第40話 デブとの遭遇
目の前にはデブ!
「ぶーぶー」と鼻息も荒く丸々と太った男が立ちはだかってる。
だが、その目は爛々と輝いて鋭い。
その身にまとう雰囲気にも闘気を感じる。
手にしているのは魔法の杖。それは彼が決してただのデブではないことを物語っている。
「あれがユーリのお兄さん? 全然似てないんじゃない?」
思わずユーリと見比べてしまう。
「ああ、そうか! ユーリは養女だったんだな。うん、苦労したな」
勇者マダナイはわかったような顔をして、ユーリの両肩に手をのせる。
「カレブー兄さんは本当に血のつながったたった一人の兄ですからっ!」
頬を膨らませたユーリが叫ぶ。
マダナイ、失礼なことを言っているって早く気づけよ。
「ご主人様、ご注意を! 奴がこっちへ近づいて来ますぞ」
ボロベガが指さし、わずかに腰を低くしたのはどんな敵の動きにも対処しようとする魔族の本能か。
見ると、足元から土埃を上げつつユーリの兄だというカレブーがズンズン! と近づいてくる。
まるで体にまとう闘気が周囲に吹き荒れているような絵面。
うわあっ、迫力のある歩き方!
でもよーーく見ると、体が重いから歩くたびに土埃が舞い上がっているだけだ。
しかし、近づいてくるほどわかる。その表情は真剣そのもので、目が怒りに燃えてる。
「ユーリ! 今助けるぞ! 離れてろ!」
とオーケストラの指揮でもするように両手を前方に浮き出す。
その手の魔法の杖に魔力が集まっていくのを感じる。これはやる気だ!
「兄さん! 待ってよ!」
ユーリが叫ぶ。
「ユーリ……?」
カレブーは私とユーリから少し離れた所で止まった。その距離感…………これは魔法攻撃の有効射程距離。こっちも少し緊張してきた。
そして彼はボクをキッと睨んだ。
「お前がユーリをかどわかした悪い魔女だなっ! お前の手下のブラッドウルフは既に俺が倒した! 今度はお前の番だ、覚悟しろっ!」
「ええーーーーーーっ?」
どうしてボクが指さされるんだ?
おかしい、ボクはどこから見ても美の女神だろ?
悪人面って言うなら、そっちの勇者だってさっきまで悪い顔して残骸を漁っていたじゃないか! とマダナイを見ると、涼しーーい顔をしてイケメン顔に戻っているし。
こ、こいつは……、知らんぷりだと!
「青ざめて逃げてきたボック達から話を聞き、急いで助けにきたのだ、ぶー! これ以上好き勝手にはさせん、ぶー!」
カレブーが颯爽と杖を構える。やはりデブはデブでもただのデブじゃない。マダナイ以上の気迫を感じる。
「ユーリ! 少し離れろっ!」
今にも攻撃魔法を撃ち出しそうな気迫!
「兄さん! 話を聞いて!」
「こいつを倒し、みんなの洗脳を解いてやる! 行くぞ! 悪い魔女っ!」
カレブーの口が微かに動く。
攻撃術式の構築、かなり危ない魔法を使う気だ。
「止めるんだカレブー! 誤解だって! ボクたちは悪い魔女御一行じゃない。ほら、こんな美人の悪者なんかいないよ! ねえ、マダナイからも何とか言って!」
「まぁ、これも普段の行いのせいだしなぁ」とマダナイの奴はおもしろそうに肩をすくめる。
おのれーー!
こっちが困っているのに助け船を出す気はさらさらないんだ?
「この魔女め! ダンジョンから出てきたのが運の付きだ! ここではダンジョンのように魔物に有利な加護などない、ぶー!」
カレブーがいよいよ魔法の杖をボクに向ける。詠唱の進行とともにその頭上には黒雲が渦を巻き始めている。
もはや臨戦態勢と言っていい。
その魔力量、かなり実力がありそうだ。
魔法の発動は時間の問題。
このままではこっちも少し真面目に相手をしないといけない? 何とかうまく誤魔化せない? もう無理かな?
ボクは密かに女神パワーを拳に集める。
「もうやめてよ! 兄さん!」
ユーリーが詠唱を続けるカレブーとボクの間に飛び込んで、両手を広げた。
「そこをどくんだユーリ! お前は騙されているんだ、ぶぅ!」
「いいえ、どきません。兄さんこそ杖を収めてください!」
「くそっ、卑怯者め! 妹を盾にするとは!」
カレブーは発動寸前だった攻撃魔法を閉じる。
ユーリの行動は嬉しいけど、なんだかかえって誤解を深めているような気がしないでもない。
「聞いてカレブー! よく見て頂戴! 天界一美しい、美と慈愛の女神こそこのボクなんだ! こんな美女が悪い魔女なわけないよ! ボクたちは世界を救う女神レースに参加してる勇者パーティだよ!」
うっふん! とボクはとっさに女神のカリスマを放ってみたが、妹のことで頭が一杯になっている彼には効かない。
ハエでも追い払うかのようにパッパッと片手で払われる。
「女神? 勇者パーティ? 何をでまかせを! キャンプ地をブラッドウルフに襲わせたのはお前たちだろう! その証拠に今も眷属に装備品を奪わせている!」
カレブーの視線の先を見たら、マダナイだ。
カレブーをボクに押し付け、再びアイテムや金品をせっせと拾い集めている。まるで火事場泥棒だ。
お前ねーーそういうところだよ! それでも勇者か! ほら、ボロベガですら嫌そうに見てる。
「もしお前が本当に誇りある女神だというのならば、俺と勝負しろ! 競技場での決闘だぶぅ! それが嫌なら何としてもここで滅する!」
そう言って、カレブーは用心深くこっちを見ながら、杖で決闘を申し込む魔法陣をささっと描くとこっちに投げてよこした。
へぇ、やはり一応熟練した魔法使いなんだ。
魔法発動までの手際が良い。ちょっとした魔法職の勇者並みかな。単なるデブじゃなかったってことだ。
「兄さん! だから全て誤解だって!」
「まってろ、ユーリ、そいつを打ち負かして、洗脳を解いてやるからな!」
まったく話を聞かない奴だ。ユーリの素直さとは真逆だ。
ボクの目の前にはカレブーが投げてよこした光の魔法陣がぷかぷか浮かんでいる。
カレブーはまだこっちをじっと睨んでいる。ボクの動きを監視しているって感じだ。
「馬鹿じゃないの? 誰がこんな決闘に応じるというんだよ?」
ボクは呆れたよ。
話し合えば済むことなのに。
まあ、いきなりこのボクとの戦闘に持ち込まず、場所を変えての決闘を選んだのは評価するけど。妹のユーリが巻き添えにならないように考えたんだろうけどね……。
でも、こっちはれっきとした女神だよ。
天上世界からこの世界の救済のために降りてきた美しき女神が人間と決闘だなんてねぇ。
くすっーーーーボクは優しく笑って肩をすくめた。
「君ねぇ、ボクは見ての通り本物の美の女神だよ! 女神がただの人間の決闘に応じるわけありません」
どうかな?
こんなに上品で女神らしい振る舞いは、人間にはとてもできないでしょ?
ほれほれ、とボクは美麗に腰を左右に振って魅力を振りまく。
どう?
何度も女神のカリスマの波動を受けたら、少しくらいはこっちの話も聞く気になるんじゃない?
ーーーーだが、ボクは忘れていた。
こっちには、とんでもない勇者がいるのだ。
『----決闘申し込み、受理しました!』
目の前でピッと音がした。
ボクの横から魔法陣に手が伸びている。
「何をいつまでも時間をかけている? さっさとしろ! 俺は早く街に行ってトイレに入りたいのだ!」
荷物を大量に背負ったマダナイが驚愕に歪んだボクの顔を覗き込んだ。
『決闘申し込み手続き完了しました!』
魔法陣が無機質で機械的な音声を発した。
「どえええええええっーーーーーーーーーー! な、何をしてんのよっ! このアホ勇者っ!」
「いや、だからな、これ以上長引くと俺の尻がやばいのだ!」
マダナイは腹を抱えて腰を前後左右に動かしてもじもじしている。
「今は、お前の尻なんかどうでもいいよっ! どうしてくれるんだよっ!!」
うわあああーーーー! と地団太を踏むが、後の祭りである。
「偽女神、決闘は明日、街のコロシアムで行う! それまではユーリを預けておく。いいか、逃げるなよ!」
そう言って、カレブーは、ぶー、と息をついた。
どうすんのよ、これ?
ーーーーボクはマダナイをギッと睨んだ。
だが、ボロベガの前に立っていたはずの奴の姿はかき消えている。可哀想に突然ボクに睨まれたボロベガがおろおろしながら指さす。
その方向を見ると、トイレに向かって全速力で走っていく勇者の後ろ姿が、砂煙とともに遠ざかっていく。
あいつめーーーーーー! しかも、何だよその速さ。戦闘中でも見たことがない速さだよ。
「おいっ! マ、マダナイ! ちょっと待てーーーーーーッツ!」
ドドドドドーーーー! とその後を追う怒りの女。
「うわっ、待ってくれ! 女神エルーーーー!」
その後ろからボロベガの情けない声が響いた。
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