆかしいフルプレートを装備した男。
あんなに重い鎧を着て大丈夫? というか、よくあの体形に合うフルプレートなんかあったよね。ほとんど玉ねぎ?
「逃げずにここに来たことだけは褒めてやろう」
入口から登場しただけで既に顔面脂汗だらけ。その太った男、カレブーはぶぅぶぅと鼻を鳴らす。
大丈夫か? なんだかヨロヨロしてる。うーん、あいつ確か魔法使いだったはずだよね?
どうしてこうなったんだろう?
まったく、誤解も甚だしい。
マダナイが早くトイレに行きたいという、本当にしょうもない、アホらしい理由でこんな決闘をする羽目になったのだ。
その元凶を目で探すが観客席は大きく二分されている。
西の観客席は、カレブー陣営でほとんど満席に近い。一番近くに陣取った大応援団が喝采を送っている。カレブーはよほど自信があるか、その喝采に両手を振って応えている。
応援団の大多数は冒険者育成所の研修生たち。あのボックやミカとか言うユーリの仲間が最前列に居るのが見える。もしかしなくてもカレブーは冒険者育成所の関係者なんだろう。
それに対し東の観客席はほぼ空っぽ!
女神たるボクの応援席だけど、ユーリとボロベガ、そしてまだ腹を下している青白い顔のアホ勇者がポツンと座っている。
「さて、これより正式な魔術契約に則り決闘を行う! 魔族でも人間でも、この正当な決闘に不正やごまかしは効かない! 正々堂々と戦うことだ!」
主審を買って出た冒険者育成所の教師が胸の前で旗を交差させる。
「当たり前だ! ぶーー!」
カレブーが威勢よくフェイスガードを下げ腰の杖を抜く。
親指を立てたところを見ると、準備オーケーというサインなんだろうけど。はっきり言ってデブのフルプレート魔術師って、かなり間抜けだ!
「でも困った。勇者でもない人間相手に本気で女神パワーを開放したら、いくらフルプレートの鎧を着ていても一瞬で塵も残さずに消滅してしまう」
どうしようかな? と首をひねっていると審判団が中央の観客席に向かって一斉に礼をした。
「さあ、特別席をご覧あれ、この神聖な決闘の立ち合い者として女神様も来ておられます!」
な、なんだって! 美の女神たるボクを差し置いて女神だって?
司会の声に「うわああっ」と会場が揺れるような大歓声に包まれて割れんばかりの拍手が沸き上がった。
「女神っ! 女神っ! 女神っ!」
一斉に拳を振り上げる。
ちょっと待て、こっちも女神なんだけど! しかも美しさに比類なき美女神だぞ。
特別席に現れた小さな影が手を振っている。
しかし、こっちからだと逆光だし、よく見えない。
一体誰だよ!
こんなしょぼい決闘にわざわざ顔を出すなんて、よっぽど暇な女神だね。多分、女神レースもとうに諦めた落ちこぼれ女神だろうね。って、自分を棚に上げて、よく言う……がっくり。
「今回の特別立ち合い者は、女神リリス様とその勇者様御一行です!」
その紹介と共に再び会場がどよめいた。
ぴくっ、と私の耳が動いた。
女神リリスって?
確か、女神レースでボクらよりもずっと後ろにいた、最下位の女神だったんじゃない?
落ちこぼれ女神という線は当たっていたけど。
ええっ! 追いつかれたってことは、ほとんどビリなんじゃないのボクら!
思わず動揺したけど、ちょっと冷静になれ……
「うーーん。最前線で勇者が死んで、始まりの街からやり直している女神も多くなってきたはず。うん、大丈夫、大丈夫、まだビリじゃない! ……はず……」
まだ一回も最前線に達していない女神としては、断トツでビリかもしれないけど。一刻も早く最前線にたどり着きたいのに。こんなところで何をしてるんだろう。これもマダナイのアホのせいだ!
「時間がもったいないから、この決闘はすぐ終わらせるよ!」
「さて、両者、準備は良いか! それでは決闘を開始するッ!! 始めッツ!」
主審の旗がさっと振られた。
「偽女神めっ! くらえッ、怒りの光弾だぶーっつ!」
「誰が偽よっ!」
開始早々、無詠唱で魔法を繰り出してくるなんて、こいつ見かけと違って結構高レベルの魔法使いだ。
ひょいとかがんだボクの頭の上を光の弾が数発飛んで行く。追随性が無いのが惜しいね。
さて、どうしよう?
まともに戦ったらユーリのお兄さんが一撃でバラバラ死体だからね。そんな結果は誰も望んでいないし。
「うおりゃっ! とりゃあ! だりゃああ! ぶう!」
カレブーがやたらめったら、杖を盛んに振る。
しかし無駄なんだよね! ボクは右に左に身をひねって華麗なステップで踊るように攻撃を避ける。マダナイに「なんか無駄に目が良い奴」と普段から言われてるだけあって、実はボクの動体視力は女神随一と言って良い。
「うおおおおおっ!」
ボクの素早い身のこなしを見て会場から歓声が上がる。
「どうした! 偽女神っ! 何もできないのか! それとも俺を馬鹿にしているのか! ぶぅ!」
セリフはかっこいいけど最後のブゥはいらないかな。
ボクは彼の攻撃魔法をすり抜け、競技場を縦横に走り回る。遅れて僕の背後に立て続けに爆炎が上がる。
「今だっ!」
一瞬立ち止まった背を炎の矢が貫いて会場が沸きたった。
ーーーーだけど残念、それは残像だよ。
アーマーが重すぎて機敏に対応できていない。やっぱりその鎧、いらなかったんじゃない? たいして動いていないのにゼーハーゼーハーすっかり息切れしてるし。
「まだまだだぁっ!!」
カレブーは手を変え品を変え、しつこく多彩な攻撃魔法を放つ。なかなかやるけど単純攻撃じゃあダメなんだけどね。もっとフェイントしたり、意表をつかないと。
ボクは美しく舞う蝶のように攻撃を避ける。そのたびにドレスがひらりひらりと踊って、妙な視線を感じる。
ちょっと応援席の方を見ると、集まった冒険者養成所の研修生たちの反応がおかしい。少女は恥ずかしそうに手で目を覆っているし、男どもは鼻の下を伸ばして食い入るように身を乗り出して息を荒げている……。
あいつら、ボクのスカートがめくれるたびに興奮してない?
そういえば、マダナイの奴がボクの下半身が無防備すぎるとか言ってた気がする。
「ちょこまか逃げおって! 正々堂々、勝負しろぶーっ!」
カリブーがさらに杖を振り下ろす。
「考えたね! 逃げられないように範囲魔法で来たか!」
ボクの周囲を電撃が檻のように取り囲んだ。
そのまま範囲を狭めて内部の者を感電死させる技!
眩い光がボクの周囲を包み込み、地面の土が弾けて跳ね上がっていく。
「でもねぇ、威力が無いんだよね」
女神の障壁の前にはまったくの無力!
ほらほら、大量の魔力を無駄に消費しただけだよ。
ボクのドーム状の光が電撃をことごとく弾く。
「うぬっ、これならばどうだッ!」
風が刃となって四方から一斉に襲い掛かる。
「甘いね! 同時性が甘いよ!」
ボクは難なく刃と刃の隙間を抜ける。
おおっ!と野太い声がして男共の目が血走った。
カレブーへの応援そっちのけでボクの美脚に目を奪われている。まったく、しょうもない連中だな。でも美しい女神の姿に憧れるのは悪くない。
ボクはひらりひらりと会場を華麗に駆け回る。
ほら、どうかな? カレブーの攻撃はかすりもしないよ。
「おーのーれーー!」
カレブーがフェイスガードを開けて息を吐いた。その顔は汗びっしょり。タオルで顔を拭ってまたフェイスガードを閉じる。
そりゃあ、フルプレートを着こんでいるから暑いでしょうよ。脱いじゃえばいいのに。
「でやっ! でやっ! でやっ!」
再び魔法攻撃を無駄に連発してくるけど当たらないよ。それにしても魔力が尽きないね。
「でも、そろそろかな? これ以上タダ見させるのももったいないし、カレブーもだいぶ息が上がってきたようだし」
カレブーはもうやけっぱちだ。
その手あたり次第の魔法攻撃を避けつつボクは力を込める。
「めーがーみぃーーーー」
腹に力を入れてこっちからカレブーに急速接近!
ヘイスガード越しに間近に見えるカレブーの表情が変わった。一瞬で間合いを詰められ驚愕に目がまん丸になる。
「キックだーーっつ!」
ボクは女神キックで蹴り上げる!
高々と上がったその美脚の誘惑に、会場から一斉にため息が漏れる。だが、それも一瞬の夢だ。
舞い上がった土と砂と同時に吹き上がった風は一瞬で竜巻に変わって会場を襲った!
「うぎゃーーーー!」
「ぎゃあああーーーー!」
「ひええええええっ!」
渦を巻く凶悪な暴風がカレブーを吹き飛ばす。
巻き添いになった応援席の男たちの悲鳴がコロセウムに響き渡り、砂煙が空高々と舞い上がっていく。
うーーん、これはちょっとやり過ぎた?
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