第39話 新たなる仲間

 「えええええっ~~~~っつ!!」

 ドン引き!


 ボロベガがびくっとしてボクの顔をまじまじと見る。

 5匹の魔族も総毛立って震えている。


 なんだよぉ! そんなにボクのことが怖いのかよ!

 こんなに愛らしくてかわいい女神なのに!


 思わず眉間に生じるしわ…………。だが、ここは我慢、我慢だよ、と少し引きつった笑みを浮かべる。


 「なるほど……その手があったか」とマダナイが意外にも同意を示した。


 「安心しろ、そいつは知っての通りの暴力女神だが、一応は女神、仲間を害するようなことはしない。……はずだ」


 おい、そのセリフ。

 全然安心できないじゃない?


 「女神よ……」と巨体を揺らしてボロベガがこっちを向いた。


 「どういうことか詳しく聞かせてもらおう。家来と言ったか? 奴隷とは違うのか? 条件次第では考えよう」

 流石は族長か。身を寄せ合って震えるだけの連中と違ってボロベガは聞く気があるらしい。


 「要はボクの眷属になればいいんだよ! 眷属の誓いは奴隷化とは違って対等な立場だし、ボクのパーティ仲間になれば一緒に旅ができるだろ? そして緑魔族の里が近づいた所で別れればいいでしょ? ただね、一つだけ正直に言うよ。攻撃してくる敵がいればたとえ相手が魔族でも魔王軍でも一緒に戦ってもらうことになるよ。そこのところを良く考えてね」


 「うむ……」

 「ボロベガ様、一考の価値はあるかと。この際、里に戻るためには同族と戦うのも仕方がないかと。そもそも魔王様が我々に課した役目も妙でしたし、一支族の長をこのようなダンジョンに閉じ込める命令、おかしいと思いませんでしたか? 本来なら支族長は魔王軍の中枢に配置されるべきで、今回の魔王様の采配には疑問があります」

 メガネがキラリと光る。


 「魔王軍の中枢で何かが起きていると言うのか?」

 「はい、中枢……もしかすると魔王様自身に何かが起きているのかもしれません」

 「うむ……メガネは賢い、お前がそう言うなら……」

 ボロベガは族長の風格で仲間を見回す。


 本来、女神が戦争相手の魔族を仲間にするのはイレギュラーだ。他の女神からは非難されるかもしれないし、女神レースの得点にも影響があるかもしれない。だけど、こいつらをこのまま放置しておけない。


 「本当に人間の国の中、6人全員を引きつれて歩けるのか?」


 「大丈夫だよ。女神の眷属になれば変身させることができるんだ。ボロベガ、あなたは人間に姿を変えてもらおうかな。同じように従者の5人は別の姿になってもらうよ」


 「そんなことができるのか?」

 ボロベガは目を丸くした。


 「これでも女神だよ!」

 ボクは胸に手を置いて自慢気な顔をする。


 「それよりも、どうなの? ボクの眷属になる?」


 6匹は顔を見合わせている。

 何か、ごにょごにょと相談してたが、やがてボロベガが振り返った。


 「わかった。女神よ。お前の提案を受け入れよう」


 「さて、あんたたち、名前は?」

 ボクは改めて5人の従者を見下ろした。


 「私はルェヴォァ・ド・メガネです」と眼鏡君が姿勢正しく言った。やはり一番大人びている。

 「俺は、ニズ・ミ・ツッパ・ィォヴッタ。こいつとは双子の兄弟なのだ」

 「俺、ニズ・ミ・カン・ブッチクャ。同じく同じく、こいつと双子」

 双子は顔がそっくりで、細身で長身だ。


 「俺はアー・ブ・ランコ・ネメァンスロァッパ、よろしく」

 こいつはちょっと丸い顔をしている。


 「あーー。え、僕の番? えーーーー、ポン・スケット・ドオプィァズスド・ペパですぅ」

 彼は、少しおどおどし過ぎ。


 「みんな長ったらしい名前だよね。えーっと、面倒くさいからメガネに、双子のツッパとカンブ、アブラとポンスケでいいよね?」

 魔族のイントネーションはボクらには難しいんだよね。


 「どうかな?」

 

 「自分の名前に誇りがある者もいますが、仕方がありませんね、まあ良いですよ」

 ちょっと不満そうな顔をしているのもいるが、仲間の顔を見まわしてから代表して眼鏡君が答える。


 「じゃあ、さっそく準備するよーーーー」

 ボクは女神パワーを開放する。


 「まずは眷属の誓い! さあみんなでボクを崇めなさいっ!」

 光り出したボクの言葉にボロベガたちは大人しく従う。

 うんうん、これくらいマダナイも従順なら可愛いのに。


 「おお、これが眷属化か!」

 淡い光がボロベガたちの全身を包み込み、属性が魔族から女神の眷属へと変化していく。

 光が消えゆくなか、みんなの頭頂に一本の愛らしい花がポンっと咲いた。もちろんこれは精神的なものなのですぐに不可視化して見えなくなる。

 

 「次だよ! さあ! 慈愛の力でボロベガよ、にんげんになーーーーれーーーーっつ!」

 魔法少女のように魔法の杖をくるくると回すと、杖から光がこぼれだして宙に舞う。

 直後、その巨体が変化し体がやけに大きい人間の姿になる。


 「おおっ! ボ、ボロベガ様が人間になられた!」

 「さて、次はあんたたちよ! 形態変化! 姿よ、かーーわーーれーーっつ!」

 続いて、適当にボクの杖から放たれた光が鎖になって5匹の魔族の首に巻き付いた。


 ポンポンポン! とその姿が小さな緑色の玉に変わる。


 「お、お前たち!」

 ボロベガが焦ったように立ち上がりかける。まさか小さな玉になるとは思っていなかったのだろう。


 「大丈夫、姿を変えただけ! 死んだりしないから!」

 ボクは玉の首飾りをそっと手にする。


 「さて、彼らが変身した5つの玉の首飾りをつけるのは、もちろん族長であるあんたの役目だよ」

 そう言って、ボクは首飾りをボロベガに手渡す。


 「これは……玉からやつらの話声が聞こえてくるぞ」


 「姿を変えただけだから当たり前でしょ? 彼らを元の姿に戻す方法は後で教えるよ」


 「すごいな、これが女神の……いや、ご主人様のお力か」

 ボロベガが驚いている。

 その目に畏怖と同時に尊敬にも似た色が浮かんでいる。これはちょっと気持ちいい。そうそう、そんな風にね。これからも尊敬するんだよ!


 「しかし、うーん。人間になったのはいいけど、上半身裸だし、腰布一つだし、パンツ履いてなさそうだし、街に着いたとたんに公然猥褻罪こうぜんわいせつざいで捕まりそうな気がするよね」



 ◇◆◇


 「女神様! こっちですよぉ!」

 ユーリが手を振っている。


 「どうしたの? これ、酷い有様じゃない?」

 ユーリが言っていたキャンプ地はめちゃくちゃといって良い状況だった。


 大慌てで撤収したって感じかな?


 「ひどい有様だが……」

 そう言ってマダナイは辺りを調べ始めた。使えるものが残ってないか確認しているのだろう。さすがに抜け目のない奴だ。


 「それよりも、その方はどなたですか? さっきまでは居なかったと思いますのに?」

 ユーリが不思議そうにボロベガを見た。


 だよねぇ~~!


 「あっ、これね。ええと、ダンジョンの外で待機させていたボクらの仲間、ボロベガだよ」


 「ボロベガと言う。よろしく」

 「なんだそうなんですね。ボロベガさんとおっしゃるのですか? ……えっと、それにしてもその恰好はどうしたんです?」

 改めてボロベガを見回したユーリが少し顔を赤くする。


 ボロベガがあまりにも全裸に近いからだ。

 まあ、当たり前の反応だね。

 認識阻害術でもかける? 視覚効果のモザイクでも必要かな?


 「ん、ああ、服を盗まれたのだ。水浴びしているときに身ぐるみ一式な」

 ボロベガは緑の玉から助言されたらしい。うまい言い訳だ。

 やるね、あの眼鏡君だね、きっと。


 「まあ! それは大変でしたね。それならとりあえずテントの幕をマント代わりに纏ってはどうでしょう?」

 片手で目を隠しながら、ユーリが倒れているテントを指さした。この娘もなかなか賢い。

 

 言われたとおりボロベガがテントの幕をビリビリと裂いて、バッと羽織る。うん、なかなか様になった。


 ちょっと見、歴戦の戦士のようだ。マントを開くとほぼ全裸って、どこかの変質者みたいだけど!


 あとは街に行ってから服を買いそろえてやるしかないね。


 「暴力女神よ。ちょっと来い、これを見てみろ!」

 マダナイが何かを見つけてかがみ込んでいる。


 「何だよ? 何か良いものでもあったの?」

 とのぞき込むと、何かの獣の足跡だ。しかもちょっと大きい。


 「これは?」


 「これブラッドウルフの足跡です! この辺りに出没したことなんてなかったのに! 討伐難易度B指定の魔物ですよ!」

 一緒に覗き込んだユーリが青ざめた。

 討伐難易度と言うのは良く知らないけど、彼女らにとってはよっぽど恐ろしい魔物らしい。


 「ブラッドウルフって?」

 「北方の氷の大地に住む吸血狼だな。普通、狼は群れるが、ブラッドウルフはメスが集団を作り、オスは単独で行動する」

 さすがはボロベガ、魔物同士だから詳しいね。


 「そいつに襲われて、慌てて逃げたということか。……足跡は一種類、ということは単独のオスか?」

 マダナイは周囲を見回した。


 その時、グルルルル……と低く唸るような音が森から響いた。

 

 「!」

 「ブラッドウルフか!」


 出たわね! 吸血狼!


 4人が身構えて振り返ると、森の茂みからそいつが姿を現した。


 ポキリと小枝を折って、そいつが姿を見せる。


 「ブラッドウ……じゃなくて。……ぶ、豚?」


 「違うでしょ、どう見ても足が二本だし! 豚にみえるけど、一応あれ人間だよっつ!」


 「さては豚人族か……?」


 「違うよ、豚人じゃなく人間だって! あれでも正真正銘の人族のね!」

 丸々と太った男。

 身長に比べ横幅が大きい。

 なんという丸さ。


 しかも、「キューグルルーー」っていう音は、なんてことない。こいつの腹の音だし。


 どう見ても、こんな森の奥に来るような種類の人間には見えない。運動不足が甚だしいし、顔中汗まみれで、「ぶーぶー」言っているし!


 「あのーー、あれは私の兄なんですけど」

 隣でもじもじしながらユーリがとても言いにくそうに言う。

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