第38話 俺に任せろっ!

 さぁ、どうするんだ? どうするんだよ?

 目の前に魔族の大男ボロベガが筋骨隆々たる肉体をさらし絶壁のごとくそそり立つ。


 これは凄いよ。

 かなりの実力者だよ。

 その握り締めた無骨な両拳から圧倒的なパワーをびしびし感じる。


 ファイティングポーズを作る表情には気迫がみなぎって、血走った独眼の目力がやたら強い。

 たぶん、こいつが一族のおさという責任を背負っているから? 

 一族を率いる重要性は人間でも魔族でも変わらない。それだけの重みがこいつをそこまでの男にしているんじゃないかなぁ。


 「ふっ、女神エル、ここは俺に任せろ!」

 こっちときたら勇者のふりをした薄っぺらな奴。

 勇者マダナイがキザっぽく恰好をつけて前に進み出る。


 その態度、一度あっさり倒した相手なので余裕なの?

 でも本当に任せていいんだろうか?

 じと~~~~、ボクの不信に満ちた目をさらっと無視して、そいつは堂々とボロベガの前に歩み出る。


 「お前の相手はこの俺だ」

 「ぐぬぬぬぬっ!! 貴様、さっきはよくも不意打ちを食らわせてくれたな! 今度はそうはいかぬぞっ?」

 目を怒らせたボロベガが指をぽきぽきと鳴らす。


 「ふっ、口だけは達者のようだな? 貴様など所詮は勇者であるこの俺の敵ではないのだっ!」

 マダナイが格好をつけ、ボロベガの顔をビシッと指さした。

 そして、「ふっ、決まったぜ」みたいな顔をして満足そう。うん、これはダメっぽい。


 「マ、マダナイ、そいつレベル65だよ。君はレベル13だから! 本当に勝てるの?」

 ボクはマダナイにこっそりと耳打ちした。


 「ええと……、そうだな。うん、まぁ、俺の敵ではない…………かな? たぶんな」

 いきなりキョドった。

 おかしい、たった今までのあの自信はどこに行ったのか?

 

 急に目が落ち着きなく左右に動き始める。

 このアホ勇者、今更その実力差に気づいたのか?


 「俺に任せろでいいんだよね?」

 「お、お、俺に任せろ…………」

 次第に小声になっていく。うんさっぱり信用ならないな。


 「うおおおおおおおっつ! 死ねーーえええええええっ!」

 ボロベガが拳を握り締め、猪のように突進してくる。


 「うおおおっ! 危なねぇっ!」

 マダナイが身をかわす。その横を爆風が吹き抜けた。

 バキバキバキッツ!!

 ボロベガの拳の正面にあった木々が風圧でなぎ倒されていった。


 「馬鹿野郎! 殺す気か!」

 「卑怯者のアホめが! 元からそのつもり! 行くぞ!」

 ボロベガが両腕を広げて天に吠える。


 「ヤレーー! ボロベガ様!」

 「カッコイイですぞ!」

 目を醒ましたおチビ君らが応援し始める。


 「きゃあーー! こっち来た! ほら見ろ、やっぱりこいつとんでもない奴だったじゃない!」

 「いいから、合いの手はどうしたっ! 早くしろぉ!!」

 二人は逃げながら背後に迫るボロベガの執念を知る。


 まったくもう、なんて女神使いが荒いんだ!

 「ほいほいがんばれっ! マダナイ! ホイッ!」

 手拍子、手拍子!


 ガキーーーン!

 一気に反転! 攻撃に転じたマダナイだけど、短剣はその拳に阻まれた。「ぬおおおっ! 化け物め!」その拳は刃も通さないほど硬いらしい。


 「卑怯者に化け物などと呼ばれたくはないわっ!!」

 剛腕に押し切らる。

 マダナイの体が吹っ飛ぶ。


 「がんばれっ! マダナイ! ホイサッサッ!」

 ボクの合いの手で、マダナイが空中で向きをかえ垂直に上昇。

 魔法みたいだ。奴め、あんな能力もあったのか!


 天高く跳躍し、空中で一回転したマダナイが凄まじい勢いで流星のように落下、ボロベガの死角、その背面から首元に短剣を突き立てる。


 ガギュン!

 しかし、マダナイの卑怯っぷりは既にバレてる。背中を狙うだろうと読まれ、横殴りに殴られたマダナイが吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられ、砂煙を上げてようやく止まる。


 並みの人間なら即死級の一撃。

 でも、奴は腐っても勇者。

 「ちっ、図体のわりに勘の鋭い奴だ……」

 舞い上がった煙の中、片膝をついて血の滲んだ口元を拭う。


 「そうそう、まだ終わりじゃないよ! さぁ、立って! 立ち上がるのよマダナイ! ヒューヒューヒュー!」

 ガニ股で足を上げ、乙女の恥も捨てて踊るボクにボロベガたちが気づいて眉をひそめる。


 その嫌そうな顔ときたら……。

 ええ、そうだよ、何もこっちだって好きでこんな変態踊りやってるんじゃないんだから。

 

 「くそっ! 変態魔女め! またも珍妙な踊りで、わしの神聖な戦いを侮辱する気か!」

 ボロベガが眉間に皺を寄せてこっちを睨む。

 でも、これをやめると勇者が危険だから、やめられないし。

 こんな時は、無視よ! 無視!

 知らんぷりだよ!


 「ホイサッサー!」と高らかに合いの手を入れながら踊り狂う変態にチッと舌打ちをして、ボロベガはボクよりもマダナイに目を向ける。


 「まずはお前から消えろっ!!」

 ようやく立ち上がったマダナイに向かって突進!

 猛烈なパンチを次々と繰り出す。マダナイは受け止めるが抑えきれない、そのまま追い込まれていく。

 ヤッバーーぃ。これはピンチじゃないの?


 マダナイが岩壁際に押し込まれた。もはや背後には切り立った岩山しかない。


 そして、両者の間合いが詰まりボロベガの目が光った。


 「これまでだっ!! くらえっ!! 必殺、族長怒りの拳っつ!」

 凄まじい一撃必殺の拳。拳に風の乱流が纏う。

 唸りを上げ、猛烈なパンチがマダナイを正面から襲う!

 ひぇええーーーーっつ! まさに暴風のような威力。ビュウビュウと周囲に風が巻き起こり、ボクの髪の毛もスカートもみんな逆立つほど。


 「あーー、やられたわ!」

 パンチが当たってもいないのに、マダナイがくるくると宙に飛んでる。アッパーカットの直撃を喰らう前に、衝撃波だけで吹き飛ばされてる。


 だが、マダナイの奴、空中でくるりと猫のように回転し、まるで堂々たる勇者のごとくボロベガの背後の地面につま先から降り立った。


 「ムッ、我が拳をそのようにかわすか!」

 違うな、あれは枯れ葉が風で舞い上がったみたいなもんだな。

 かわすも何も、あいつが弱すぎて、拳が当たる前にその風圧だけで軽く吹っ飛ばされただけだから。


 「俺の必殺拳を避けるとは、お主やるな!」

 ボロベガは意外そうな顔だ。

 いや、たぶん、今のはまぐれだから。


 「俺の話を聞け、ボロベガ!」

 マダナイの呼びかけにボロベガはいぶかしむ。

 当然だよね~ぇ。

 こいつ、何を言い出す気なんだよ? 

 それとも、またそんな言葉で油断させたところをグサリとやる気なのか? まぁこいつならやりかねない。


 この勇者、疑わしい目で見ているボクを見て、片手で今すぐその踊りをやめろというそぶりを見せた。


 ボクは両手を振り上げ、片足を上げた状態で止まった。

 はっきり言ってパンツ丸見え!

 かなり間抜け……誰か見てたら、あれが美の女神とはとても思わない。


 ……そう思ったら顔が赤くなってくる。


 「ボロベガよ、聞けばお前は不本意ながらこのダンジョンに来たというじゃないか。我々も同じだ。別にこのダンジョンのラスボスになったつもりはない」


 「いまさら何を言うか、ラスボス部屋で我々を始末したのはお前たちではないか!」

 うんうん、そのとおり。


 「あれは成り行き上仕方がなかった。ダンジョンに入ればそのダンジョンのルールに従わざるを得ない。わかるだろ? しかしここはダンジョンじゃない。お前たちが襲ってこない限り、俺たちは別にお前たちと戦う理由はない! 違うか?」

 マダナイは片手で片目を隠して、残った手で宙を斬るような動きをしてポーズを決めた。


 うーーん、どうしてここで理解不能なキメポーズを?


 まさか、あれがこの世界で相手を説得する時の標準?

 誰も見ていないので、ちょっとだけ真似してみた。


 「何を言うか! 俺たちは魔族だ。魔族と人間が戦争中の今、我々は敵同士、それが戦う理由ではないか?」

 ボロベガは答えながら、私に気づいてまたしても嫌そうな顔をした。目の前に妙なキメポーズを決めた二人がいる。


 「これは戦争なのだ! 違うか人間め!」

 ボロベガは大声で叫んだ。


 そのとおりだよ。

 こいつの言うとおりだ。

 この怪物が言うのが正しい。


 魔族の侵攻に対し、人間が立ち上がって抵抗している。

 このままではこの箱庭世界の秩序が壊れるから。

 だから魔王を倒し、この戦争を止めるため女神レースが開始されたんじゃない。


 「違う! それは違うぞ!」

 勇者マダナイが言い切った。


 何が違うんだよ?

 戦争中なんだから魔族は敵だ。違うの?


 「さっきからどうも訳がわからん。お前は何を言っているのだ?」

 ボロベガも首を傾げた。

 このあたり見かけと違ってかなり理性的な魔族だよ。問答無用で襲い掛かって来るような怪物じゃないんだ。


 「よく聞け、戦争とは個人でやるものではない。こんなところで個人で戦うのはただの私闘に過ぎない。違うか?」

 「し、私闘だと……」


 「もちろん害意を持って襲ってくる者には俺も容赦はしない。だが魔族だから殺す? 人間だから殺す? それでいいのか?」

 「!」 


 「魔族と人間にどれほどの違いがある? それともお前はそんなくだらん私闘で命を落とし、里で待っている民たちを悲しませるつもりか? 貴様も族長なのだろうがっ!」

 ほへーー、何だか、さらに妙ちくりんな動きをして、最後に格好いいポーズできめたよ、こいつ。

 このへっぽこ勇者。イケメン顔だし、キメポーズだけは勇者然としてるから手に負えないんだよぉ。



 ◇◆◇


 さて、勇者マダナイの言葉にボロベガも考え出す。


 「むむむ……」とか言っている。

 これって意外と有効な交渉だったりして……。


 でも、マダナイの奴、こんなに雄弁だったか? 

 と女神パワーで、こっそり能力を見る。


 あーー、なんだかまた余計なスキルが色々と増えている気がする。あっ! 説得スキルの値が上がってるし、いつの間にか、あくどーい”詐欺”スキルを取得してる!


 こいつ、経験値のわりにレベルが上がらないと思ったらスキル取得に無駄遣いしていたってわけ?


 勝手なことしてたな、こいつ。

 でも、レンタル契約者であるこのボクに一言くらい相談すべきじゃないの? 勇者を清く正しく導くことだって、女神の使命の一つなんだよ。


 だけど、言っても無駄そう。ーーーー勝手な奴だってわかってたし。


 「お、お前の言うことも一理ある、だが魔王様に与えられた役目が……」

 とそこまで言って、ボロベガは周りにいる従者たちの不安気な顔に気づいたらしい。


 「ボ、ボロベガ様、こいつの言う通りです。ここでボロベガ様が命を危険にさらすことは里にとって不利益です。無駄な戦いはやめましょう!」

 眼鏡君がボロベガの前に飛び出してきた。

 この争いを止めるようと眼鏡君が良いことを言う。


 「そうです! もしボロベガ様の身に何かあったら!」

 「そうだ、そうだ!」

 「ここで戦うのは無駄ですぞ!」

 従者たちが一斉にボロベガを囲んで訴える。


 「わかった、わかった、メガネたちがそう言うのならば、戦いはもうやめよう」

 あの眼鏡君、名前は本当にメガネだったらしい。ボロベガの身体から急速に戦いの気配が消え、ボクはホッと胸を撫でおろす。


 「意見を採用いただき、うれしく思います。ボロベガ様。そして魔女様、従者様」

 眼鏡君が恭しく頭をさげる。

 なんだか調子が狂うんだよ。

 この眼鏡君、礼儀正しいし、本当に魔族?


 「でも、そうなれば魔王城からの命令違反になるのでは?」

 不安そうな表情で従者の一人が眼鏡君に言う。

 「いいえ、一度はダンジョンに入ったのです。そこで一回死んでいますから、我々に出された命令は死んだ時点で一度完了していると言っていいでしょう」

 眼鏡君がずり下がった眼鏡を指で上げた。

 「そうか、それでは堂々と里に帰れるな」

 ボロベガが従者を見る目は何となく温かい。


 「ようやく話がまとまったか。これでこの無駄な争いは終わり、それでいいよな?」

 マダナイの言葉に魔族たちがうなずく。

 こっちにしてみれば、レベル65の相手に真っ向勝負しなくて済んだわけだし、まずは良かった良かった。


 「でも問題がありますぞ。ここに来るときは大蝙蝠こうもりに乗せられてきましたが、里までの帰りは徒歩になります」

 「徒歩か、里はずっと東ですから、たどり着くのに一体何日かかるか……」

 「旅費や食料も問題ですね、ボロベガ様」


 「それ以上の大問題がありますよ」とメガネ。


 「何だ?」

 「ここから我々緑魔族りょくまぞくの里までの間の街はすべて人間の支配下です。どうやって目立たずに人の街々を通り抜けるおつもりですか?」

 眼鏡君のメガネが意味なく光った。


 うーーん、確かにそれは大問題だ。

 こいつらが人間と戦う意思がなくても、こいつらを見たら人が放っておかないだろう。そこで戦闘になったら人間側に大きな被害が出ることは目に見えている。何しろレベル65のモンスターなんだ。


 どうしようか?

 ここで、「ボクに任せろ!」と言ったらカッコいいよねぇ。

 やっぱり一度は言ってみたくなるセリフだよねぇ。

 こいつらをこのまま野に放つのはやっぱり不味いよねぇ。


 緑魔族りょくまぞくだというボロベガたちが車座くるまざになって目の前で悩み始める。うーうー言っているがうまい手立ては思いつかない様子。



 慈愛の女神らしく、温かい目で見守っていたボクは背後の気配に気づいた。

 勇者がじーーーーーーっと見ているんだ。

 お前なら何とかできるだろ? という無言の圧力。


 ええ、できますよ! だってなんてったって女神だもの!

 ボクは、はぁーとため息をつく。

 方法はあるけど、ボクはこの世界を助けに来た女神だよ。

 でも他に方法は無いかぁ~。あきらめるか~ぁ。


 「ええい、もう、こうなったら仕方がない! あんたたち、美と慈愛を司るこの女神に任せなさいっ!」


 「はぁ?」何言ってんだ? とボロベガたちが一斉に振り返る。

 

 「みんな、このボクの家来になるんだよっ! そうすれば、安全に人間の街を通れるんだから!」

 と美しき女神エルはえっへんと胸を張り、腰に手を当て、目を丸くするボロベガたちの前で高らかに宣言する。

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